4-3 サンタナの受難
「レン、あんたさぁ」
「あん?」
「何をそんなに急いで食べてんの? それにちょっと食べ方が雑。犬みたい」
しばらく俺の顔を眺めていたかと思えば、古めかしいテーブルの向かいに座る、可愛らしさの微塵もない紺色の髪の小さい女が、俺の右手のフォークを止めた。口の中に咀嚼物が残っていたが、構わず俺は反論する。
「うっせぇ、俺の勝手だろ。むしろ、出来たての料理を冷ますお前のほうが、俺には理解できないね」
「私が食べるの遅いのは、あんたの可愛いポムちゃんをこうやって診てあげてるからでしょうが!」
「そぉだぞレン! テッサは優しいんだぞ!」
紺色の髪の女――一週間ほど前にここにやってきた新人で、名をテッサというのだが、そいつは眼前にあるポォムゥに抱きつき、声を張り上げた。それに呼応するかのように、ポォムゥも耳障りな金切り声を上げる。食堂にいるやつらの視線を浴びるのも、俺はすっかり慣れっこになってしまっていた。
「おいおい、俺はこいつを診てくれなんて一言も言ってないぞ」
行儀が悪いのを承知で、フォークでポォムゥを指差す。ちらっと目が合ったかと思ったら、そのピンクのロボットは顔までもほんのり紅潮させて、再び頭がキンキンする声を俺に向けた。
「あ゛~ッ! 今ポォムゥのお尻見た! レンの変態! エッチ!」
ポォムゥは咄嗟に、人間でいうところの尻の部分に手を当てて俺を睨んだ。
「はぁ!? こいつ、ロボットの分際で……!」
謂れのない事に文句を言われた日には黙っちゃいられない。だが、俺が口を開いてすぐに、テッサが俺とポォムゥの二人の間に割って入った。
「ちょっと、ポムちゃんをただのロボット呼ばわりしないでよ! こんなに自律AIが優れてて、なおかつこんなに表情豊かなインターフェイスが構築されて、おまけに超高感度センサー搭載の地雷探知機なんて、そうそうお目にかからないんだから!」
「んお! テッサ、地雷探知機がおまけになってる~!」
「あ、ごめんごめん。ポムちゃんの有能性を説明しようとしたら、ついね」
すかさずツッコみを入れたポォムゥの頭を軽く撫でたテッサの横顔は、俺が初めて目にした笑顔だった。女っ気がない職場にいるもんだから、他のやつらが無意識にこちらを見るのも少しは納得するが、中にはテッサと仲良く喋っている(ように見える)俺を、良く思っていない輩もいる。阿呆な連中はテッサを食事に誘ったり、夜空だけが綺麗で、顔を下げれば地雷原の荒野しかないS・Sの外周を、一緒に散歩しようなどと言ってみたりと、試行錯誤していた。だが、その都度彼女にきつくあしらわれるのは、彼女の性格を知っていれば当然の事であった。
その連中は懲りもせず、朝食の時間に彼女と必ず相席している俺の事を、羨ましい――または恨めしい視線で睨んでいるのである。
ただそれよりも、俺にとっては安らぎとも言える食事の時間を、誰かに邪魔されるのは我慢ならなかった。一応女性であるテッサもその例外ではない(ピンクいロボットは論外)。食後の濃いめのコーヒーをすすりながら、俺はテッサに訊ねた。
「……んで、いつ終わるんだよ?」
「メンテはもう終わってんの。ただ、どうも気に食わない部分があってさ」
「気に食わない?」
「ほら、ここ」
テッサはポォムゥの右下腹部を指差した。その部分だけ液晶になっており、文字が羅列しているのが見て取れたが、機械音痴の俺はそこまで興味が湧かず、無言でテッサの顔を見た。呆れた顔でテッサは話を続ける。
「コンソールパネル。不具合とか異常とかがあっても、ここを見れば一目瞭然ってわけ。メンテナンスも、ここに載ってある説明書を読んだら、あんたでもできるようになるわよ。ただ、ちょっとこれが不気味なんだよね」
「不気味? どういうことだ?」
テッサが急に真面目な顔になる。機械エンジニアとしての彼女の一端を、俺は目撃したように思えた。
「完成されすぎてるの。さっきも言ったけど、ポムちゃんはただの地雷探知機じゃない。現在の科学力をありったけ詰め込んで作られた、云わばテクノロジーの結晶なんだけど」
右手の親指の爪を噛むような仕草で、テッサは空虚を見つめた。その顔は数分前の彼女よりも、明白に凛々しい姿であったので、俺は彼女のその表情を見つめながら話を聞いた。
「何か、こう……。製作者の手玉に乗らされてる感じって言うのかな……? 肝心の中身が、ポムちゃんの体の合金で覆われているから、この子を知っている人じゃないと手がつけられないのよね」
「ふーん。……で、それが気に食わないから、毎朝ここで俺を待たせるわけだ?」
しかし、その類の話はやはり苦手なので、俺は彼女にちょっかいをかけた。途端にテッサの顔つきが、凛々しいものから粗暴な新人のものに戻る。
「できれば私だって、あんたみたいな変態には近づきたくもないわよ! でもポムちゃんがあんたの傍につきっきりだから、こうやって毎朝ちょっとずつ調べてるんじゃない!」
「ちょっと待て。つまりこのチンチクリンをお前に渡せば、俺は朝飯を邪魔されずに済むわけだな?」
「そーよ」
「じゃ、やる」
「え、いいの!?」
テッサは目を輝かせた。コロコロと表情が変わる忙しい奴だ。
ポォムゥはショックをうけたようで、すかさず俺に尋ねてくる。
「んお!? レン、どうしてだ!?」
「いいじゃねぇか。俺は今まで通りゆっくり朝飯を楽しめるわけだし、テッサはお前の体を隅々まで調べられる。ほら、win-winが成り立ってるだろ?」
「んお、ポォムゥのこと全然考えてないじゃないかぁ! レンのアホ! もぅいいもん、こうなったらルゥを呼ぶんだからな! ルゥ助けてよぉ~、レンがいじめる~」
目を潤ませながら、ポォムゥは何もない空中に液晶ウィンドウを開いた。そこには、今にもショートケーキを頬張らんとしているルゥの姿が、驚いた様子も見せずに出現した。
――あ、食べた。
「…………」
動揺の一つも見せないルゥは、俺と目を合わせたまま、口をもごもごさせて咀嚼を続ける。そしてそれを飲み込んだかと思ったら、今度は上品なティーカップを手に取り、それを妖艶な唇で口づけた。
「……何か喋れ!」
その独特の間に耐え切れなかった俺は、しびれを切らしてツッコみを入れた。
ルゥはナプキンで口を拭いて、伏し目がちに答えた。
「はぁ、いきなり呼び出さないでくださる? いくら仕事とはいえ、私にもプライベートというものがありますのよ」
「お前が言うな、お前がっ。それに、呼んだのは俺じゃなくてこのピンクのチンチクリンだからな」
「チンチクリン言うな~!」
ポォムゥは怒ったのか、腕をぶんぶんと振った。それにしても速い反応である。いじり甲斐はあるのだが、このつんざくような声は何とかならないものなのか。などと思っているうちに、テッサが口を開いた。
「ねぇ、ルゥ。ポムちゃんを作った人、知らない?」
「……知らないと言えば嘘になりますが、一応、企業秘密ということで約束しておりますので、それを破ることはできませんわ」
「ん~そっか。なら仕方ないわね」
テッサは肩をすくめ、彼女の冷めたスクランブルエッグをフォークで突っついた。
「何だよ。随分と潔いじゃねぇか」
「ルールはルールだもん。それを破っちゃ、大人として失格よ。地雷撤去しか能のない人間にはわからないかもしれないけどね」
彼女の意地悪な視線をはぐらかすわけにもいかず、俺は眉間に皺を寄せてテッサを見やる。
「おい、お前が大人なら年上の俺に、敬意を払うのが普通じゃないのか?」
「お生憎さま、私は自分が認めた人じゃないと、そういう堅苦しい振舞いはやらない事にしているの。っていうか、あんたがあの有名な地雷掃除人のレクトガン・シュナイドっていうのが、いまだに受け入れがたい現実なんだけど?」
「んなもん知るかっ。周りが囃し立てているだけで、当事者の俺にはいい迷惑なんだよ」
「みみっちぃわね。何にしても、あんたが地雷撤去している姿をこの眼で見ないことには、当分あんたのことは認めないからね。あ、そーだ。ウワサでしか聞いたことないんだけどさ、あんたって本当にサムライ・ソード使うの? あちょ~っとか何とか言っちゃってさ」
テッサは刀を振り回す動作をして俺に尋ねた。それに便乗してポォムゥも似たような動作を行う。
「言わねーし! デマにもほどがあるだろ!?」
「何だ、つまんないの」
「あのなぁ……!」
頬杖を突いてそっぽを向く彼女の姿は、思春期真っ盛りの少女のそれとほぼ同じに見えた。だからこそ、あまり余裕のない俺の堪忍袋の緒が、今にも切れそうになるのは当然の事だった。
俺が言葉を詰まらせていると、液晶の中にいるルゥが先に口を開いた。
「あ、そういえば、その話を聞いて思い出しましたわ。レン、またあなたを取材する人間が、そちらに向かっているそうですわよ?」
「またかよ、懲りねぇ連中だな。どこの国の連中だ?」
「日本の、極東テレビとありますが、どうやら単身で取材しに来たそうですわね」
頬杖を突いたまま、テッサは誰に問うこともなく言葉を発する。
「あんな島国からわざわざ取材なんて、お金が有り余ってんのかな?」
「まったくだな。ルゥ、他に情報は?」
「ちなみに、その人物は現在、サンタナが運転する車でそちらに向かっているのですが、彼が貴方の名前を口走っていましたわ」
前にも似たような事が起こったのだが、俺は取材やインタビューを悉く拒否するよう、ルゥと約束しているため、それらを助長させる行為を行ったサンタナは、ルゥに私的な処罰を与えられたと聞いている。
「あいつも大概だな……。ルゥ、お仕置きのほうはよろしく頼むぜ?」
「お任せください。サンタナは前科がありますからね。……たっぷりとお灸を据えてあげないと」
ルゥは表情こそ変えなかったものの、その言葉には危険な香りのする何かが孕んでいた。サンタナが悪いのだが、俺はなけなしの同情をくれてやった。
「んお、ルゥ、お仕置きって何をするんだ?」
「貴方には言ってもわからないでしょうけれど…。そうですわね、今度サンタナには私の椅子にでもなってもらおうかしら」
ポォムゥは首を傾げ、少し考えた後に俺に訊ねた。
「んお? ポォムゥわからないぞ。 レン、椅子になるってどういうことだ?」
「……子供は真似しちゃいかんって事だ」