3-9 俺の邪魔をできるモノは
「はへぇ……ズィーゼ……。そんなに強くしたら……俺死んじゃうよぉ……」
氷嚢を額に乗せながら、呑気なうわ言を言うコンラッドを仰向けに寝かせ、俺とサコンはぜぇぜぇと息を切らした。
「ったく、手間かけさせやがって」
「普段からこいつは血が足りてねぇんだ。おまけにこの暑さだ、倒れるのは予想できたがな」
「じゃあ早く言えよ」
「言って素直に聞くならやっとるわ。お前さんは何にもわかっちゃいねぇ」
とち狂ったようなコンラッドの仕事姿を脳裏に思い浮かべた俺は、サコンの反論に口を噤んだ。仕方ないのでジョウの方に目を移し、話題を変える。
「で、数は?」
「僕が四二で、コンラッドが一二九ッス。あ、僕はポロロッカ二世に改良中ッスからね。あくまで参考記録って事で」
「あれだけやかましくてそれかよっ」
「いいじゃないッスか~花火みたいで。ドッカンドッカンやってる方が派手で見応えがあるッス」
他にもぺちゃくちゃとジョウが喋っていたが、それを無視して残る四人でミーティングを始めた。
「さて、残るは俺たちだが……」
「予定通り、我々は裏から回り込んで撤去を始める。……む、リヴァイア殿、いかがなされた?」
「俺、嫌だ……。もうエリーの車……乗りたくないっ……!」
リヴァイアが体を恐怖で震わせ、怯えていた。無理もない。エリーからすれば、標的が六人から二人になったのだ。彼女(彼?)に捕食される確率がぐんと上がる。怯えるリヴァイアの肩に、サコンが手を添えた。
「んな事言ったって、公平にじゃんけんで決めたんだ。今さらそんな泣き言はねぇぜ、リヴァイアよぉ?」
「さっきは運が良かった……。でも今度は……ヤバい……」
「リヴァイア殿、気休めかもしれぬが、『死ななければ安い』とは正にこの事。我々がこれから往く道は険しかれど、その窮地を凌げば地雷原など恐るるに足らんですぞ」
地雷原を歩く恐ろしさと、オカマに言い寄られる恐ろしさ。どちらも身を以て体験しているからこそ、ケイスケの言葉は言い得て妙だった。
「じゃあ……エリーの隣は……ケイスケが座る……」
「んな! それとこれとは話が……!」
「決まりだな。ケイスケ、あんたも物好きだな。健闘を祈ってるよ」
既に決まっている事をうだうだ文句言ってる場合じゃない。俺は適当に話し合いに区切りをつけようと、突き放すようにそう言った。ケイスケがまだ言葉を続けようと、まさに口を開きかけた時、簡易テントの入り口ががばっと開いた。
「ん~もう! ケイスケちゃんったら、言ってくれればすぐに特別席を用意したのにぃ~。乗車時間は短いけれど、私が天国の向こう側に連れてってあげるから、覚悟しててね♪ じゃあみんな、アディオ~ス♪」
エリーがケイスケの後ろ襟をむんずと掴み、引き摺りながら笑顔でテントの外へ連れて行った。その間約5秒。それに続き、リヴァイアも観念したようでとぼとぼとついて行った。程なく、外からケイスケの断末魔が聞こえた。
「レン殿、サコン殿! 三途の川でお待ちしておりますぞ~!」
「……さて、俺たちも行くとするかね」
*
半径二mに満たない地表に、手の平に収まる大きさの鈍色の物体を目視する。それにめがけ、勢いよく撤去道具を振り下ろす。刹那、液体が気化する際の、炭酸がはじけるような発泡音が乾いた大地に消えていく。
二の腕に軽い疲労感を感じながらも、次の地雷を撤去せんと目線を上げたところで、腰にある無線機が鳴った。そこで集中力が途絶えたのか、灼熱のような日光を長時間浴びたせいで、汗がどっと噴き出してくる。湿気がある暑さってのはどうにも不快でならない。
「よぉレンさん、ちょいと休憩を挟もうじゃねぇか。こう暑くっちゃ、俺らもコンラッドの二の舞だぜ?」
「……了解。先に戻る」
無線からしゃがれたサコンの声が届く。声からして、奴が既に暑がっているのが目に浮かんでくるようだ。俺は言葉短く返し、自分が地雷を撤去した場所を改めて見渡した。雑草すら枯れる乾燥した刈安色の地面からは、陽炎が揺らめいている。
時間は午後の四時を回ったものの、太陽が沈む気配は一向になく、視界の隅に小さく映るサコンと、この場に不釣り合いな曲線を帯びた剣を持つ俺を焦がし続けている。これ以上作業を続ければ、あってはならない事が起こりうる……。それを配慮しての提案だろう、実に老獪な判断と言える。
剣を鞘に納め、向こうに見えるちっぽけな簡易テントを目指して、俺は歩を進めた。足元には撤去済みの地雷がある。信管を瞬間凍結させているため、踏んでも爆発はしないとわかっていても、それを跨ぐには度胸がいる。地雷の真上を通り過ぎる瞬間の、あの何とも言えない感じ……。高い塔から真下を見下ろした時の、腰が砕けそうになるあの奇妙な感覚に似ている。
俺はそれを毎回、噛み締めるようにして続けている。地雷に対する恐怖感を無くすためでなく、忘れないようにするために。
地雷原を抜けると、そこにジョウとコンラッドの二人が外に出てはしゃいでいた。
「あ、レンさん! お疲れ様ッス~!」
「レン君お疲れ~」
「……お前ら、何やってやがる?」
「遊んでるわけじゃないよ? ほら、このボール触ってみてよ」
額に冷却ジェルシートを貼っつけているコンラッドは、妙に生き生きしながら手に持っているソフトボールくらいの玉を俺に投げてよこした。慌ててそれをキャッチすると意外に重たく、それでいて氷のように冷たかった。
「冷てっ!」
「冷たくて気持ちいいでしょ? ジョウ君が作ったらしいんだけどね、これを首筋とかに当てて涼んでたのさ」
静脈付近にその氷玉を当てて、コンラッドはあ゛~とだらしない声をあげた。ジョウが目を輝かせながら近づいてくる。それは、褒めてもらうために駆け寄る子犬を彷彿とさせた。
「レンさ~ん! どうッスか、これ!? ヒエヒエッスよ~ヒエヒエ!」
「確かにヒエヒエだがな、この炎天下で外に出てたら意味ないだろうが。少しは考えろ」
「いいじゃん、冷たいんだし」
ジョウはともかくとして、コンラッドは仮にもさっきまで日射病でぶっ倒れていた身だ。
そんな輩が血の気を取り戻した途端、陽の当たる所で呑気にキャッチボールをしていたら、そりゃあ文句の一つも言いたくなる。
しかし、コンラッドはあろう事か、ガキのような退屈な反論を口にしやがった。貧相なおっさんが言ったところで説得力はまるでなく、むしろ俺のフラストレーションが溜まる一方だった。
「つーか、さっきまでぶっ倒れてた奴が外に出てるんじゃねぇよ! 大人しく休んでやがれ!」
俺は吐き捨てるようにそう言い残し、照りつける陽から逃れるように簡易テントへ向かった。
「レン君は、怒ってるのか心配してるのか、どっちなんだろうね? ジョウ君」
「どっちもッスよ。レンさん優しいもん」
*
直射日光を浴びるよりも、やはりテントの中はいくらかマシだった。作業着の上を歩きながら脱ぎ、そそくさとクーラーボックスへ向かう。中にはキンキンに冷えた飲料水と、人数分のアイスキャンディーが入っていた。それらを一つずつ取り、一番近い椅子に座る。
飲料水のキャップを取って一気に三口ほど流し込むと、五臓六腑に染み渡るほどの爽快感が押し寄せてきた。熱中症対策に入れた、蜂蜜やレモンの風味がさらにその爽快感を増す。月並みな言葉だが、生き返るような心地良さだ。
汗を拭きとり一息つくと、今度はアイスに手をつける。安っぽいオレンジ味でも、俺の喉を潤すには充分すぎるほどだった。たったこれだけの支給品で満足できる俺は、なんてちっぽけな存在だろうか。……いや、ある意味それはとても幸福な事かもしれないが。
しばし満足感に浸っていると、サコンが軽い悲鳴を上げながらテントの中に入ってきた。無理もない。ただでさえクソ重たい鉄の塊を背負って、そのうえそれを日光に晒せば、触れられぬほどの高熱を帯びるのは必至。間違って皮膚に触れないように、俺は後ろを通り過ぎるサコンを大げさに避けた。
「よいこらせっ……と」
背中のモノを降ろすと、サコンは重い腰をゆっくりと椅子に乗せた。地面に汗が滴る。それだけの重労働だということだ。俺が言える立場ではないが、どうかしている。
「ふぃ~、この暑さにはかなわんな。レン、俺にもアイス取ってくれや」
「ほらよ」
俺はサコンにアイスと、頼まれなかった飲料水も一緒に手渡した。
「……くぅ~! このキーンとくる頭痛がたまらんのよ! 生き返るぜ」
サコンに手渡したオレンジ味の棒アイスは一〇秒ともたなかった。飲料水も一気飲みしたかと思いきや、テーブルに戻された時には既に空の容器に成り果てていた。味わうことを知らないこのオヤジとは、一生反りが合わないだろうと俺は思った。
二人ともひとしきり休憩したところで、サコンと会話が弾むわけもない俺は仕方なく話を切り出した。
「撤去数は?」
「五二だ。お前さんは?」
「一一七。全部 爆風型地雷だがな」
「はっ、ダブルスコアかい。俺も全力でやってるんだがね、やはりお前さんには速さでは負けちまうよ」
指向性地雷を含む地雷を、短時間で跡形もなくそれだけ撤去できるのはさすがといったところか。しかしサコンは自らを謙遜し、俺に花を持たせようとした。互いに腕を認めあっているが、こう直接褒められるとなると気色悪い事この上なかった。
「褒められても嬉しかないね。コンラッドがもっとタフだったら、あいつのほうが速いだろうし。何より俺のは万能じゃない」
「相変わらず卑屈な野郎だよ、お前さんは。エースはもっと胸を張って、どしっと構えてりゃあいいんだ」
「ぬかせ。エースなんてごめんだね。俺はそんな器じゃない」
「へいへい、じゃあそのおちょこの器でせいぜい頑張っとくれや」
「小さいとは言ってない。それにお前、おちょこって何だよ! 小さすぎだろうが!」
珍しく褒められたと思いきや、俺はいつのまにかけなされていた。サコンは手持ち無沙汰になったのか、煙草を手に取り、それに火を点けた。煙が嫌いな俺は、それを見て立ち上がる。
「……先に出る」
「おやおや、随分と短い休憩のようで」
「てめぇの吐く煙草の煙を吸いたくないだけだ。それを吸い終わったら速く現場に戻れよ、いいな?」
へいへい、と気のないサコンの返事を背に、俺は再び灼熱の大地に足を踏み入れた。照りつける日光に気を取られぬよう、その場で下を向いて目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。いかなる状況下でも深呼吸を繰り返せば、体内に脈打つ鼓動が聞こえ、全身をリラックスさせた状態を作り上げることができる。
身の回りの環境の変化を敏感に感じ取りながらも、それに左右される事なく地雷を撤去できる精神状態、『散漫された集中』の領域に入ることができれば、もう俺を邪魔できる者はいない。
――はずだった。
「レンさん! あぶな~~~い!」
突如、股間に致命的ともいえる衝撃が走った。ジョウの野郎が作ったという、あの氷玉が俺の股間にめりこんでいる……。目を開けた先にあるその光景を最後に、俺はその場に膝から崩れ落ちるのだった。
刈安色は黄色っぽい色のことです。
それと、冷えピタの正式名称は冷却ジェルシートとの事でした。
物書きすると色々勉強になりますね~。