3-8 中年オヤジ2
「六二五か……。となると、一人当たり一〇〇個くらいの計算になるな」
「誰から行こうか?」
コンラッドが皆の顔を覗き込んだ。
「それより、地雷の型がわからねぇとダメだろ」
地雷の型に加え、掃除人一人一人の撤去方法も異なるため、こういう仕事前のミーティングは念入りに行わなければならない。俺の発言にケイスケが賛同した。
「確かに、ジョウとコンラッド以外は地雷に接近せねばなるまいからな…。二人とも、先鋒を任せてよろしいか?」
「任されたッス!」
ジョウは元々でかい声をさらに2割増しくらいにして言った。
「これは大チャンスだね! ジョウ君、僕ら二人でほとんど片づけちゃおうよ」
「そうしたいのはやまやまッスけど、このポロロッカ一世がどこまでもつか、自分でもわからないッス……。むむ、弱気はダメッスね。目指せ三〇〇撤去ッス!」
程なくして、ジョウとコンラッドの二人は自分の商売道具を持ち、それぞれが気合を入れて準備をしている。冴えない眼鏡の代わりに、見栄えの悪いごてごてしたサングラスを装着したコンラッドは、両手に操縦桿のようなものを持って、器用に左右の腕を動かしている。傍から見たら、ちょっと危ないおじさんだ。
そんな光景も見慣れている俺は、コンラッドが動かしているものを双眼鏡で望みながら彼に尋ねた。
「どうだ?」
「ふむふむ、なるほど。指向性地雷はそれほど設置されていないようだね。あってもお約束通り、岩場の陰に橋の入り口周辺だけ……。橋の入り口にあるのは、できれば爆発させたくないね……。後でそこは頼むよ、サコン」
おう、と横からサコンが低い声で返事をした。指向性地雷の掃除は彼の専売特許である。
「跳躍型地雷は?」
「……今のところ、それらしき物は見当たらないね。まだ遠くの方はスキャンできていないけど、ほとんどが爆風型地雷だと思ってくれて構わないよ」
跳躍型地雷は起爆させると厄介なので、起爆させない方法で地雷を掃除できる人間がいれば、そいつにやらせたほうがいい。もちろん、地中に埋まるそれを瞬時に把握し、それを起爆せずに容易く掃除できる奴なんてのは、世界広しと言えど数えるくらいしか存在しない。
その内の、俺を含む三人がここに集まっているというのは、ちょっとした優越感を感じざるをえない。ちなみに、残りの二人はサコンとリヴァイアだ。
「コンラッド、できるだけ遠くのやつからやっとくれよ。俺ぁこのクソ重たいのを担いでいかなならんからな」
「善処するよ」
サコンは、ドラム缶に似た自分の撤去道具を軽く叩いた。八〇㎏を優に超える鉄の塊は年季が入っていて、サコンと並べると一層の渋みを漂わせた。一般人から見たら、汚いドラム缶とハンチング帽をかぶったおっさん、というしょーもないツーショットというのも、また一興である。
「さーてと、んじゃ行きますかね」
そのコンラッドの言葉を合図に、俺たちは騒音を防ぐヘッドフォンを身に着けた。
*
『次、次ィ!』
爆音に次ぐ爆音。地表にある空中散布型地雷が次々に爆破されていく。舞い上がる粉塵のさらに上空には、コンラッドが操作している彼の撤去道具が浮いている。太陽光を特殊レンズに当てて一点に集めた光線を、地雷に焦点を合わせて照射する。虫眼鏡を使って紙を焦がす要領で、コンラッドは地雷を撤去しているのだ。
『……相変わらず、すげぇな』
その光景は痛快で、フラストレーションが溜まりそうなこの時代にはうってつけの兵器なのかもしれない。ラジコンを操作しているように楽しんでいるコンラッドの姿を見ると、自分もやってみたいという少年心が芽生えてくる。
『ふん、こうやかましかったら、他の掃除人が作業できないだろうが。耳がぶっこわれちまうよ』
インカム越しのサコンのくたびれた声は、またもや起こる爆音のせいでかき消される寸前だった。条件が重なっていないと使用が困難なものであるが、世界に二つとない兵器というのが悔やまれる。瞬間的な撤去速度でいったら、わざわざ地を這って出張る俺よりも、コンラッドのやり方のほうが数倍速いのだから。
『あぁーっとお! ミスった! 六三連続ヒットか、まだいけたなぁ!』
『なぁコンラッド』
『何だいレン君! 今、忙しいんだけど!』
普段はコミュ障気味の冴えないおっさんでも、仕事中はやけにテンションが高いコンラッドが、俺には目もくれず作業を続ける。
『前々から思ってたんだけど、なんで自動照準にしないんだ? その方が絶対楽だろ』
それを聞いたコンラッドが突然作業を中断し、数メートル横で双眼鏡を構えていた俺に駆け寄るほどの勢いで近づき、血眼になって声を荒げた。
「わかってない! 君は本ッ当にわかってないよレン君! 標的に向かって照準を合わせ、トリガーを絞るように引く! この一連の動作に、どれだけ男のロマンがつまっていると思うんだい!?」
「わ、悪い悪い。疑問に思ってただけだ。かっこいいぜ、コンラッド」
ところどころ裏声になって必死に訴えるコンラッドを、俺は安い言葉で称えた。一瞬真顔になったコンラッドは、にんまりと歯を見せて微笑み、
「にひひぃ~。わかればよろしい」
と言って、またごてごてとしたサングラスを装着し、作業に戻った。
『ひゃっほう! 高まってきたァ! このまま一気に桃源郷へとしゃれこんじゃうぜ~!』
口を半開きにして、両手に持つ操縦桿を機敏に動かし、そんな独り言を言うコンラッドを間近で見た俺は、こりゃあ普通の社会でやってけないよなぁ……と頷きながら納得した。
その後数分間はコンラッドの作業風景を眺めていたが、誰かが俺の肩を叩いた。見ると、サコンが簡易テントのほうを指し、『話がある』とでも言うように目で語った。インカムでつながっているのに、わざわざそれを外して話すとなると、このオヤジは何やら企んでやがる……。俺は素直に彼の思うまま、簡易テントへと足を進めた。
「何だよ?」
「レンさんよぉ、ちょっち俺と取引しねぇか?」
「取引?」
椅子に座るなり、サコンは話を切り出した。俺はとりあえず自分が予想した事を言ってみる。
「まさかとは思うが、俺が地雷を撤去した数をよこせってわけじゃないよな?」
「そのまさかってやつさ。頼みますよ、レン先生」
話が早い、とでもいうようにサコンが身を乗り出す。普段は減らず口を叩くヒゲオヤジも、人に頼みごとをする時は丁寧語を使うらしい。もちろん、そんな態度には虫唾が走る。
「は、人をおだてる時だけ下手に出やがって、随分調子のいい野郎だな」
「だってお前さん、その様子だと例のご褒美に全く興味がないんだろ? だったら手を引いてくれや。平手でやってもお前さんに勝てる奴はいないよ。しかもほとんどが爆風型地雷ときたもんだ。ちょっとやそっとじゃあ、番狂わせは起こりっこない」
確かに、爆風型地雷の撤去を最も得意としているのが俺自身であるため、サコンが不公平を感じる理由には一理ある。まあ、ズィーゼが苦し紛れの策を講じたのは見え見えで、全てを把握しているとはとてもじゃないが思い難い。
「……それで、取引か?」
「そうさ。不正かもしれんが、犯罪ではない。地雷原に法律は存在しねぇよ。あるのは地雷とそれを掃除する人間だけさ。それに、もちろんあんたからタダでもらうって言ってるわけじゃねぇんだ」
サコンは俺を言いくるめようとしている。だがそれには及ばない。俺はこの話に前向きだからだ。何も悪い話じゃない。俺はこいつから報酬を受け取る代わりに、サコンの地雷撤去数を上乗せする。結果、サコンが一番撤去したことになり、例の『ズィーゼに一日相手してもらえる権利』を得る。
そもそもそんな話を真に受けるこいつが惨めでならないが、まっすぐに俺を見るその眼光に、一点の曇りも見えなかった。
「たりめぇだろ。タダでなんか絶対やらねぇ。だがサコン、その前に一つ聞くが」
ただ、俺は一つだけ大きな疑問があった。
「あんたにはプライドがないのか?」
「プライド? んなもん犬にでも食わせておけや」
……が、それは見事に解消された。
「まぁ、どんな崇高な心象をもってしても、女の身体の前では無力ってことさ」
「聞いた俺が馬鹿だったよ」
「そうさな」
顔を落とす俺に、カッカッカと乾いた笑い声を上げるサコンは、いつにも増して上機嫌だった。
「あう~ダメだったッス~」
と、そこにジョウが放心状態で簡易テントに顔を覗かせた。闇取引をしていた俺たちは突然の出来事に体をびくつかせる。
「うぉ!? ジョウ、お前さんいつの間に!?」
「もう、サコンも僕の事皮肉るッスか? そッスよ、僕はいつの間にか終わってるッスよ~だ」
「そ、そうかい。気を悪くしないでくれや。またがんばりゃいいさ」
「僕はくじけないッスよ~! それに、幸いこのポロロッカ一世もそんなに損傷激しくないし。すぐに二世に改良して、早めのリスタートッス!」
ジョウは拳を強く握りしめ、さっそく修復作業に取り掛かろうとした。そこで俺はある違和感に気づく。数分前まで轟々とドデカい花火を何発も連発したような爆音がピタリと止んでいたのだ。
「そういえば、コンラッドはどうした? さっきから爆音が聞こえないが」
「コンラッドッスか? あっちで大の字になってお昼寝してたッスよ?」
それを聞いた俺とサコンは、椅子から転げ落ちそうになる。
「はぁ!? 馬鹿! それは昼寝じゃねぇ! 日射病でぶっ倒れてるんだ!」