3-6 どんな声の人なんだろう?
この作品では初めて三人称視点で書きました。
……やっぱり色々な手法を学ばなきゃ、と改めて実感。
楽しんでいただけたら幸いです。
「――以上でここの設備の説明は終わりですわ。ミス・テスタロッサ、何か質問は?」
「私のことはテッサでいいよ。うん、なかなか良い所じゃない。受付を探し回った時はどうかと思ったけど、これなら何とかなりそうかも。特に整備施設! あんなに良い設備が整っているのに、誰も使ってないなんて宝の持ち腐れよ」
休憩所で合流後、テッサとルゥの2人はS・S内部を見て回っていた。S・Sは組換え式建造物であるため、エレベーターが配置されておらず、階段による移動だけが若干不満であったテッサも、整備施設の充実ぶりに声が上ずっていた。
「逆ですわね。使いこなせる人間が誰もいなかっただけですわ。ここにいるのは時代に生き遅れた人間の溜まり場ですもの。……でも、これからあなたがあの施設を自由に使用できるのですから、税金の無駄遣いにはなりませんわ」
「どこの国の税金かは知らないけどね。んま、任せてよ。ブツが入り次第、ちまちま手作業でやってる腑抜け達をあっと言わせてやるんだから!」
「ふふ、期待していますわよ」
階段を下り、最初に紹介した個室に戻ろうとした矢先、何やらふよんふよんと間抜けな音を出してうろうろしているピンク色のロボットが、二人の前に現れた。ピンク色のロボットは二人に気づき、涙声で訴えた。
「んお! ルゥ!」
「あら、ポォムゥ。どうしたのですか、こんな所で?」
「ルゥ聞いて! あのね、ポォムゥずっとエコモードになってて、気づいたら誰もいなくて、もしかするとポォムゥおいてかれちゃったかもしれないの!」
ポォムゥというロボットは、ルゥのスカートの裾をつまんだ。ルゥはポォムゥの頭にそっと手を乗せ、母親のような優しい瞳を彼女に向けた。
「……そうですか。ポォムゥ、それは彼の意図的な行為かもしれませんわね」
「いとてき? どういう意味だ? それにルゥの隣の人はだーれ?」
ポォムゥの無邪気な瞳の先には、彼女を指差そうとしている右手が震え、声を出そうにもそれを詰まらせているテッサの姿があった。
「……ぁ……ゕ……」
そんな様子の彼女が、まともな振舞いができた直後の一声が、
「 か わ い い !」
という、普段の彼女の勝気な態度とは到底予想できないものだった。ルゥの呆気にとられた視線も何のその、テッサは我を忘れてポォムゥに抱きついた。
「きゃー! ちょっと何これ!? イーテスト社の新作!? すごいすごい! ちょっと触らせて!」
「んお! おぉ、女の子だ! ポォムゥも女の子だぞ!」
「きゃーかわいい! 女の子だって! 瞬きとかもすごいリアル!」
どんな人間にだって裏の顔はある。見た目は紳士でも中身は変態、上司の前では笑顔を振りまく天使でも家に帰れば愚痴しか言わないOL……。様々な二面性を持ちながらそれでも関係を築き上げるのが人間である、というのはルゥの価値観である。
だから、小さくてかわいいものに過剰なまでの反応を示す女性などは、彼女にしてみれば今までの人生でも数多く存在したはずであったが、まさかテッサがこの種の人間であるという事に、ルゥは驚きを隠せなかった。
「ねぇルゥさん、これって私へのサプライズプレゼントとか何かなの?」
「そういうわけではありませんが……」
「じゃあ誰の!?」
「私のパートナーのものですわ」
「ポォムゥはレンの地雷探知機なんだぞ!」
遭遇した時は不安がっていたポォムゥも、知っている人間を見たら安心したのか、自慢げに自分語りをしだした。テッサは上機嫌に笑ってそれをやんわり否定した。
「地雷探知機ィ? あはは、ポォムゥちゃんは面白い冗談を言うね~。 それにしても、生音声の反応速度から末端関節の力学制御まで、非の打ちどころがないわね……。誰が作ったんだろう?」
「ポォムゥ嘘ついてないもん! こないだも、レンと一緒にがんばったんだぞ!」
「レン? 誰それ?」
テッサは首を傾げた。少なくとも彼女の身内にレンという人物は存在しないからだ。彼女の素朴な疑問にはルゥが答えた。
「……レクトガン・シュナイドと言えばおわかりでしょうか?」
「………………へ?」
*
「なんでなんで!? どうして教えてくれなかったの!? レクトガン・シュナイドっていったら、今じゃあのパールワン・エテオに並ぶ有名な地雷掃除人じゃない! ルゥさんのケチ!」
「ルゥのケチ!」
一瞬の沈黙も束の間、テッサはルゥの豊満な乳房に顔が触れそうなほど近寄り、捲し立てた。身長差はかなりのものだったが、その勢いはルゥをも後ずさるほどの凄まじさであった。ポォムゥは何気にテッサの真似をしたが、それをツッコむ者はこの場にはいない。
「……ケチはともかく、自分のパートナーをこれ見よがしに自慢するオペレーターを、貴方は有能だと思いますか?」
「おもいますか?」
ポォムゥは今度はルゥの真似をした。それをツッコむ者はこの場にはいない。
「ぐ……。でもずるい。そういう風に私に何一つ言わないで、いきなり紹介するって魂胆だったんでしょ? 見え見えよ、見え見え」
「みえみえー」
続いてテッサの真似をしたが、何度も言うようにそれをツッコむ者はこの場にはいない。
「なるほど、そのような方法もありましたか…」
ルゥは自分の嗜虐的なセンサーが反応したのか、妖しく微笑んでテッサを見下ろした。ズィーゼと違って彼女の場合、いじり甲斐がある人間であればそれが大統領であってもいじるのが彼女の性格である。言い換えるなら雑食である。
テッサは彼女の甘美な視線にたじろぎ、彼女が喜ぶような模範的な抵抗をした。
「だ、だめだからねそんなの! 作業着のつなぎ姿で、しかもすっぴんで握手なんか死んでもしたくないから……」
頬を赤らめてもじもじしているテッサの姿を見て、ルゥは背筋のあたりにいわゆる『ゾクゾク』という快感の波を感じた。
「あら、普段通りの自分を見せないで素顔を隠す女なんて、たかが知れていると私は思いますけどね。でも、貴方なら問題ありませんか……」
「どういう意味よ?」
「そのまんま、ですわ。まぁ、せっかくですから、手始めにリアルタイムの彼の生音声でも聞いてみましょうか?」
「え、彼ってレクトガン・シュナイドのこと!?」
「それ以外に誰がいますの? こういう事もあろうかと、彼の襟元の裏に隠しマイクをつけていて正解でしたわ。ポォムゥ、頼みましたわよ?」
「んお! 任された!」
ポォムゥは青い瞳をオレンジ色に変えた。留守電や集音など、音声に関する機能が働くときは瞳がオレンジ色になるのだ。
「わぁ、楽しみ♪ どんな声の人なんだろう?」