3-4 進撃のオカマ
「やっぱりね、何よりもお肌を大事にするべきだと思うの私は。内面を磨くのも、もちろん大切よ? でもね、そのためにはまず、心を豊かにしなくちゃだめなの。わかる? 早寝早起きに朝昼晩バランスのとれた食事、自分の生活全てをお肌のために捧げるの。そうする事で、心身共に充実した毎日がやってくるわけ。でも、ここで足を止めてはいけないわ。ここがようやくスタートラインなんだから♪」
俺は今、現在進行形で貞操の危機を感じている。許されるのであれば、この閉鎖された空間から身を投げ出してしまいたいほどにだ。ただ、怪我をするのはごめんだし、この炎天下で肌を露出しようものなら、それこそ火傷では済まされないだろう。
「もっと素敵な日々を送るには、やっぱり傍に素敵な人がいてくれる事が絶対必要なの。恋は女を変えるわ。周りの友達はみんなそうやって運命の人を見つけてきたの。ウエディングドレスに身を包んだ彼女たちは、輝きを絶やすことのないダイヤモンドのよう……。
あぁ、私もいつかあの純白のドレスを纏って、お墓に入るまでずっと手をつないでくれる運命の人に出会えるのかと思うと……。胸がときめいて、いっそうお肌のメンテに力がはいっちゃうわ♪」
だから臆病な俺は、こうして後部座席から聞こえる強面の猫撫で声を、甘んじて享受するしか穏便に済ます他ないのだ。霊気やら殺気やらを感じ取れる人間ではないと自分を過小評価していたが、人間ピンチを迎えると、見えてくる世界もあるらしい。
「つまりは単純に、私が何を言いたいかっていうと、待ちに待ったその運命の人が、この車の中にいるっていう事なのよぉ! やだもぅ、は~ず~か~し~いぃ~! どうしてわかるのかっていうと、ほらぁ、私って恋に関しては超がつくくらい真面目じゃない? だから、お仕事の時はなるべくマンツーマンでお相手しないと、相手の方に失礼っていうか、恋多き乙女って思われるのもあれだしぃ」
油断しようものなら、一瞬で魔の手が襲いかかってくるだろう。だから俺は、死角になっているほうの手で、太ももの内側を常にぎゅっとつねっては臨戦態勢を維持している。
瞬きをするのにも神経をすり減らし、浅い呼吸を整えようとしても、ヒュッと飴玉1個分くらいの空気しか吸いこめない。地雷を撤去する時でさえ、こんなに緊張した事はない。
「でも今日はズィーゼちゃんのおかげで、こんなにたくさんの殿方に囲まれちゃってぇ。これが世間一般で言うところのモテ期っていうやつなのかしら。もうモテ期でもおできでも何でもいいわ。とにかく今日決着をつけなさいって神様が私に言ってるんだから、見逃すわけないわよね。あら、どうしたのコンラッド? そんなに固くならなくても大丈夫ですって。固くなるのは一部だけでいいの……って、も~う私ったらほんと舞い上がっちゃってどうしよぉ~!」
わざわざ後ろを振り向かなくてもわかる。この声の主は今、過剰なまでのボディタッチを、両隣にいる生贄――もとい、俺と同じ掃除人のジョウとコンラッドに繰り返しているに違いない。
それはまるで、捕えた獲物のどこの部位が1番美味いかと、ハイエナが自慢の鼻で嗅いでいるかの如く、まとわりつくような手つきで確かめているのだ。
……考えただけでもぞっとする。
本人はウケを狙って下ネタを言ったらしいが、これっぽっちも冗談に聞こえないのは、声の主が正真正銘のオネエな奴だからだ。しかも筋肉隆々の。
「ハ、ハハ、エリーさん。僕みたいなおじさんよりも、君の左隣に一番活きの良いジョウがいるじゃないか……」
「ん~ふふ、も ち ろ ん♪ ジョウちゃんは私のすっごいタイプでそそられるんだけどぉ、この子はズィーゼちゃんの所有物だしぃ。それにほら、私って匂いに超弱いじゃない? あなたの耳の裏から出てる加齢臭が超絶そそるのよぉ~! もっと嗅いでもいいかしら?」
「ひぇ~! レン君助けてくれ~!」
「お、俺を巻き込むんじゃねぇ。じゃんけんに負けた自分を恨むんだな」
俺は平静を装ったが、その胸中は純度100%の恐怖心で満ち満ちていた。
「レンさんひどいッス! 見損なったッス! 人でなしッス!」
「何とでも言いやがれ。にしてもズィーゼの野郎、よりによってエリー特急に俺達をぶち込みやがって……。もう絶対あいつから仕事は受けねぇ」
そう。元はといえば元凶は、あの暴君オペレーター、ズィーゼに矛先が向けられる。
話は数時間前にさかのぼる……。




