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地雷掃除人  作者: 東京輔
第3話 Rookie ~新人~
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3-3 痛恨の一撃

 俺たちは、いつの間にかむさ苦しいオヤジ共に取り囲まれていた。コンラッドとリヴァイアなんかは肩を組んで雄叫びを上げているし、普段は寡黙でストイックな性格のケイスケも、合掌して涙を流して喜んでやがる。

 皆潤いに飢えた連中だ。パートナーになった女性にアプローチをかけては儚く散り、挙句の果てにやっていけないと契約を破棄される……。そんな阿呆な事を繰り返す連中にとっては、兼ねてから俺やジョウと契約を破棄することなく、ずっと一緒にいてくれるルゥとズィーゼのことを、天使か何かと思っているに違いない。

 だが、たとえ彼女らがそうであったとしても、男の俺でさえわかっちまうほどのいやらしい目で彼女らを見ていたら、天使が取りつくわけがない。


「……視線が痛いですわね。私が人妻とわかっていながら、こうも見境なく視姦されると、軽蔑どころか逆に同情いたしますわ」

「そんな見てくれと言わんばかりの格好で来られたら、男なら誰しも目のやり場に困っちまうだろ」


 ルゥは白いブラウスを着用していたが、それがまぁ何というか、胸のあたりがぱっつんぱっつんになっていて、健全な雄であれば、本能で目がそこにいってしまうのがやむを得ない状態になっていた。

 それを指摘できるのは、パートナー契約を結んでいる俺の特権ではある。


「これは制服のサイズが足りないせいでしてよ。そもそも私、目立つことが嫌いですので、早く用件を済ませて帰りたいのですが……」


 並みのモデルだったら裸足で逃げ出すようなスタイルの女性が、長く美しい脚を見せつけて言う台詞ではない。


「用件ってのは、わざわざあんたがこんな所に来るぐらいだ、よっぽど面倒な仕事を持ってきたんだろーよ」

「残念。あなたへの用件は()()()ですわ。大体、仕事上の全てのやりとりは、ポォムゥを通じてできるでしょう? ……あら。レン、ポォムゥはいかがなさいました?」

「ジョギングにまでついてこられてたまるかっ」

「あら、つまらない人。それより私、いつまでもこんなにむさ苦しくて埃っぽい所に来るなんて我慢なりませんわ」


 確かに、むさ苦しいオヤジ共に囲まれていては気が滅入る。ズィーゼは優雅に扇子を扇いで余裕を見せつけていたが、中年の凄まじいまでの熱気は、取り囲まれた俺たちを蒸し焼きにせんとするばかりの勢いだ。

 そこに、休憩所の入り口のほうから乾ききった声が聞こえた。周りにいるオヤジ共とは明らかにテンションが違う、あのオヤジの声だ。


「いやはや、ルゥさんの言う通り、ここは人が住むにはちと問題がある……。だが、このサコンの部屋に来てさえもらえれば、極上のヴィンテージワインと毛皮の絨毯、他にも最高級のおもてなしを、あなたに提供できるんだがねぇ」

「あらサコン、お久し振りですわね。ですが私にとって最高級のおもてなしとは、どれだけスウィーツが充実しているか、という一点のみでしてよ?」


 ヒールを履いた状態だと、自分より一〇㎝以上背が低いサコンを、ルゥはミステリアスな瞳で問いかけた。俺がルゥのパートナーだからといって、彼女の事をよく知っているわけではない。むしろ話せば話すほど、彼女の存在がよりわからなくなる。

 唯一確信があるとすれば、ルゥビノ・アクタウスという女性は、かなりの甘党ということぐらいだ。


「任せてくだせぇ。俺も甘いものにはうるさくてね、最近の見た目だけで味は大したことのないものに辟易としていたんだが、ようやく一つの答えに辿り着きました……。『アンドーナツ』っていう極東の菓子なんですけどね」

「アンドーナツ……」

「あそこの連中は、どうしたっててめぇの国のモンとほかの国のモンをブレンドするのが好きらしくてねぇ……。だがまぁ、今回のは悪くない。いや、出来過ぎなくらい上等なモンに仕上がっとる。小豆を煮て練り上げた餡のさっぱりとした甘みが、ドーナツの表面の砂糖のくどい甘みを見事に中和して、アジアの上品なスウィーツになっとるんですわ」

「それは早急に調査する必要がありますわね……。今日はここに来た甲斐がありましたわ。サコン、あなたにはお礼を申し上げなければいけませんわ。ありがとうございます」


 ルゥはしばらくアンドーナツとやらに心を奪われて放心していたが、咄嗟に垂れていた涎を拭き、サコンに礼を言う頃には、しっかりいつものクールな彼女に戻っていた。

 サコンもまんざらでもないようだった。


「いやいや、礼には及ばねぇよ」

「ですが、私と話すときは、私と話すか、それとも私の胸と話すのか、どちらかはっきりとしてもらいたいですわね」

「こりゃ……失敬」

「ル、ルゥさん! 握手してもらってもいいッスか!?」


 ジョウが妙に緊張してルゥに握手を求めた。そして彼女が右手を差し出した瞬間に、その手をとって両手でがっちりと握りしめた。


「あら、あなたは確か……」

「ジョウッス! いつもレンさんにお世話になってるッス!」

「そうですか。あなたがジョウ…。ズィーゼから話は伺っておりますわよ。可愛いペットだと」

「ぺ、ペット!?」


 俺の聞き間違いかと思ったが、ジョウのリアクションから察するに、どうやら間違いなくルゥはペットと言ったみたいだ。

 とそこに、ジョウの背後から絡み付くように褐色の長い腕が彼を取り押さえた。


「ルゥ、あんた人のペットに勝手に手を出すんじゃないわよ。これは()()()なんだから」


 ズィーゼはそう言うと、ジョウの耳元でふぅっと、息を吹きかけた。


「ふへぁ!? ズ、ズィーゼ! く、くすぐったいッス!」

「あんたはすぐ迷子になるんだから、いつも保護者の私が見守っててあげないといけないの。それともな~に? 私が保護者じゃ不服ってわけ?」


 くすぐったくて体をよじらせているジョウの頬に、ズィーゼは眼光を鋭くして、再び長い爪を食いこませた。途端にジョウの顔から血の気が引いていく。


「めめ、滅相もございません! ズィーゼ様に一生仕える所存でございまーッス!」

「……立場が逆転してらぁ」

「微笑ましい光景ですこと。私たちも、ああいう関係のほうが案外よいかもしれませんわよ?」

「全っ然よくない! つーかお前、俺に用がないんだったら何でこっちに来たんだよ?」


 そう。一介のオペレーターがわざわざ現場に出向いてサポートするなど、S・Sに至っては絶対にありえない話なのだ。ましてやルゥという人物ならなおさらだ。

 まさか、ジョウの奴が言っていた女っていうのは、ルゥの事なんじゃないかと思い始めてきた。それがそのまさかだったら、期待しないでよかったと思うべきか何というか……。

 ルゥは手に持っていた紙の資料を、俺にちらりと見せた。


「あぁ、それは新しいメンバーをここに迎え入れるために、私が案内人として送られて来ましたの」


 新しいメンバー、ジョウの噂話、ルゥが案内人……。なるほど、何となく合点がいった。

 予想通り、ジョウがズィーゼの呪縛から逃れて、その話にくいついてきた。


「その新入り、女性なんスか!?」

「あら、よくご存知ですこと。その通り、機械エンジニアのスペシャリストを派遣いたしましたわ」


                *


「それにしても遅いですわね。待ち合わせの時間はとうに過ぎてしまったのですが……」


 ルゥは腕時計に目をやり、ため息をついた。初対面で遅刻するなんざ、よほど神経の図太い奴もいたもんだ。

 そこに、ジョウが嬉々としてルゥに尋ねた。


「ねね、ルゥさん。その人ってどんな感じなんスか?」

「どんな感じ……と申しますと?」

「ほら、カワイイとかキレイとか、色々あるでしょ?」

「ルゥさんとおんなじようなスタイルだったら、こっちのやる気も大分違ってくるんですがねぇ」


 サコンの下卑た発言に、周りの中年達も固唾を呑んで注目した。……いや、注目しているのはルゥの豊満な乳なのかもしれないが。


「あぁ、そういう事ですか……」


 その下品な視線を気にも留めないルゥは、しばし宙を仰いで答えた。


「そうですわね……。母性本能をくすぐられる、小動物的な可愛さ……とでも言っておきましょうか」


 小動物的な……?

 その言葉に少し引っかかった俺は、さっき会話した、もたれかかるのにジャストな高さの新人ルーキーの事を思い出した。


「あれ……? ルゥ、そいつの髪の色ってもしかして紺色か?」

「あら、どこかで見かけたのですか?」

「ここに来る前にな……。受付はどこだって言うから教えてやった」

「っか~! たくお前さんはいつもいつもイイトコ取りしていきやがる! まさか部屋に連れ込んでるんじゃねぇだろうな!?」


 サコンにつられて、周りのギャラリーも俺にぶーぶー文句を垂れてきやがった。こいつらは本当に、てめぇの本能に忠実というか、恥知らずというか、頭の中は女のことしか考えていないのだろうか……。

 人が人を疑って勝手に絶滅しかねているこのご時世に、それでも合体ばかり考えていられる神経は大したもんだとは思うが、こういうオヤジにはなりたくないもんだ。


「性欲まみれのてめぇらと一緒にすんな! それにしてもあいつ、女だったのか……」


 不意に、股間にもの凄い衝撃が走った。見ると、実に見事なインフロントキックが俺の睾丸を直撃している。サッカー選手も真っ青の、ツインシュートだ。

 その直後、下腹部に激痛が襲いかかり、必死の抵抗もやむなく俺は撃沈した。


「聞こえた……今聞こえたんだから! 『女だったのか』って……! もう絶対に許さないから!」


 あまりの痛さに、視界にはお星さまがチカチカと流れていたが、そんな息も絶え絶えの俺の眼に映ったのは、紛れもなくあの新人だった。紺色の髪をわなわなと震わせ、悶絶する俺の姿を見てもなお、その怒りは鎮まらぬようだ。

 俺は声を振り絞ったが、最後のほうはか細い呻き声にしかならなかった。


「こ……こいつ、蹴りやがった……。俺の……大事なトコ……おぉっ……」

「うわ……今のはヤバいッス。見てるこっちも痛くなる……」

「地雷は地雷でも、心を傷つけるほうのやつを踏んじまったな……。安らかに眠りたまえ、アーメン」


 サコンのクソつまらん冗談すら皮肉れないほど、俺には全く余裕がなかった。


 つーか、ヤバい。


 足をよじらせても、地べたを這いずり回っても、下腹部の痛みは治まるどころか増してくる一方だ。陣痛なんぞ、軽く凌駕してるに違いない。


「ちょっとオペレーターさん! ここにはまさか、こんな失礼な事を言う奴しかいないわけ?」

「それは誤解ですわ。ここにいる方々は皆紳士的な方ばかりですわよ。あそこでのたうちまわっている彼も含めて、ね」

「オーケィ。それじゃ全員ゲスって覚えとく以外に、価値はないってことね」

「あらあら、早とちりはいけませんことよ?」


 どうやらこの女、背が低いのとは対照的に、かなり気が強い性格のようだ。さっきまで、やれ女だの乳だのと浮かれていた中年オヤジ達も、無様な俺の姿を見てたじろいでいる。

 少しでも期待した俺が馬鹿だった……。あのルゥとズィーゼを採用するぐらいだ。容赦なく金的をくらわせてくる人でなしだって、召集されてもおかしくない。

 新人は俺に一瞥をくれた後、周りの連中の視線に気づき、なおも強気な態度を取った。


「……何よ、何か文句あるわけ?」

「い、いや~その、ハハハ……」

「ルゥさん、こいつが例の……?」

「そう、彼女がウワサの女性、テスタロッサ・ワトソンですわ」

「へ、へ~。随分とその、何というか、アグレッシブなお方ッスね」


 ジョウの野郎が、また余計な事をぬかしてやがる。新人が睨むと、ジョウはひっと小さく悲鳴を洩らし、前かがみになって股間をガードした。

 そんなジョウの情けない格好が、俺が気絶する前に最後に見たものだとは、今日はとことんついてない。脂汗でシャツが肌に張り付く不快感も、壮絶な痛みの前では無力だった。


「私の事は名前だけ知ってもらえれば充分。それよりオペレーターさん、早いとこ荷物を運びたいんだけど?」

「ご案内いたしますわ、こちらです。ではズィーゼ、お後よろしく」

「任せな」

「まさかとは思うけど、こいつらと同じ屋根の下ってわけじゃないでしょうね?」

「ご安心を。男子寮とは別の、待遇の良い個室をご用意しておりますわ」

「そうこなくっちゃ♪」


 後でジョウから聞いた話だが、俺はその後すぐにビー・ジェイの所に連れて行かれたらしいのだが、ここから先の事は覚えていない。

 だが、どこからともなく、ふよんふよんと聞いたことのある音が、俺の周りをうろちょろしていたような記憶が、少しだけある。


「こらぁレン! またポォムゥがエコモードの時に置き去りにして! 置いてけぼりはさびしいんだぞって何回言ったら……。んお? レン、何でそんなとこで寝てるんだ?」

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