3-2 人選に物申す
「あ、レンさ~ん! 大ニュースッスよ大ニュース!」
休憩所にはやたらと人がいて、俺に気づいたジョウが手招きして俺を呼んだ。いつもは自分の部屋に籠って、機械をいじくりまわしているジョウを休憩所で見るなんてのも初めてだが、ここにこんな大人数の人間が、所狭しとソファに取り囲んでいるのも俺の記憶にはない事だ。
「何の騒ぎだ、これは? 朝っぱらからやかましい」
「いやぁ、風のウワサなんスけどね、何でも今日、ここに女がくるらしいんですよ」
「………………」
「………………」
「それだけか!?」
「それだけッス!」
「馬鹿馬鹿しい。それだけの事で騒いでいたらキリがねぇよ。大体、シングルの連中はともかくとして、俺たちはパートナー制だ。顔を見たくなくても、ほぼ毎日顔を会わせなきゃならん女がいるじゃねぇか」
当然、というべきか。国連より召集された地雷に関するスペシャリスト達は、地雷という古臭い兵器を専門にすることだけあって、それはもう言うこと聞かないジジイの集落みたいになっている。二七歳の俺でさえ出来たてホヤッホヤの新人扱い、ジョウに至っては連中の孫と勘違いしているようだ。いつも難癖つけられるのは俺で、ジョウは甘やかされてばかりいる。
まぁそんなわけで、S・Sに女性がやってくるというのは、潤いを求める飢えた連中にとっては、それはそれは嬉しいニュースなのだろう。そういう俺もまんざらでもないのだが、期待が大きければ大きいほど、その落差もでかいのはわかりきっている。こんな辺鄙な場所に好きで来る女なんて、たかが知れているっつー話だ。
……なんて偉そうな口を聞いてるが、辺鄙な場所で仕事をやっているこの俺も、物好きの一部に入るのだろう。だが、俺は一日中デスクに向かう事はできない。というかやる気もない。ついでに言えば、アスリートのように己を高めていく向上心もまるでないのだ。
こんな惰性の塊がこうしてやっていけているのは、パートナー制――つまり、活動報告や業務の推進、業車を使用する際の書類作成などなど、加えて俺達掃除人のメンタルケアに至るまでやってくれる、パートナーのおかげなのだ。そのパートナーが俺の場合、ルゥというわけだ。
まともに社会人をやってない俺にとって、この制度にはかなりお世話になっているのだが、中には『シングル』という、地雷掃除とその雑務を全部やる物好きもいる。あのサコンがそれに当たる。どういう神経をしているのか、マジで理解に苦しむ。
「レンさんは、ルゥさんみたいな素敵な女性がパートナーだからそんな事言えるんスよ。うちのズィーゼは、あんなのただの怖いおばさんッス。脅迫じみた仕事の依頼なんて前代未聞ッスよ」
「仮にルゥがお前のパートナーになったら、間違いなく1つ言えることがる」
「なんスか?」
「お前は過労死する」
「え゛」
「いいえ、その前に私が殺す」
「あ゛え゛!?」
顔面蒼白のジョウの背後には、いつの間にか人が立っていて、それが誰なのかわかった時、俺はジョウの不運を悟った。
褐色の肌に白いチャイナドレスを纏ったその女性は、ジョウが怖いおばさんと言った人物――ズィーゼそのものだった。
ズィーゼは鋭い爪でジョウの首を撫でながら、甘い声で囁いた。
「怖いおばさんで悪かったわね。なんなら、今すぐにでも地獄にエスコートしてあげるけど?」
「や、やっだなぁズィーゼ! 聞いてたの? それならそうと早く言ってくれないと……」
「で、いつ死にたいの?」
「……ごめんなさい」
「わかればよろしい」
「よぉズィーゼ、相変わらずカカァ天下だな」
「レン、あんたまたジョウの事甘やかしてんじゃないでしょうね? だったらあんたもタダじゃおかないけど」
ズィーゼは持っていた扇子で口元を隠し、切れ長の瞳を俺に向けた。実際にこうして直接会うのは初めてなのだが、良くも悪くもイメージ通りの人間だ。
ジョウとズィーゼはパートナー契約を結んでいるが、それはもはや名ばかりで、実際は主従関係を強いられているといっても過言ではない。先程の会話からわかるように、主がズィーゼで、従者がジョウだ。
つまりはこの女、天然のサディストなのだ。天然なだけにタチが悪い。男という男を、全て見下しにかかってきやがる。
「節操ねぇな。いじめる相手は誰でもいいのかよ?」
「掃除人なんて皆マゾなのよ。わざわざ死にに往くなんて、マゾ以外の何者でもないってこと」
こういう奴と関わるときは――まぁ、関わらないことがベターなんだが――自分から下手に出ないことだ。俺は少し強めに食ってかかった。
「あん? 俺がマゾ? おいおい、人を見る目がないんじゃねぇか? 俺は誰にも縛られないし、縛られたいとも思わないんだが」
「あら、こう見えて私は勘が鋭くて有名なのよ。その私があんたのごく近い未来を予想してあげる。『あんたは四十秒後に縛られたいと言う』」
わけのわからん未来予知を、ズィーゼはえらく確信めいた口調で俺に言った。占いは良い事だけを鵜呑みにする俺にとっては、悪い報せなんてのは耳にすら入ってこない。
……というか、何だその未来予知は。
「け、だーれがそんな事ぬかすか。大体、お前の勘がするど――」
「縛られるのが嫌でしたら、水攻め、火攻め、快楽攻め……。どのような趣向があなたの望みなのか、パートナーとして知る義務がございましてよ、レン?」
俺の言葉を遮ったその聞き慣れた声は、後方から段々と俺の方に近づいてきた。丁寧な口調と色っぽい声質、それなのにこうも俺の性欲が掻き立てられないのは、身内の人間ならではなのか……。
「それとも、あなたに鎖と餌を与えなければ、ろくに仕事もこなせない事は承知の上でございましょうね?」
振り向くとそこには、いつもなら画面越しにいるルゥの姿があった。ヒールを履いているせいで、視線が俺より高く、見下されている感じがしてならなかった。
それと、さっきズィーゼが言っていたヘンテコな未来予知が、……もうどんな内容かふっ飛んでしまったが、それが現実になりそうだと、直感で思ってしまった。
「ル、ルゥ……。こっちに来てたんなら早く言ってくれないと……」
「私が聞きたいのは、レン、あなたが私との契約を破棄するかどうか……。『縛られたい』か『そうではない』かのどちらかでしてよ」
「ぐ……意地でも言うか!」
ルゥの言った言葉でどんな予知だったかを思い出した俺は、喉元まで出ていた言葉を呑み込み、何とかズィーゼの予知通りの結果にならずに済んだ。
……全く嬉しくない達成感だ。
「はあぁ~あ。つまんない奴。強情な男ってほんっと面白くない」
「私もズィーゼのために一役買ったというのに……。私の見込み違いで終わらせるつもりですか、レン?」
ズィーゼとルゥは、二人して冷たい視線を俺に向けた。改めて思うのは、容姿だけ見れば、二人ともどこかの雑誌の表紙を飾れるぐらいの美人だということだ。俺の乾ききっていた眼は、これまでになく潤いを取り戻している。
それなのに、なまじ彼女らの性格を知っている分、俺とジョウはかなりの損をしている。傍から見たら羨ましがられるかもしれないが、ルゥが俺に休む暇を与えぬ鬼畜で、ズィーゼが超ド級のサディストだとは思わないだろう。
「にしては、随分と言葉に重みがあるように聞こえたんだが?」
「ええ。全て本音で語らせていただきましたわ」
「あんたに媚を売るほど価値がないって、はっきり言わなきゃわからないの?」
「………………」
……実際はこれだ。
本部の人選はどうなってやがる。いくら顔が良いからって、こんな罵詈雑言を浴びせてくる人間を雇うなんて、気がしれない。
何を言っても俺の精神が削られる一方なので、俺は口を噤んだが、その沈黙はジョウとその他諸々の歓声でうち破られた。
「ル、ルゥさん! 本物だぁ~!!」