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地雷掃除人  作者: 東京輔
第10話 Gewissensbisse ~呵責~
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10-19 呵責

 下に降りた俺たちは、再びアシェフのメインストリートへと徒歩で移動した。しばらくはこの場所が拠点になるように、ウルフあたりが話を進めているはずだ。職場の環境に早く馴染んでもらうためにも、自分たちの目で生の情報を仕入れておいて損はないはずだ。シャウには俺の愛用する日焼け止めを渡したが、手持ちの鞄で強烈な日差しを遮るのを止めなかった。今度からは日傘の投入を検討するつもりらしい。俺は一応「良いアイディアだ」と適当な相槌を打っておいた。

 物資の搬入作業で大型車がストリートの往復を繰り返している。少しながらではあるがアシェフの町並みは活気を取り戻していた。そんな中、道路の両端では顔のよく知る連中で賑わっていた。どんな劣悪な環境でもまずまずの成果を上げてきた彼らであはあるが、見た目や雰囲気は場末の露天商のそれと変わらないのが何とも惜しいところだ。まぁ、憎めない連中でもある。

 その一人が俺たちの存在に気づき、手を振りながら近寄ってきた。彼らの中でもとりわけ瑞々しい、そしてここでは数少ない俺の後輩に当たる人物だ。


「あ、レンさーん! おかえりッス!」

「ジョウ。俺がいなかった間、ヘマしてねぇだろうな」

「やだなぁ、もう。僕だってそう何度も同じ失敗はしないッスよ。新作の『ミラヴォウ一世』が『四世』に世代交代したくらいッス」


 マーブル柄の謎の球体を摩りながら、ジョウは胸を張ってそう答えた。商売道具の開発、改造を施して名前を継承するのが彼のやり方だが、機材を無駄に消費するのだけは何とかしてほしいものだ。


「絶好調だな。早死の家系でない事を祈るぜ」

「すーぐそういう不吉な事言う! あれ、新人の方ッスか?」

「後で紹介する。お前はその代物が長生きできるようにメンテしとけ」

「了解ッス」


 締まりのない敬礼をしてジョウは日陰の作業場に戻る。会話こそ交わさなかったものの、やたらと若くて溌剌としたジョウを見たダックスとシャウは揃って目を丸くしていた。どこの職場に行っても、やはり彼の存在は珍妙という事か。

 次に俺が挨拶した人物は、華奢なジョウとは対照的な大男のアジア人だった。これまたデカい荷物を慎重に地面に下ろし、息をひとつ吐いたところで俺から声をかける。


「重そうだな、ケイスケ」

「レン殿。もう戻ってこられたのですか」


 額の汗を拭った大男は行儀よく深々と礼をする。その恵体と存在感のわりには物腰の柔らかい仲間――『ならず者(デスペラード)』としても交流の深いケイスケは、盟友の帰還に目尻を下げた。俺も笑顔で応えたつもりだったが、多分不敵な笑みになっていたと思う。


「まあな。これ以上休むと、こっちの天候に身体がついていかなくなる」

「精勤でいらっしゃる。ところで、そちらの御二方は?」

「俺の友人だ。んで、俺たちの新しい仲間になる」

「ヘイ、ナイスガイ! 俺はダックスだ、よろしくな」

「彼のオペレーターを務めます、シャウ・セザルです」


 初見の二人に対しても、ケイスケは丁重な物腰を崩さずに挨拶をした。


「北条恵介と申します。以後、お見知りおきを」

「ケイスケ。俺はこいつらを連れてアシェフを案内する。作業は任せたぜ」

「承知しました」


 日差しを遮る俺のジェスチャーをケイスケは汲み取ったようで、言葉少なに荷物の搬入作業に戻る。話のわかるやつってのは本当に素晴らしい。

 それからもストリートを歩く間は何かと声をかけられる事が多く、その度に俺は皮肉交じりの会話をしてやり過ごした。中には新入りのオペレーターであるシャウに目をつけて夕食に誘う不届き者もいたが、シャウは既に適当なあしらい方を習得していたようで相手にしなかった。

 最も賑わっている場所から少し離れたところで、シャウは俺の顔を覗き込み、こう言った。


「レンってさあ、何だかんだ人付き合いが上手よね」

「そんなに俺は不愛想に見えるってのか?」

「何よ、体中から取っつきにくそうな雰囲気出してるじゃない」

「違う違う。シャウ、こいつは天然の人たらしなのさ。よくいるだろ? 環境が変わるとパッタリ連絡が途絶える奴。んで、新しい環境でも自然と周りに人が集まる奴。こいつはその典型だ。取っつきにくい癖して根本的なところはたらしなのよ」


 ダックスが特徴的な言い回しで俺の性格についての持論を展開する。実際彼の指摘に間違いはないのだが、それを人たらしと呼ぶのはいかがなものか。


「社交性に長けていると評価してほしいね」

「サプマク寮でこーんな険しい顔してパクチー食ってたくせに、よく言うぜ」


 眉間に皺を寄せて変顔をするダックス。何ともお粗末な顔真似だ。そもそも顔真似なんて上等なものじゃない、顔芸と表現したほうがよいだろう。俺はノーリアクションで最大限の抵抗をしたが、笑いを堪えきれなかったシャウはとうとう吹き出してしまった。

 強烈な日差しにもめげずダックス達と和気藹々としていると、路地の横の隙間から聞き馴染みのある足音が俺の耳に届いた。ふよんふよん、というUFOが浮遊しているときに発せられるような奇妙な音だ。もちろんUFOなんか見た事ないけど。

 その足音の正体が俺たちの正面に現れると、そのピンクの物体はパッと目を輝かせて俺の名を呼んだ。


「んお! やっぱりレンなのだ! レン~!」

「あ、ちょっとポムちゃん!?」


 そしてもう一人、ピンクの物体に続くかたちで眼鏡をかけた若い女がレンチを持って走りながら俺たちの方へ近づいてくる。一瞬だけ、ここがどこだか忘れてしまいそうになったのは俺だけじゃあるまい。おそらく後ろの二人も俺と同じ気持ちだっただろう。

 ピンクの物体は俺の腰に抱きついてきた。結構な衝撃に備えて踏ん張っていたが、そこらへんは見事に制御されており至って優しい抱擁だった。悔しい事に俺はちょっとだけ、このピンクの物体――ポォムゥに愛くるしさを覚えていた。


「レン、どこほっつき歩いてたんだ!? ポォムゥはレンにずっと会いたかったぞ~!」

「え、もう戻ってきたの? ついこの間出発したばかりじゃん」


 それにひきかえ、眼鏡の女の反応ときたら何と不愛想な事か。


「随分なお出迎えだことで。俺がいなけりゃここの地雷を片づけられないだろうが」

「ちまちまして非効率的だもんね、あんたの作業」

「お前のが乱暴すぎんだよ」


 そう言うと、眼鏡の女はプイッと顔を横に向ける。性格も乗り物もじゃじゃ馬ときたら、可愛げも何もあったもんじゃない。しかしながら、彼女とその愛機のおかげで作戦の進行速度が大幅に上がったのは確かな事実。テスタロッサ・ワトソンは俺たちの組織において、既に重責を担う人物となっていた。

 ――というような彼女についての予備知識がなければ、多くの人間は困惑する他ないだろう。ちょうど今のダックスのように。


「お、おいおいレン、どういう状況なんだよこれは? 近頃の仕事場には、普通にしゃべるロボットとティーンの少女が備えつけてあるってのか?」

「甘いなダックス。そこのこぢんまりとしたお嬢さんも生身の人間じゃないとしたら?」

「嘘だろ!?」

「嘘だ」

「嘘かよ!」


 今までにないくらい、俺とダックスは絶好調だった。そんな俺たちを面倒くさそうにテッサはムスッとした表情で睨んでいたが、やむを得まい。俺は得意げに話を続けた。


「ダックス、シャウ、聞いて驚くなよ? 俺が何を言っているかてんで理解できんと思うが、このピンクいロボットはポォムゥといってな、俺の地雷探知機だ」

「なのだ!」


 先ほどから困惑しきっていたダックスはついに思考回路がやられたのか、WTFを執拗に連呼するだけの存在と化してしまった。まぁ、逆の立場だったら俺も正気でいられないとは思うが。

 一方、シャウの方は始めは面食らってはいたものの、比較的落ち着いた様子でポォムゥを見つめ、あるがままの現実を受け止めた。


「前線で活動をおこなう地雷掃除人レクトガン・シュナイドには、最先端のテクノロジーを搭載した地雷探知機が配備されている……。資料にはそう書いてあったけど……」

「まぁ見てくれはこんなだが、性能は確かにすげぇよ。というか、お前らこいつで目を丸くしてたらキリがないぜ? 量産型の対地雷兵器が役に立たない分、選りすぐりのイロモノ兵器がこの場所に揃ってる。ダックス、お前のもどうせその類なんだろう?」

「バレてたのかよ。再会祝いにびっくらこかせてやろうと思ってたのに」


 正気を取り戻したダックスは途端に渋い顔をした。自分の片足を吹き飛ばした憎き兵器に対して彼がどのようにして向き合うのか。正攻法ではない事は予想の範疇だったが、実践であまり俺を動揺させてほしくはない。

 その事について俺はダックスに訊ねようとしたのだが、その前にテッサに腕を突っつかれた。本人たちが目の前にいるというのに、テッサは二人を覗きながら俺に耳打ちした。


「ちょっと。この人たちが今日入ってくる新人なの?」

「そう、俺の古い知り合いだ。で、こっちのこぢんまりとしたのがテッサ、地雷処理戦車(マインローラー)乗りだ」

「またまたレンさん御冗談を。アニメの中の女の子でも、地雷処理戦車なんつーマニアックなもん乗らねぇぜ……て、マジなの?」

「…………」

「ほ、本当なの……?」


 口を閉ざしたテッサだったが、その沈黙こそが返答だった。そして俺が察する事ができた事実がもうひとつある。それは、お調子者の新入りに対してテッサがあからさまな反感を抱いたという事だ。

 ダックスには申し訳ないが、俺がフォローしてやれる隙間はこれっぽっちもない。精々この気まずい空気の中での会話を早めに終わらせてやれるくらいだ。


「まあ何だ。テッサ、こっちのシャウとは仲良くやってくれよ。数少ない同性なんだから」

「そうする。行こ、ポムちゃん」

「んお、まだレンとお話したいのにー」


 ポォムゥの手を引いて、テッサは来た道を足早に戻っていった。課題は山積みだが、些細な人間関係のこじれは時が解決してくれるのを願おう。俺だって始めはテッサに随分と嫌われていたのだから、ダックスも何とかなるはずだ……たぶん。

 止まっていた足を再び動かそうとしたその時、背後の妙な気配に俺は気がつき、その場で振り向いた。実際に気配を感じ取ったわけではない。一定の間隔でガシャンと、金属の軋む音がしたから振り向いたのだ。背後にいたのはハンチング帽を被った小太りの中年の男。その背中にはスクラップのような鉄塊を背負っていた。

 中年の男はその重量のある物を乾いた地面に置き、空になって積まれた物資のケースに腰を労わるようにゆっくりと腰を下ろした。


「えいこらせっと。すまないが道を開けてくれんかね、澄まし顔の若造さんよぉ」

「悪いなサコン。あんたが出突っ張りで腰をやってないか心配してたんだ」

「言葉には気をつける事だ。口を動かす暇があるなら手を動かせ、今すぐに」


 サコンは少し不機嫌そうだった。まぁ、急に姿をくらませて数日後に何食わぬ顔で帰ってきたのんきな部下を前にして、上機嫌でいろというのも野暮な話か。町の局所に配置された地雷を取り払える人間は限られている。こんな俺だって我儘な行為をかなり反省していたから、無用な口喧嘩はせず真面目に答えた。


「悪いが、新入りの案内をルゥから仰せつかってるんでね。今日は出られない」

「ふん、精々なけなしの休暇を楽しむんだな」


 そうぼやきながらサコンはどこからか紙の書類を俺に差し出した。なかなかに分厚く、記されてある文章もかたい。目を通すのも億劫なので俺は早々とサコンに訊ねた。


「これは?」

「今朝方本部から届いた書類だ。これから行われる作戦事項が記されている。後でしっかり読みこんでおきな。それと、本日付で俺たちの正式名称が決定した」

「正式名称?」


 オウム返しで聞き返す俺に向かって、サコンは無言で頷いた。


「NES。NonEnemy Soldiers――だとよ」

NES(敵無き兵士たち)……。へっ、パールの発案だな」

「あのお方らしい命名だよ、まったく。ほんじゃま、行ってくらぁ」


 鉄塊じみた『地雷分解機(フリート・ホーフ)』を再び担ぎ直したサコンは、金属の軋む音と共にこの場を立ち去った。背姿だけ見ると廃品回収をする萎びた老人なだけに、哀愁もひとしお募る。


「いかにも長老って感じの人だな」

「ただの頑固ジジイだよ」


 口ではそう毒づいたけど、自らの責任と使命を彼によって思い出せた事は素直に感謝したいと思う。NESの一員として、名もなき頃から活動を続けてきた大先輩だ。少しは労わらなけりゃ、きっと末代まで呪われる。俺もあるべき仕事場に戻らないとな。

 俺はいつになく溌剌とした気持ちで、ダックス達に向かって口を開いた。


「さて、そろそろS・Sに行くとするか。始めのうちはここの気候に慣れるのが仕事だ」

「そうね。暑くてどうにかなっちゃいそう」

「こっからが俺たちの新たな出発だ。くぅ~! お天道様の機嫌も絶好調!」

「ずっと晴れっぱなしだけどな」

「日焼け止めのクリーム、買い置きしておかないと」

「ヘイヘイヘイ! 今からノリ悪いの禁止な!? 盛り上がってこうぜ!」


 俺たちの往く道を陽が照らす。そうだ、俺には陽気なダックスも凛としたシャウもついている。可愛い後輩のジョウも、頼れるケイスケも、生意気なテッサも、心強いパートナーのルゥも、口うるさい上司のサコンも、俺をここまで導いてくれたパールも。他にも両手両足の指では数えきれないほど、俺は多くの人に支えられてきた。不肖の俺でも人のために生きていれば、小さな幸せを掴み取る事だってできる。仲間と共にいられる事が俺の喜び、俺の幸せ。


 今まで感じた事のない充実感を異国の地において感じられたのは、おそらくそれが罰であったからなのだろうか。

 ――そう、これは罰だ。

 不確かな希望で膨らませた俺の器に、醶味のある苦汁をたっぷりと注ぎ込むための下準備にすぎなかった。選択という呪詛は、いつも俺の傍で邪悪に微笑んでいたのだ。


 突如、俺の体が横に吹き飛んだ。意識の外からの衝撃が右半身に襲い掛かり、否応もなく俺は地面に倒される。しかし、不運な衝撃などではなかった。俺だけに狙いを定めた、憎悪の権化のようなものが敵意を持ってぶつかってきたのだ。


「ぐはっ!?」

「お前が……」


 俺の体に跨ったまま、憎悪の権化がそう告げる。逆光でその正体はわからない。だが俺は瞬時に理解できた。襟元を強く握りしめる両手の震えの内面に、並々ならぬ感情を彼が抱いているという事を。そして彼を突き動かすものが敵意ではなく、れっきとした殺意だという事を。


「お前が兄さんを殺したんだ!!」


 少年は叫び、その拳で俺を殴った。何度も何度も。

 降り降ろされる拳に俺の血が滴っている。あまり綺麗なものじゃない。

 不思議と痛みは感じなかった。死にゆく人が見る最期の光景のように思えたから。

 待ち受けていたのは呵責だった。他の誰でもない自分自身に対しての。


 少年の顔にはあの子の面影があった。生気を失った眼の朧げな視線。よく覚えている。

 だから、これが俺を成す三つ目の呵責なのだ。拒絶してはならない。


 仲間が少年を取り押さえるまで、無慈悲な暴力は続いた。

 心に渦巻いた呵責がサヘランの大地に消えないまま彼方へと流れていく。

 これからこの場所で起こるであろう、悲哀の惨事を見つめる傍観者のように……。

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