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地雷掃除人  作者: 東京輔
第10話 Gewissensbisse ~呵責~
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10-18 ドエレー


 ギズモの空港から車を走らせること三時間。本部へは寄らずにサヘランへと直行する。入国と言えど、ビザやパスポートは不要の訪問。有り体には不法侵入とも言われる。自国に地雷を撒いたサヘランが国として機能しているわけもなく、条約も法律も常識さえも失ったこの国の国境管理が整備されていないのは当然だった。

 封鎖された東側の国境を大義の下にこじ開けて、地雷の密度が低いポイントに道を作る作業。これは俺も参加した。一見すると何もない荒野をジープがくねくねと蛇行する光景は、いささか滑稽だが他の道がないので仕方がない。

 しばらく西へ行くと、サヘラン名物『必死地帯(デス・ベルト)』が俺たちの目前に現れる。サッカーボールを蹴り入れれば――そんなヤワには起爆しないだろうが――かなりの確率で散布型地雷に当たるくらい、窮屈な密度で地雷が撒かれているイカれた場所だ。そんな人の踏み入らざる領域を突っ切った命知らずの野郎の話はさておき、立ち入り禁止の看板に従って『必死地帯』と並行するように北進して二時間ほど経過すると、人気のない荒廃した工場地帯が視界に視える。スダメナの石油採掘場だ。S・Sという俺たちの移動拠点は既に移されており、石油採掘場は再びもぬけの殻となっていた。

 そこで休憩を挟んで西に向かって再出発し、俺たちはようやく目的地のアシェフに到着したのだ。運転は俺が全部やった。他に適任がいないから渋々立候補したのだが、炎天下の長旅はダックスのすべらない話のおかげで笑いの絶えない時間となった。


 アシェフの町の手前には、S・Sが横に平たく腰を据えていた。角ばった建造物が町の出入り口に沿って整然と並んでいるが、何とも不愛想なお出迎えだ。まあ、急ごしらえでこちらに移ってきた事を考慮すれば、そのレイアウトは及第点を与えてもいいと思う。

 入口の警備員にお早いお帰りだと二言三言挨拶を交わし、俺はS・Sへは立ち寄らずに町の入り口へと車を走らせた。新人は色々と手続きを済まさなければいけないのだが、そうなると一旦ダックス達と別れる事になる。その前に、彼らに見せたいものがあったのだ。

 町の南側にある唯一の高層ビル。元々は物資の流通を管理する商社の人間が働いていた場所だが、ここも石油採掘場と同様もぬけの殻になっていた。流通関係の人間は国際情勢に精通している。サヘラン人以外の社員は、サヘランが地雷だらけになる前に出払ったと聞いている。その甲斐あって、人工的飢饉に見舞われずに済んだのだから英断だったのだろう。

 その商社が入っていたビルの埃かぶった二〇階に、俺はダックスとシャウを連れて行った。無人のデスクの群れを通り過ぎ、壁一面がガラスの窓際で足を止める。東西にわたってアシェフを一望できる場所は、ここが最適だった。


 凶悪な日差しの中で、先ほど車で通ったメインストリートでは、若い町人と俺の仲間が協力して物資を搬入している。彼らの近くで遊びまわるサヘランの小さな子どもたち。つい最近まで食糧がなくて困っていたというのに、実にたくましいものだ。

 一方、西側の区域は境界線となる柵が敷かれて人っ子一人いない状態だった。境界線の手前には例の石碑と、聾唖の少女ミトラの家がある。一般的な平野ならともかく、町なかに蔓延る地雷の扱いほど厄介なものはない。上からの命令でもない限り、俺たちの当面の任務であるサヘランの首都ゾノの到達が果たされるまで、しばらくはこのまま放置されるだろう。不爆撤去ができる俺やサコンは最前線にい続けなければならない。そういう意味では、俺たちの活動の光陰を直視しているようでもあった。


「抹消された町アシェフか……。もっとひどい状況を予想していたが、思ってたよりは悪くなさそうだ」

「諦めずに説得を続けたおかげね。でも、アシェフの代表者が話のわかる人で助かったわ。抵抗されていたら現状はもっと悲惨だったはず。そもそも、供給の絶たれた中で十カ月も持ち堪えられたのが奇跡に近いんだから」

「どうかな。あれを見ろ」


 喉から出た声は自然と低くなっていた。二人は俺の指した方を見下ろす。北側の隅にある家二軒ほどの空き地で、盛り上がった地面を前に祈りをささげる者が数人。先の飢饉で俺たちが到達する前に、惜しくも命を落とした町人たちの墓標だった。何十と敷き詰められている光景を視て、ダックスとシャウは悼む表情で息を呑んだ。


「持ち堪えられなかった人も大勢いる。悲惨なのは何も変わらない。これからもそういう現場に遭遇するだろうし、敵意を向けられる事だってある。そのうえ――」俺は西を指し、二人の視線を促した。「向こうには地雷が砂の数ほど犇めいてやがる。このふざけた環境の職場にようこそ。引き返すなら早いほうがいいぜ?」

「レン?」


 訝しげな顔でシャウは俺を見る。もちろん、台詞通りになる事なんて望んじゃいない。俺は肩を竦めてやや声の調子を上げた。


「冗談冗談。ただ、今のうちに知っておいたほうがいいと思ってな。地雷掃除人なんて栄えある職業じゃないってこった。今ならパールの言っていた言葉がよーくわかる。明るい未来を作るには、どす黒いものを一身に背負う損な役回りな人間がいるって事がな」


 立ち直れる精神。かたちは違えど、俺たちはあの衝撃的な事件と向き合う事ができたから、毅然としてここに立っている。しかしながら、これからサヘランの首都に近づくにつれて、血と硝煙の匂いのする現実を目の当たりにする可能性は否めない。

 神経質な俺はそれを伝えたかった。それで彼らが精神的に壊れるようでは、組織全体に影響が及んでしまうし、何より俺自身がそんな彼らの姿を見たくない。利他と私情が混同するなかで、どうしても俺は伝えねばと重たい口を開いたのだ。

 一瞬空気が止まったかに思えたが、義足を履いたダックスがそれを一笑に付した。


「へ、ハーレム育ちで底辺這いずり回ってた俺にゃあうってつけというわけだ。シャウ、なんならお前はギズモに戻っていいんだぜ?」

「お断りするわ。半端な覚悟でここに来たわけじゃないんだから。ダックスだってそうでしょ?」

「おっしゃる通りで」


 腕を組んで高飛車な態度を取るシャウ。空港で再会した時とはえらい違いだ。ダックスもひょうきんなのは変わらないが、二人とも良い意味で落ち着いた大人になった。未熟だったあの時から想像以上に成長している。俺の心配は杞憂だった。


「まぁ、慣れるまで無理はするなよ。その分、俺が前線に立つ」


 何気なく放った一言だったが、意外な反応をする者がいた。


「……レンって、ちょっと変わったよね」

「変わった? 俺が?」


 オペレーターの制服に身を包んだシャウは、俺を感心するような眼差しをしていた。見てくれはお前の方が随分と変わっていると思うのだが。


「うん。何か頼もしくなったっていうかさ。背筋もピンとしてるし。軽口言うのは拍車がかかったようだけど」

「良い方に変わったってことか?」

「そうとしか受け取れないでしょ」

「褒め……られてる?」

「そーよ」


 プライドの高いシャウが素直に褒めてくれるとは思ってなくて――事実今までにそのような記憶もなく――俺は大した軽口も開けずただ肯定したのだった。


「そうか。背筋はな、矯正されたんだ。そんで舌が回るようになったのも、うちの口うるさいパートナーのおかげっちゃあおかげかな。あぁそうだ、あいつにも帰ってきたって連絡しとかねぇと――」

「その必要はありませんわ」


 背後から発せられる、聞き慣れた甘く艶めかしい声。俺以外の二人はすぐに振り返ったが、俺はそうしなかった。声の主は今まさに連絡を取ろうと思っていたあいつだったのだから。

 固い床にヒールを打ちつける足取りが、コツコツとゆっくりこちらに近づいてくる。二つ目の確信を得て、俺は彼女の方へ正対した。俺のパートナーであるルゥ。その美貌は健在だった。


「まったく……。事後報告とは随分な御身分ですわね。新規加入組と同行するのなら、私にそう伝えるのが貴方の責務でしょう?」

「あー……悪かったよ。でも、できれば挨拶はもっと明るいほうがいいと思うぜ。せっかくの美人が台無しだ」

「私が美人なのは当然の事。当然の事を口にしても効果は微々たるもの。取り繕うのならもっと素敵な台詞を御用意願いますわ」

「……次から善処する」


 相変わらず食えないやつだ。だが、不思議とサヘランに帰ってきた実感が湧いてきた。

 俺がそんな刹那の感傷に浸っていると、ダックスとシャウの様子がどこかおかしい事に気がついた。S・Sでは俺とルゥのやりとりなんて普遍的なものとはいえ、廃れたビルで利いた口振りを披露する俺たちの様子は、彼らの目には珍しく映ったのだろう。

 とりわけダックスに至っては、突然の美女の来訪に目玉むきだしでおったまげていた。


「レ、レン? このド偉いべっぴんが、お前のパートナーなのか!?」

「そうだ。文句のつけようがないべっぴんだから、俺からコメントは差し控えさせてもらうよ」

「面白くない御人だこと」


 然して動じない俺とルゥを交互に見比べて、ダックスは言葉にならない驚きをコメディ映画よりもコミカルに体全体で表現していた。一方、シャウの視線は顔より少し下で、ルゥの胸元と自分のを見比べて、痛烈な表情をしているように見えた。実際のところは触れないでおく。

 ルゥはいつもと変わらぬ丁寧な物腰で、驚いている二人に頭を下げた。


「私、レンの専属オペレーターを務める、ド偉いべっぴんのルゥビノ・アクタウスと申します。以後、お見知りおきを。貴方がたの情報には目を通しております。新しくこちらに配属されたダキシモ・エマヌエレとシャウ・セザルでよろしいですわね?」

「あ、あぁ。ダックスで構わないスよ」

「よ、よろしくお願いします……」


 ルゥに続き、二人とも恐縮そうに頭を下げた。完全に彼女の悪魔的存在感にのまれているのが見て取れる。シャウの方はすでにたじたじだった。

 もう少し彼らの反応を楽しみたかったが、「さて、レン」というルゥの冷ややかな一声をもって、矛先が自分に来たぞと俺は少しだけ身構えた。


「貴方の無茶な休暇申請を上に通すのには、さすがの私でも骨が折れましたの。それだけでは飽き足らず、勤勉でド偉いべっぴんの私の事を口うるさいと罵るだなんて。この落とし前はどのようにつけるおつもりですか?」

「そのフレーズ、そんなに気に入ったかよ。俺がお前にできる事なんて一つしかない。今まで通り、馬車馬の如く働きゃいいんだろ?」

「デキる男なら、このタイミングで私に食事でも誘うものですが」

「じゃあ行くか? デート」

「やめてください。気色悪い」


 キレのある発言に、俺ではなくダックスがずっこけた。苦い顔をして俺は返事をする。


「きしょ……。パートナーに向かってそれはねぇだろ」

「貴方が真っ先に正解を言うからいけないのです。ミーティングを一時間後に設定していますので、それまでの余暇をどうぞごゆっくり。何でしたら、私に代わって二人のご案内をお願いできるかしら」

「それが仕事になるんなら、喜んで」

「素敵な御返事です。では」


 ルゥはそう言って一礼し、早々と俺たちの下を去った。

 エレベーターの扉が閉まり、下に降りていくのを確認したのを見計らったかのように、ダックスは今までにない真面目な声音で呟いた。


「レン、訂正するぜ」

「何を?」

「あの人はド偉いべっぴんじゃねぇ。()()()()べっぴんだ」

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