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地雷掃除人  作者: 東京輔
第10話 Gewissensbisse ~呵責~
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10-8 彼の場合、彼女の場合

「自分は助けますかね、やっぱり。んまあ、大概こういう問題ってこんな安直なアンサーは一蹴されるんですけど、それでも俺は助けに行くと思います。だって友達なんでしょ? だったら行きますよ。そいつが友達じゃなかったとしたら……それはその時考えます」


 ダックスにしては珍しくまじめな口ぶりで、最後のほうはあまり答えたくないというような印象だった。研修生一同はそんな彼らしい答えに安堵した様子で、口を挟む者は誰もいなかった。

 パールはじっとダックスを見つめ、彼の出した答え――もしくは真意を探っていた。真実を追求する瞳。パールの双眸はそう形容するに相応しいほどに鋭く、そして温かった。


「なるほど。ダックスは情に深いんだね」

「いや、そういうわけじゃないッスよ」


 複雑そうな顔をして、ダックスはかぶりを振った。謙遜やそういう話し方を披露しないダックスだからこそ、皆は彼の否定する姿に目を丸くした。無論、今日が初対面のパールでさえも意表を突かれたようだった。


「俺は、自分がその重傷を負った人になったつもりでイメージしてみたんです。意識がぼんやりしてるっつっても、耳は聞こえてるわけでしょ? そこでもし足音が遠ざかったら、俺はきっと逃げちまった仲間の事を恨むと思うんです、何で助けに来てくれないんだよって。身勝手でわがままな話なんスけどね。だから情に深いとかそんなんじゃなくて、怨まれるのがコワいから助けるのかなーなんて。あぁダメだ、この問題、心が抉られるわ……」


 頭を掻きながら弱音を漏らすダックス。そんな様子でも室内にいくつかの笑いが起こるのだから、彼の天性の陽気さは不思議なものだ。

 ダックスが着目したのは自身の行動ではなく、重傷を負った人間の心情だった。死人に口なしという言葉もあるように、語られぬ事実も同様に存在する。ましてや今際の際の意識も、その者の命と共に消えていくと思われがちだ。怨念みたいなもの――オカルトの類は信じないほうだが、陽気なダックスはそれを恐れているのだと告白した。

 だけどそれは、極論を言えば他人に対する思いやりなんかじゃなくて、あくまでも独りよがりな保身のためとも。臆病であるが故に他人を助ける。そこに情の深さは関係しない。だからダックスは首を縦に振らなかったのだ。

 自らを無防備に曝け出す、実にキツイ問題だ。あいつが恥ずかしそうにするのもよくわかる。

 パールも、丸裸にされて所在なさげにしているダックスにやさしい言葉をかけた。


「実に率直な意見だったよ。ありがとう、ダックス。彼と同じ意見の人はいるかい?」


 六割くらいの研修生たちの手が挙がる。『助けに行く』という観点からして、真意はどうあれその選択を取る者がさすがに多数派を占めていた。別に俺は自分が捻くれているとは微塵も思ってないが、少数派の意見のときのほうが多いという客観的なデータを見るに、ひしひしと肩身の狭さを感じるのであった。


「それじゃあ、今度は君、いいかな」


 次にパールが指名したのは女子だった。シャウと一緒にいるのをよく目にする、気持ちぽっちゃりめで優しそうなタレ目の女の子だ。例によってその子も、憧れの的であるパールに指名されたとあって声が面白いように上ずっていた。


「は、はい! 私、メーヴェルと申します! あの、私、パールさんの大ファンで、このプログラムに参加したのもパールさんに会いたかったからで……!」

「うれしいね。でもメーヴェル、質問に答えてくれない子は好きじゃないよ?」

「は、はい! 答えます!」


 深い呼吸で気持ちの昂ぶりを落ち着かせ、メーヴェルはしっかりとした口調で答えだす。


「助けるという点では私もダックス君と同じ意見ですが、まず第一に周囲の地雷を撤去しておいた方がいいと考えました」

「ほう。なぜだい?」

「今回の場合、二人が撤去活動を同時におこなっているという設定ですから、最低でも彼らは二〇メートル離れた場所にいたと考えられます。授業でそう習いましたので」

「うん。いい考察だね」

「ですから、まずはその場を動かずに呼びかけを行い、返事の有無にかかわらず落ち着いて周りの地雷を片づけていくのがいいと思うんですけど……。そんなに冷静に行動できるかどうか……」


 自信なさげにメーヴェルはそう言い淀んだものの、大多数の連中は彼女の意見に素直に感心していた。頭の片隅に追いやられたカビラ爺さんの退屈な講義内容なんざ、俺がどうやったって引用できない代物だ。

 おずおずしてるメーヴェルの傍ではなぜか、シャウが得意げな表情を浮かべている。性格や態度はまるで違えど、『類は友を呼ぶ』の法則を感じずにはいられない。ああ見えてシャウも優等生で通っているのだから、彼女たちの間でウマが合うところがあったのだろう。女同士の優等生コンビ。それに引き換え、俺とダックスのコンビは……。

 考えないことにしよう。

 メーヴェルの解答にパールも頷き、労いの言葉をかけた。


「君は賢いね。授業で教わった知識を活用しつつ、その時の心情の推察もできている。きわめて模範的な解答だ」

「ひゃい! ありがとうございます!」

「彼女と同じ意見の人は?」


 シャウが真っ先に手を挙げ、そのあとにぽつぽつと複数の手が挙がりだした。最終的には全体の三割ほどの人間がメーヴェルと同意見だということになった。すなわち、手を挙げていない俺はただの落ちこぼれ……いやいや、決してそんなことはない。俺はただの少数派、自分の主張をしっかり持ち合わせていると評価していただきたい。

 ――と、俺が胸中で謎のアピールをしている間に、パールは神妙な面持ちでこう呟いた。


「ふむ。これもドーバーの教育の賜物かな。私はどうも叱るのが苦手なんだけれど、そろそろあいつのやり方を見習ったほうがいいかも――」

「ダメです、ダメ! パールさん、それだけはいけない」

「これ以上僕たちの自由を奪わないでください!」

「私たち、優しくてきれいなパールさんのことが大好きなんです! だからそのままでいてください!」


 悲鳴に似た心からの叫びが教室の中を反響する。かくいう俺も、誰も何も言わないならパールに物申す案件だったと明言しておこう。言いたいことを全部言われたので口を噤んだがな。


「そ、そうか。みんながそこまで言うなら……」


 そんな俺たちの必死の形相を向けられたパールも、さすがに狼狽したようだった。パールがどう見繕ってもあの鬼畜教官には成り得ないとはわかっていながらも、あれ以上俺たちの脅威が増えたら投了ものだったからだ。


「じゃあ、これまで手を上げなかった者がそれ以外の選択を取ったという事だけど……。君はまだ手を上げていないよね?」


 パールがある程度周囲を見回して最終的に彼女の目に留まったのは、当てられて渋い表情をする冴えない男――有り体に言ってしまえばこの俺だった。

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