2-6 信頼
ジョウがいた車の日陰で瞑想(のようなこと)をしていると、肩をポンポンと叩かれた。
「あれ? もうかよ。随分と早くないか?」
肩を叩いたのはサンタナで、さっきよりも明らかに機嫌が悪い様子だった。
にしても、早い。俺は時計に目を移したが、十五分にも満たない―つまりほぼ俺が予言した通り、一〇分程度で本日のジョウの仕事が終わったわけだ。
「そりゃもう、いつもながら綺麗に飛び散りましたよ。チョカなんとか何世は」
「記録は?」
「三七。今日もレンさんの勝ちです」
「おっほ♪ マジか! いやぁ儲けた儲けた!」
こう言うのも何だが、実に楽な賭けだ。結果が悪いほうに賭ければ、かなりの高確率で俺に勝ちが回ってくる。ジョウはプライドがあるのか、いつも数を盛って挑むし、サンタナは実に仲間想いな奴だから、ジョウが一人負けしないようにわざわざ数を調整してくれる。
その仲間想いなサンタナは、地面に座ってうなだれているジョウの所にズカズカと歩み寄り、文句を言った。
「ちょっとジョウ! 五十超えどころか、この前の記録より下がってるじゃん!」
「だめぇサンタナ、それ以上は言わないでぇ……。はぁ~あ、チョカチモフ一族もそろそろ限界かなぁ…。また一から作り直しっスよ……」
さすがのジョウも今回ばかりは効いたらしく、珍しくショックを受けていた。仕方ないので、先輩の俺が提言をくれてやることにした。
「だからよぉ、お前のやり方はなんつーか、ブサイクなんだよ。せっかく遠隔操作で動かしてるのに、いちいち踏み潰して周る意味がわかんねぇって何度言ったら――」
「あ゛あ゛あ゛、な゛に゛も゛き゛こ゛え゛な゛~い゛」
「聞けコラ」
俺のありがたい提言を聞こうとしないジョウに、俺は昨日とおんなじようにヘッドロックをかました。
「そうだよジョウ。せっかくレンさんが気まぐれでアドバイスしてくれてるのに、ちゃんと聞かないとまたズィーゼに怒られちゃうよ?」
「ひっ! ちょ、サンタナ! 頼むから、今はその人の名前を言わないでほしいッス……!」
ジョウは俺にヘッドロックをかけられているのにもかかわらず、その名前を聞いた途端にガタガタと震え始めた。
「おいサンタナ、気まぐれってなんだよ。生意気な口聞く奴は強制労働させっぞ?」
「 い や です。今日は僕、運転手として来ただけですから。っていうかこっちが本業で、地雷のほうは当分やる予定はないですからね?」
「ちぇ、つまんねぇな」
「つまるつまらないの話じゃないんです。それより、まだ僕はジョウの後片付けが残ってますから、周辺の地雷撤去、なるべく早く頼みますよ?」
サンタナが地雷を撤去するところを俺はまだ見たことがないので、一回は拝んでみたいものなのだが、確かに彼の言う通り、早く終わらせるに越したことはない。
車の中でギャーギャーと騒いでいたポォムゥはそのままエコモードになっていたみたいで、まだ後部座席にちょこんと座っていた。
「そう急かすなって。おら、ポォムゥ出番だぞ」
「んお! 出番か!」
「埋まってる地雷の数、数えられるか?」
ポォムゥは瞳をオレンジ色に変えた。どうやら機能が変わるたびに、瞳の色もそれに連動するシステムなのだろう。
「ん~と、あと五六個あるな。あとは奥にある建物の中に二四個あるぞ」
「へぇ~。なかなか使えるじゃないですか、それ」
「それって言うな! ポォムゥはポォムゥだぞ!」
「わわ、ごめんごめん」
「使えるには使えるんだが、その声はどうにかならんのか? 集中しようにも、それじゃあ俺の仕事の妨げになっちまうぜ?」
「文句言うな。ポォムゥの声はこれしか登録されてないんだもん。
んお、そうだ! これでどうだ!?」
ポォムゥが何か閃いたかと思いきや、どこかで聞いたことのある、ハスキーな声質と独特な口調でしゃべり始めた。
『これでお気に召しまして?』
「い、今のは!?」
「……ルゥの声だな」
『早く始めないと、せっかくのご褒美がなくなってしまうんだぞ?』
ポォムゥはそれとなく、話すときの仕草もルゥのように真似てみせたが、語尾は何だかあやしかった。
「ご褒美ってなんですか?」
『それは ヒ・ミ・ツ なんだぞ♪』
「……まだシステムが不十分のようだな」
「おっかしいなぁ。もうちょっとルゥの声紋データが必要っぽいぞ」
「いや、やっぱり普通にしてくれ。これ以上調子を狂わされても面倒だ」
「なんだよぅ。レンが最初に言い出したんだぞ!」
「あー、すまんすまん。じゃあ行くぜ、ポォムゥ。お前は俺の後ろで、地雷の位置だけ教えてればいいからな。勝手な真似はするなよ」
「任せとけ!」
*
…………。
ふと、焼けるような陽射しが背中に当たっていない事に気づいた。空を見上げると、さっきまで血気盛んだった太陽が、今は分厚い雲に身を潜めている。地表にあった地雷を片づけたところで、俺は自分が集中しているという事をようやく理解した。その状態はあまり良いとは言えない。
仕事中は常に周りに注意を払わなければならない。そうしないと、笑い事じゃなく足元をすくわれる。地雷掃除人は常に散漫であること――ってのは、俺の師匠の受け売りだが、つまりは俺がまだ未熟で、それができていなかったことに少々苛立ちを覚えていた。
「おおー。レンはなかなかやるじゃないか」
ポォムゥは俺との約束を守って、作業中は静かにしていてくれた。
「……ふぅ。後は向こうだけか。さっさと終わらせるぞ」
「よっしゃー! やるぞー!」
残るは集会場らしき廃屋のみになったが、ある程度舗装された道を歩いていくうちに、俺は数日前の出来事を思い出した。
前にも話したかもしれないが、ここにはおびただしい数の地雷が無作為に配置されていた。地面はおろか、階段やトイレの小窓、挙句の果てには天井に張り付いてたものまであった。それらを寿命が縮む思いで撤去した後、最後に残ったのがこの廃屋なのだが……。
「んお、どうしたレン?」
「……こりゃあちょっと、ヤバいかもな」
「んお?」
ポォムゥは目をオレンジ色に変え、地雷探知を始めた。
この廃屋を突破するには、俺の装備じゃ手に負えないと、その当時は判断して切り上げたのだ。無理と言ってるわけじゃない。ゲームのように命がいくつもあれば、挑戦してやろうという気持ちになれる程度のレベルだ。
ただ、残念ながらこれはコンティニュー不可の現実で起こっている出来事であって、むやみに手をつけていい話ではないのだ。
「おおー、なるほど。侵入経路の至る所に設置されているな。中に入れるのか?」
「入れないから立ち止まってんだ。そのくらいわかれ」
「ぶー。でも、これからどうするんだ?」
「どうするって、決まってんだろ? 伊達に地雷掃除人を名乗ってるわけじゃねぇからな。こいつで終わらせてやる」
俺は自慢の地雷撤去の道具――見た目にはこのご時世に似つかわしくない剣なのだが――に触れて、足を一歩踏み出した。
今日は最少人数でこの場に来た。ジョウの役立たずは使い物にならないし、サンタナの役目も運転手兼ジョウのお守り……。となれば、やはり俺が一人でやらなきゃならねぇ道理になる。
いつもの俺であれば、出発する前にこの事態を想定して何かしら準備できていたものを、なんと無様な事か。気が動転していたで済めば楽な話だが、そういうわけにもいかない。
「こいつって、レンは馬鹿か!? それは正しい選択とは言えないぞ!」
「心配するなって。何とかなる」
腹を括って柄を握りしめたところで、後方から声が聞こえた。
「は、やっぱりお前さんは何にもわかっちゃいねぇようだな。えぇ、レンさんよぉ?」
「んお?」
どこの訛りかもわからないが、今は聞いているだけで虫唾が走るような語尾の上げ方……。そして俺を小馬鹿にしているしゃべり方のクソッタレは、この世に一人しかいない。
「……いつからそこにいた?」
「なぁに、ついさっきさ。手練れの掃除人もこれにはお手上げってわけかい、えぇ?」
俺は振り向きもしなかったが、このクソッタレが近づくにつれ、度の強い煙草の臭いも一緒に連れてきやがった。正直なところ、こいつがそばにいるというだけで俺は不快に思うのだが、こんな捻くれた場所に設置された地雷を撤去するのに、俺ではないおあつらえ向きの人物がいるというのは、全くもって面白味のない話だ。
「助けを呼んだ覚えはない」
「救えねぇ野郎だ。ただ、そんな奴でも救いの手を差し伸べるのが俺の主義だ。悪いが、道を開けてもらおうか」
「ふん、勝手にしろ」
俺は吐き捨てるようにそう言って、後ろのクソッタレには目も合わせず大股でその廃屋から離れた。それに続いてふよんふよんと、ポォムゥが後を追ってくる音が聞こえてきた。
路地の隙間から流れる微かな風が、妙に心地良いと思ったら、身を潜めていた太陽が、悪気もないのに大地を焦がしていった。
ふと振り返ると、背中にでかい金属を背負ったボロイ作業着の男が、一歩一歩を踏みしめるように、俺が進めなかった地雷だらけの廃屋に向かっていった。
第2話、いかがでしたでしょうか?
レンがあの時取った選択に、疑問を持つ方もいらっしゃると思います。
作者である僕自身も、サコンよりの意見側だったりします。
レンのこのような命に関する特殊な価値観は、物語を読むにつれて
ゆっくりと説明していけたらいいなと思います。
この次からは第3話です。
第3話はコメディ要素重視なので、もう少しリラックスして読んで
いただけると思います。
……というか、読んでください(懇願)