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地雷掃除人  作者: 東京輔
第9話 Konfrontation ~正対~
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9-19 誰がために

 瞳を閉じると、むせ返るような熱気がより鮮明に感じ取れる。作業着の内側にこもる身体の熱が、額を伝う一筋の汗となる。心臓の鼓動がいつもより速い。緊張というよりも、ただただ気持ちの高ぶりがそうさせているのだろう。おかげで思考が落ち着かず、悪い意味での『散漫』状態になっている。これじゃあ師匠のパールに顔向けできない。

 昨日、ミトラが立っていたバリケードの手前で、俺は仁王立ちをする羽目になっていた。サヘランの自警団に襲われる心配のない、至って平常運転で出来る喜びを噛み締めながらの作業――といきたかったのだが。自分が知らないうちに心身共にナーバスになっていたみたいで、このように一〇分ほど地雷原と相対している有り様だった。

 近くの日陰から、俺の背中を見守るいくつかの人影があった。サコンのジジイとオーラン、それにサヒードだった。今朝方、彼らの口から町の内部の地雷原についてを訊いていた。


「あの向こうには、神を崇めるための石碑がある」

「石碑?」

「はい。我々は新月の晩に、その石碑の前で神に祈りを捧げるのです。神は暗闇をお好みになりません。したがって、我々が石碑の前に火を焚き、平伏して夜が明けるのを待つのです」

「神は何時如何なる時も我々を見られているが、我々が神の姿を拝見する事は許されない。神の恩恵である焚火の温かみを感じて、翌日の朝陽を迎えるのだ」


 丁寧な口調のほうがオーランで、厳格な口調がサヒードだ。彼らの口振りからすると、件の地雷原は取り立てて秘密にしたい事ではないらしい。

 サヒードはまだ完全に体調を戻してはいなかったので、念のためその会話にはビー・ジェイと、それにケイスケも同席してもらった。ウルフは朝早くから物資の運搬作業をこなしていたので、その場にはいなかった。

 相槌を打ったのはビー・ジェイだった。


「神聖な儀式を行うための場所って事か」

「しかし、その周辺に地雷を置くとはどういう了見だい?」

「本来であれば許されざる行為であろう。だが……」


 サコンの疑問にはサヒードが答えたが、その表情は良いものではなかった。


「次の新月の日まで、我々が生きている保証はなかった。だから、余所者が入り込まぬための最後の抵抗として地雷を置いたのだが、今となっては愚策に他ならないな」

「なるほど。信心深いのが裏目に出た、という事ですな」


 サヒードはさらりと言ってのけたが、言葉の重みは計り知れないものがあった。じりじりと迫る食糧難のストレス。同胞が死んでいく危機感。崩れそうな精神の拠り所として、彼らの宗教はその役目を果たしていたのだ。地雷を撒いた事に関しては責められらない。

 俺のほうからも聞きたい事があったので、タイミングを失わないうちに聞く事にした。


「ミトラはバリケードまでわざわざ近づいて、その向こうを眺めていた。それについて何か知っている事はあるか?」

「石碑の近くにミトラが住んでいた家があるのです。あの子の父親が死んですぐにあの周辺を封鎖したので、おそらくお家に戻りたいのでしょう……。家族との繋がりは、もはやそこにしか残されていないでしょうから」


 家族との繋がり。俺には随分と突き刺さる言葉だ。わけもわからず大人の事情だけで家路を閉ざされては、誰だって不愉快に思うはずだ。無理矢理引き離した俺の事を、ミトラはきっと憎く思っているだろう。手の痺れが蘇ったような感覚に陥った。

 だが、ベッドで上体を起こすサヒードは項垂れて、俺よりももっと情念に苛まれているようだった。サヒードは拳をぎゅっと握りしめ、その思いを吐きだした。


「あの子には悪い事をした……。あの時少しでも周りが見えていたら、あの子を盾にするなどという愚行に走らずに済んだものを……」


 サヒードはあまりに固い信念を持ったばかりに、それに身体を乗っ取られたのだろう。ふとした迷いが心の隙に溶け込んで、思考に歪みをもたらす。そんな事あるかどうかなんて、この迷えるアシェフの代表者を見れば一目瞭然だ。

 瞳に様々な感情を走らせて、サヒードはその瞳で俺を捉えた。そして要望を口にする。


「身勝手を承知で貴公らに頼みたい。バリケードを越えて、石碑へと繋がる道を拓いてくれないか? できれば爆発を抑え、町の外観を破壊する事なく」

「わたしからもお願いします。……そんな事、可能かどうかもわかりませんが、頼めるのは貴方たちしかいないのです」


 傍にいたオーランも深く頭を下げて俺達に乞う。二人とも賢い人間だから、自分たちがいかに無理難題を言っているのかをわかっているのだろう。真面目な話をしているのに、地雷掃除人の連中が揃ってほくそ笑む理由を彼らはまだ知らない。

 そう。普段は日の目を見ない――見ようともしていない俺達が、今、絶対的にその存在を求められているという事を。


「やれやれ。ど偉い注文をされちまったね。えぇ? レンさんよぉ」

「全くだな。そこらへんの兵士だったら、まずお手上げだっただろうよ」

「あんた方は非常に運がいい」サコンはハンチング帽をいっそう目深に被り、口角が上がるのを隠した。「何せそんな曲芸を得意とする人間が、この部屋に二人いるんだからな」


 ――必要とされるこの正義の味方みたいな感じ、悪くはない。だが、緻密な作業には不必要な感情だ。俺はひたすら深呼吸を繰り返し、『散漫』な状態を作り上げていく。

 肌で感じるあらゆる情報を整理する。照りつける日光、ムンとするような熱気、作業着のフィット感、足から伝わる地面の具合、『液体窒素剣(シュネー・トライベン)』の重み。どれもが全て平等に感じられた時、俺の世界は『散漫』になる。感情による揺らぎはもうどこにも存在しない。


 『土竜眼(モール・アイズ)』を装着すると、肉眼で見えづらい地雷が鮮明過ぎるほど視認できた。『土竜眼』に連動するかたちで、ポォムゥが甲高い声で俺に話しかける。


「レン、ここの地雷は全部クレイモアだ。センサーに引っかかったら死んじゃうぞ!」

「そんなへまするかよ。それよりポォムゥ、無駄な事は一切喋るなよ。お前の声は耳に障る」

「なにを~! ポォムゥの声は聞き取りやすいよう調整されているんだぞ!」

「知るか」

「んお!」


 ポォムゥのわけわからん相槌の後、俺は『液体窒素剣』をすらりと鞘から抜いた。すでに気持ちは地雷原の方にしか向いていなかったが、そこで思わぬ呼び止めが入った。


「待て、レン」

「あ? 何だよ」


 機嫌を悪くして振り返ると、こちらを怪訝そうに見つめるサヒードの姿があった。


「お主、その奇抜な恰好……。本当に地雷を撤去するための装備なのか?」

「悪いかよ。あいにくこれしかやり方を知らねぇんだ」

「しかし、ろくな防具もつけずに……!」

「おっと、これ以上の私語は禁物だぜ。面白いものが観たいのならな」


 困惑するサヒードとオーランに対し、サコンはそう言って不敵に笑う。見世物じゃねーしと声が出かけたが、これ以上ペースを乱すわけにはいかない。事情を一から説明する手間が省けただけでもよしとしよう。

 バリケードを乗り越え、まずは手始めに、一番近くにあるクレイモアを掃除する。一メートル十九センチ七ミリ。『液体窒素剣』は何の抵抗もなくクレイモアを貫き、同時に白煙を吹き上げさせる。後ろから叫び声が聞こえたような気がしたが、さして注意を向けるほどの事ではない。

 次は一メートル七十四センチ四ミリ。空間把握は埃一つの淀みもない。至ってクリアな感覚だが、地面の硬さはやはりアシェフ特有のものがある。下半身にかかる負担をケアしつつ、手の動きにも細心の注意を向ける必要がある。

 一メートル六十三センチ九ミリ。今のところ呼吸の乱れはない。注意点を逐一確認しつつこれから流れ作業の段階に移るが、数日ぶりの作業という事を考慮して、まずは五十基を片づけて様子を見る事にする。

 一メートル四十五センチ八ミリ。

 九十八センチ九ミリ。

 二メートル二十センチ六ミリ。

 ……ペースが少し早い。

 一メートル八十一センチちょうど。

 二メートル五十三センチ四ミリ。

 九十五センチ一ミリ。

 一メートル――。



 『土竜眼』に移る対象を黙々と処理する俺の姿はどんなものなのだろう。頭の中で無意識に地雷との距離を測りながら、俺は地雷原に道を拓いていった。およそ1時間をかけて撤去した地雷の数は二百四十七基。液体窒素がなくなり、そこで打ち止めとなった。あれほど注意していたのに、張り切ってやってしまったのは俺の未熟な部分。油断して足元をすくわれないよう、今日の事はきっちり反省しないといけねぇな……。

 その後、俺の背後でどんな会話をしていたのか、オーランに問いただしてみた。オーランは未だ俺の狂人めいた行動に困惑している様子だった。


「危険すぎる……! 少しでも手先を誤ったら、ひとたまりもないのに……!」

「お前たちは、ずっとこのようなやり方でここまで進んできたというのか?」


 二人のリアクションは至極まともで、やはりこの光景が日常となっている俺達が異質な存在なのだろう。サヒードの問いかけには、サコンがニヤリとしてこう答えたそうだ。


「まさか。あいつだけがいっとうおかしいだけだよ。だが、危険だから止めろとは口が裂けても言えねぇな。あいつが毎日先頭を立ってやってきたからこそ、この町に辿り着く事ができた。そして本来救えなかったお前さん達を、こうやって生きている姿で拝める事ができた。それでもあいつのやり方を否定するかい? えぇ?」

「……どうして、そこまでするのだ? 我々はともかく、自分の命を(ないがし)ろにする理由はどこにもないはずだ」

「サヒードさんよぉ。俺達は素性を『語らず探らず』でやってきたんでね。奴がどんな経緯で地雷掃除人になったのかなんて知らねぇし、俺にはてんで興味もない。だが一つだけ言えるのは、奴は自分のためにこの仕事をやっていないって事だわな。人という生き物は時に、大切な誰かのために手前の命すら厭わない事がある。とてつもない感情に支配されてなきゃ、あんなイカれた行動できやしないよ」

「大切な誰かのために……」

「そう。あいつもお前さんも、根っこのところは同じなんだ」


 まったくあのおしゃべりジジイが。俺がそう悪態をつくと、オーランは申し訳なさそうな笑みを浮かべたのだった。


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