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地雷掃除人  作者: 東京輔
第9話 Konfrontation ~正対~
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9-14 平和の使者の凱旋

立体映像(ホログラム)か……!?」


 悠然としたパールの姿が、何もない空間から突如現れた。それは陽炎が生み出した幻のようにも思えて、しばし現実を受けとめる時間を要した。だが、ビー・ジェイが呟いた言葉のおかげで、俺は何とか平静を保ったままでいられたのだ。

 あれはポォムゥが映し出している立体映像。ライブ通信の最先端を行く技術だ。つまり、今俺達が見ているパールの姿は、世界のどこかにいる彼女の現在を捉えているものだ。着飾らないワークウェア姿の師匠はいつも通りで、栗色の長い髪の揺らぎも姿勢の良い立ち姿も、そこにいないという事以外は実物そのものだった。

 パールの姿と共に出現した物体がまだあった。それらも彼女と同様、立体映像として荒野の大地に降り立っている。真っ白なクロスが敷かれた小ぶりの円テーブル、その上には真っ白な鉢植えがあり、そこには真っ白で小さい花が房状になって咲いていた。砂色の荒野においては、そのどれもが奇妙であり異質であり、けれども呆れるくらいに儚く美しかった。


 目の前にいきなり現れた人の像に、それまで動揺の一つも見せなかった少女は戸惑い、やや後ろにたじろいだ。ここまで精度の高い立体映像となると、まるで魔法や妖術の類にかけられたとでも錯覚するのだろう。うっすらと透過していなければ、そこに実在していると疑わないほどハイクオリティだった。

 ただ、その後ろでピンク色のロボットが、目を紫色にしてそれらを映し出しているのがわかると、ミトラと呼ばれる少女は健気にも、再び両手を広げて立ちはだかった。瞳は濁ったままだった。

 その様子を見て、パールがどんな表情をしたのかは容易に想像がつく。これでも俺はあの人の弟子だ。師匠の背中が何を語ろうとしているのかも、師匠が語り出す前にわかった。


「……故郷(ふるさと)を守ろうとしているんだね」


 抹消()された町を見遣り、パールはそう言った。少女は何も答えなかった。

 立体映像のパールは膝をつき、少女と目線を合わせて優しく声をかける。


「安心して、私は悪い人じゃないよ。そう、強いて言うなら少しだけ良い人、かな。世界中の困っている人たちを助けるお手伝いさんだ。……でも、ちょっと来るのが遅かったみたいだね」


 子猫に語りかけるような声が、最後の方は次第に憂いを帯びたものに変わっていた。アシェフの状況はパールの耳にも入っているはず。飢えて屍となった住民が、もう何人もいる。万人の無事を等しく想う師匠が、心の中で悲しみに暮れているのを俺は悟っていた。


『それ以上近づくな』歩み寄る時間は、そう長く用意されていなかった。『近づけば、我々に対する侮辱行為とみなす』


 掠れながらも、ひどく冷酷な声。少女の首からぶら下げたスピーカーから聞こえる、アシェフの代表者の牽制がパールの行動を抑えた。パールは立ち上がって一、二歩下がり、様子を窺う。緊迫した空気こそ変わらなかったが、なぜだろう。ほっと胸を撫で下ろす自分がいた。

 少女に向かって――正確には姿を現さない代表者に向かってパールは語りかける。代表者同士の対応という雰囲気が感じられた。


「貴方がサヒードだな? 仲間から話は聞いている。しかし、年端のいかない子どもを盾にするのは少々いただけないな」

『ほざけ。その場に居合わせていないのは貴様も同じだ。貴様も其奴らの仲間か』

「私はパールワン・エテオ。さっきも言った通り、困っている人々を助ける活動をしている」


 それまで状況を飲みこめていなかったオーランが、その言葉を聞いてハッと息を呑んだ。


「『平和の使者』パールワン・エテオ……! どうしてあの方がここに!?」

「どうしてって。そりゃお前さん、あの御方が『平和の使者』だからだろうよ」


 メディアが勝手につけたパールの二つ名を呼び、サコンがニヤリと口角を上げる。何のひねりもない面白みに欠けた二つ名ではあるが、それが殊更言い得て妙とも受け取れる。建前を口にする前に、必ずと言っていいほど現場に現れるのがパールという人間だった。

 その『平和の使者』を目の当たりにしながら、ウルフはオーランに向かって言う。


「オーラン。彼女が持ついくつもの肩書きの一つに、俺達と共通するものがある。それは地雷掃除人……。つまり、そういう事だ」


 人知れず抹消()された町に赴いた俺達が、『平和の使者』とツテがあるとはオーランも思わなかっただろう。ウルフの言う通り、パールという人物が地雷掃除人という肩書きを持っているというのは、あまり知られていない事実だった。

 アシェフの代表者も、少しだけ面食らったような声を発した。


『パールワン・エテオ……。聞いた事がある。様々な国際的組織の重職を担いながらも、現場に赴いて平和的活動を続ける者がいると』

「知っているなら話が早い。そう、まさしくそのお節介焼きが現場に来た、というわけさ」

『ふん。貴様の名を聞けば、俺が平伏(ひれふ)し従うとでも? 勘違いも甚だしいな。余所者の権力者など恐るるに足らぬわ』


 依然として強気な態度を変えないサヒードに対し、パールは真っ向から向かい受ける。もちろん、それは敵に刃を向けるというのではなく、清く正しいやり方でという意味合いだ。


「肩書きは関係ない。私はただ一人の人間として、貴方たちを救いに来た。食糧がなくて困っている人たちを助ける。そこに敵味方の概念は存在しない。そもそも私達は敵同士ではないのだから」

『貴様がどのような説教を垂れようが、アシェフの町に踏み入った瞬間、我々は自らの手でもって終焉の時を迎える。我々の救いというのは終焉なのだ。余所者に聖地を踏みにじられる事こそ最大の屈辱なのだ。価値観の相違を認められぬほど、貴様は平和ボケした人間ではないだろう?』

「……そうだね。貴方も確固たる信念を持った人のようだ。これで心置きなく意見を言い合える。……でも、できればお互い、顔を合わせて話がしたかった」

『……叶わぬ夢見事よ。終焉の時は近い』


 二人の代表者は互いに認め合い、それでいて結末がわかっているかのように振舞った。それがどうにも惨く儚い結末に思えてしまい、俺は腰が砕けるような脱力感を覚えた。立ちはだかる少女が、砂と同化するように朽ちていく結末。

 ――だが。


「どうかな」


 パールの短い返答が、重苦しい雰囲気を切り裂いた。


「サヒード。私は貴方の信じる思想を変える事はできないが、貴方を縛る思考は変えられると思っている」

『俺を縛る思考だと?』

「そうだ。本来の貴方であれば、飢餓に苦しむ住民を最優先に考え、思想などかなぐり捨てて助けを求めたはず。それがどういう事か、救助の手を振り払って理不尽な死を迎えようとしている。それも子どもを利用してまでだ。聡明な人間のする事とは到底思えない」

『悪手であった事は認めよう。だが、俺の心に葛藤を覚えさせたのは一体誰だ? あらゆる負の感情を味あわせたのはどこのどいつだ? 十五年前のあの日、家族の命を、アシェフの民の命を奪った事を忘れたわけではあるまいな!?』


 サヒードの怒号が熱砂の大地にズシンと響く。重力が強まったような感覚に陥って、心臓が押し潰されそうになる。立体映像のパールも、遠い所で心を痛めている事だろう。けれども、パールは決して退いたりはしなかった。濁りきった眼を向ける少女から顔を背けず、謝罪と理解の意を強く示したのだ。


「……忘れてはいないよ。私達がもっと早くアシェフの異変に気づいていればと、今も後悔する事がある。でも、そうか。貴方の時間はあそこで止まっているのか。だから今も私達を信じる事ができないのか」

『当然だろう。人は過去から学ぶ生き物だ。毒を盛り同胞の命を奪った、余所者の手など借りるわけにはいかぬ! 故に貴様らは敵でしかありえないのだ!』


 さらに猛々しい怒号がパールを襲いかかるも、師匠はゆっくりとかぶりを振る事でそれをいなした。衝突はパールの柔らかな声によって優しく包み込まれた。


「それは違うよ、サヒード。人は過去から学び、未来を良き方向に変えていく生き物だ。繋がりかけている負の連鎖は、聡明な人物の手によって断ち切らなければならない」

『喜ぶがいい。俺はこの手で断ち切ろうとしているぞ』

「多くの命を代償にして、かい?」微笑を含んだサヒードの発言に、パールは珍しく眉をひそめた。「でも、私ならより良い方法を知っている。誰も死なずに済む方法をね」


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