表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地雷掃除人  作者: 東京輔
第9話 Konfrontation ~正対~
113/140

9-13 拒み続ける者たちへ(2)

「サヒード、これでもわかってくれないのか……?」

『それはこちらの台詞だ、オーラン。その証拠を見せてやろうか。踏みにじる者たちの代表者よ』

「何だ?」


 言葉少なにウルフは返答する。額にはじわりと汗が浮かんでいた。


『先日に約束した、我々に贈る手向け花はどうした? 食糧は受け取らずとも、それはありがたく頂戴しようじゃないか。そこにいる娘の前に置く事を許そう。それとも、我々が息絶えて、死者とならなければ渡さないつもりか?』

「……昨日の今日だ。手配はしたが、まだ用意はできていない」


 少しだけ俯いて、ウルフはそう答えた。彼が完全に下を向かなかったのは、隣にいる賢者にそれを阻まれたからだった。苦い顔をするウルフの横顔を、オーランは訝しむように覗き込んだ。


「手向け花? 手向け花とは、どういう事ですか!?」

『オーランよ。貴様が気を失っている間に、其奴らは我々の崇高なる最期を見届けたいと言ったのだ。聖なる地を守り抜いた者たちへ、せめて手向け花を添えてあげたいとな。それがどうだ、次の日には貴様をダシにして、ノコノコと再び聖なる地を踏みにじろうとしているのだぞ! 貴様の傍にいる輩はそういう奴らなのだ! 己の利益のためなら約束事を簡単に反故にする、まこと無礼なる人間なのだ!』

「ウルフさん! サヒードが言っている事は本当なのですか!?」


 オーランはウルフの胸倉に掴みかかった。その手は震えていた。


「……手向け花に関しては彼の言う通りだ。だが、それはアシェフにいる人たちを救おうと思っての事で――」

「だったらなぜ、わたしに言ってくれなかったのですか!?」

「……君に余計な心配をかけさせたくなかった」


 過ちは誰にでもある事で、それを責めるのはナンセンスだ。ましてや昨日の時点では、ウルフの選んだ言葉は次につながる希望となった。武力を行使しない方法を模索した上での、最善の選択だったとさえ思う。

 だが、ここにきてその優しさが仇になるとは考えもつかなかった。衰弱したオーランに心労をかけまいとして、俺達は昨日の件を詳しく説明していなかったのだ。オーランに不信感を抱かせたまま、アシェフの代表者を説得するのは難しい。俺たちなりの配慮だったのだ。

 けれども、オーランの眼に映る俺達の姿はどんなものだったのだろう。俺達の行き届かなかった配慮は『利用された』と解釈され、余所者はやはり余所者でしかなかったと判断されても無理はない。

 独りとなった賢者の背中を眺めて、後悔という言葉が頭の中に自然に湧いた。伝えるべきだったのだ、俺達は。拡声器を入れていなかったので、こちらの会話が聞かれている事はないにしても、凪のような静寂が今のこの状況全てを物語っていた。


 面倒な役回りを買って出たのはケイスケだった。ケイスケはオーランの背中に、真偽を問うべく語りかけた。


「オーラン殿。我々の言動を間近で見て、いかが思われましたか? 我々の事を本当に、聖地を踏みにじる卑劣な輩に見えましたか? 今一度考えてみてくだされ」

「……信じたい、信じてますよ、貴方がたの事は。でも、隠し事はしてほしくなかった。ましてや最期を見届けたいだとか、手向け花を添えてあげたいなどと、嘘でもそんな事を言わないでほしかった……」

「すまない……」


 消え入るような弱々しい声をウルフが漏らした。責めるべきは誰なのか、何なのか。俺がわかるのは、少なくとも今はそれを考えている場合じゃないという事だ。反省会なら後でしこたまやってやる。だから、今はこの状況を打開する努力をするべきだ

 強くは言えなかったし、それどころか口にすらできなかった。きっと英雄とか指導者とか、世に言う偉いやつらはこういう時、積極的に出て何でもかんでも良い方向に物事を進めていくのだろう。俺には土台無理な話だ。このめまぐるしい状況においても、俺は現実というステージの上で傍観者を演じている。いや、自ら傍観者である事を否定しないでいる。

 こちらの不穏な空気を察知したのか、アシェフの代表者に先手を打たれてしまった。その声は今までにない、気高さと荒々しさが入り混じったものだった。


『立ち去れよ、聖域を脅かす愚者共め。争いなどという概念を打ち捨てた、我々サヘラン国民の誇り高き死に様は、我々の信ずる神にしか謁見できぬ! 地平の彼方まで立ち去るのだ!』


 代表者がそう言い終えた後、立ちはだかる少女がそれを誇張するかのように、今一度アシェフの大地を踏み直す。そして再び、出て行けと言わんばかりの濁った瞳で俺達を睨んだ。全てを拒絶する瞳。それに少しの変化も与えられないなんて……。

 サコンが唇を噛み締め、乱暴に拳を叩きつける。人情に人一倍厚いのが、今ばかりは悪い方向に働いてしまった。


「くそったれめ……! どうにもならないってぇのかい」

『ちょっと! このまま尻尾巻いて逃げるわけないわよね? 聞いてんの? ねぇったら!』

「…………」


 テッサから通信が入っても、ウルフは口を開こうとしなかった。行動するのを拒んでいるようでもあった。頼みの綱のオーランも決定打とならなかった今、俺達の手で道を拓かねばならないのはわかっている。だが、ウルフは険しい顔をするだけだった。ネガティブ思考をこじらせている俺にはよくわかる。どの選択を選ぼうが正解などはなく、かえって状況を悪化させる手となりうる。一%未満の可能性に辿り着けない思考回路を巡っているのだと。

 そんな迷えるウルフを見兼ねて、サコンが装甲車から出ようとする。


「怖気づいたのかい、えぇ? ウルフさんよぉ。お前さんが何を言おうが、俺は助けに行くぜ」

「待ってください、サヒードは本気です! 今アシェフに入ろうとすれば、彼は迷わず自分の頭に引き金を引く。そしてそれを、民にも命ずるでしょう……」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ、俺達……」


 俺が土壇場で口にした言葉は、そんなクソほどの価値もないものだった。いや、所詮雇われの身の存在が、迂闊に国際問題に関わろうとしているのがそもそもの間違いだ。俺がしゃしゃり出る隙間なんて、はじめからありはしなかったのだ。依頼を受ければ地雷を撤去するだけのちっぽけな存在。その時期が少し遅れるだけで、俺は傍観者であり続けなければならない。

 ふと、外にいる少女を見遣る。鼓動が不安定に高鳴っていく。――そんな眼で見るなよ。俺は何もできやしないし、お前も何もしてほしくないんだろう? あの少女に同情なんてしてはいけない。俺には同情する資格がない。だからせめて、傍観者になる事を許してくれ。アシェフの代表者の言う通り、一つの区切りを見届けるという手向けが、何もできない俺にとって最善なのかもしれないのだから。


 そんな頭の悪い思考をしていた最中(さなか)だった。俺の背後から、思いも寄らない人間の声が聞こえたのだ。そしてそれは幻聴なのではと疑うほどに、皆が待ち望んでいたあの人物の声で間違いなかった。


「悲観はよくないな、レン。お前たちは充分よくやってくれた」

「え……?」


 振り返った先にはポォムゥの姿があった。瞳をゆっくりと開けたその佇まいは、明らかに普段と違う雰囲気を醸し出している。瞳の色はブルーから紫色に変わっていた。ポォムゥは再び口を開け、音声を発する。やはりいつもの甲高いポォムゥの声ではなく、俺にとっては随分と聞き慣れている、落ち着いた調子の声だった。


「待たせて済まなかったな。ここからは私に任せてくれ」

「その声は……!」


 皆が半信半疑でポォムゥの様子を窺う中、その物体はふよんふよんと装甲車の外を出て、熱砂の大地に舞い降りる。その姿、その形、どこからどう見てもあのポォムゥなのに、歩く動作や足の運びは驚くほどに人間染みており、それでいて美しい。


「……間に合ったか」


 ウルフが安堵の声を漏らす。まさに重圧から解き放たれたような、正義のヒーローがやってきたような、そんな安心感が憔悴したウルフを癒した。正義のヒーローという喩え。それはあながち間違ってはいないと思う。

 なぜなら、俺の師匠は俺の知る限りでも、嘘偽りなく正しい活動を行っている人物なのだから。

 地雷原を分かつ荒野の一本道で、立ちはだかる少女と正対しているのはポォムゥではない。そこに立っているのは俺達地雷掃除人の代表者であり、俺の師匠でもある人物。パールワン・エテオその人だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ