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地雷掃除人  作者: 東京輔
第9話 Konfrontation ~正対~
112/140

9-12 拒み続ける者たちへ(1)

「アシェフの代表者へ。聞いているんだろう? 応答を願う」


 拡声器から放たれたウルフの声は得も言われぬ覚悟が宿っていた。一刻の猶予も残されていないのは、オーランから聞いている。こうしている間にも、命を焦がし削り取られている住民がいる事実。互いに歩み寄ろうというよりも、むしろウルフの呼びかけは詰め寄るような焦りの姿勢が見え隠れしていた。

 少女の首にぶら下げられたスピーカーから鈍い音がする。電源が入ったのだろう。すぐに反応があった。アシェフの代表者――サヒードのやつれた声だった。


『……気が早いな。それほど我々の死を待ち詫びているというのか』

「……話にケリをつけにきた」

『貴公らと交わす言葉など持ち合わせおらぬ。もしや我々の言語を奪ったという過去すらも、捻じ曲げたわけではあるまいな?』

「悪いが、今はその事について言及している場合じゃない」


 ウルフはバッサリと切り捨てて、すぐさま本題を相手に突きつけた。


「こちらで話し合った結果、手段は問わない事にした。貴方たちを救うためのね」

『ふん。余所者らしい一方的なやり方で、というわけか。度し難いな、反吐が出る』


 炎天の荒野、マインローラーと少女が相対する中で、二人の男の言葉の応酬が続く。二人の声は木霊せずに、下から這い上がるジリジリとした熱気と同化する。それとは対照的に、互いの意見は一つにまとまる様子もみえなかった。地雷原を遮る一本道には依然として、少女が手を広げて行く末を阻んでいる。日向に身を晒す事さえ辛いであろうに、ミトラと呼ばれる少女は空虚の道化の如くそこに立っていた。

 膠着状態を無理矢理に解いたのは、ウルフから拡声器を奪い取ったオーランの一声だった。


「サヒード! 無意味な事はもうやめるんだ!」


 アシェフの町を守るようにして立つミトラに向かって、オーランはそう叫んだ。


『……オーランか。不幸にも死に損なったようだな』

「不幸なものか! わたしにとって最大の不幸は、このまま何もできずに君たちを見殺しにしてしまう事だ!」

『だが、これで俺と貴様は敵同士と相成った』

「この期に及んで、まだそんな事を言っているのか! 人助けに敵味方など関係ない! 不満があるならせめて、町民たちを巻き込まないでくれ! 彼らを飢え死にさせて、何が得られるというのか!?」


 それは温厚な普段の彼とは思えないほどの強い口振りだった。余所者を毛嫌いするアシェフの代表者の事を考えると、オーランを仲間に加えた意義は非常に大きい。身内の彼でなければ、これほど強い主張をぶつけられなかっただろう。拡声器から放たれるオーランの主張は、こちら側の誰かが伝えるものよりはるかに効果をもたらしてくれるはず。見守る事しかできない俺は、そう信じるように願った。


「町のみんな、聞こえているんだろう? わたしは昨日、ここにいる余所者に食糧を与えられ、それを食べた」


 標的をアシェフの住民に変え、オーランはやや声を抑えて話を続ける。俺達を()()()呼ばわりする事に――同族相手に語る上で仕方ないにしても――彼との間にある意識の溝の深さを、傍で聞き入る俺達は感じ取らざるを得なかった。


「毒なんか入ってなかったよ。あんなに美味しいものを食べたのは久しぶりだった……。意味の分からない飢餓に悶え苦しむ必要はないんだ。余所者が皆、抗争と侵略を好む種族だというのは間違っている。平和や共存を求める人たちだっているんだ! だから、だから応えてくれ! 頼む……」


 もしかすると、という一抹の希望はあったが、大方の予想通りアシェフの町には変化が見当たらなかった。仮にオーランの声が届き、それに住民が応えようとしても、リアクションを起こす手段がない。ましてや、この状況においてもアシェフの民はサヒードに心酔し、人為的飢餓を受け入れているのだ。余所者側についた不届き者の訴えなど、聞く耳も持たないだろう。目の前にいる少女にすら、動揺する様子は見られない。

 賢者は拳を壁に叩きつけた。自らの無力さを嘆ぐように呻き声を上げて。


『オーランよ、気づかぬか? お前の傍にいる其奴らは、どこまでいっても卑しい生き物だという事が。言うなれば貴様は偵察に行った働き蟻。まんまと罠にかかった貴様は、毒の入った馳走に目が眩み、仲間を呼んでそれを運ばせる。巣の中でひとたび毒が回れば、虫けらの我らは一匹残らず根絶やしにされる……。其奴らはそのような悪行を、いとも簡単に行うのだぞ』

「被害妄想も大概にしろ、サヒード! 彼らが()()だとしたら、わたしは自分の命と引き換えに、この場で君たちにこう伝えたはずだ。『騙されるな。こいつらは信用ならない』と! だが、そうじゃなかった! 信じてくれ、サヒード! 信じなければ何も変わらない。終わってしまうんだ! わたしと君の人生も! アシェフの町も民たちも!」


 そう叫び終わると、オーランは肩を上下し荒い呼吸を繰り返した。これっぽっちしかない体力を全て使い切ったのだ。感情ではなく、そう、魂が込められた心からの叫び。退廃的な言葉を並べたにもかかわらず、それらは強烈な印象をもってアシェフの町に降り注がれる。届いてはいた。いたと思う。しかし、頑なに拒絶するアシェフの町の意志にまで響いたかというと、それはわからなかった。

 物理的な距離の差が、そのまま心の距離を投影しているかのようだった。遠ければ遠いほど、その人の心が揺さぶられる事はない。オーランのメッセ―ジは陽炎によって、アシェフに到達する前に溶かされている。全てが俺の勝手なイメージなはずなのに、誰もがそれを共有しているかのような沈黙に、俺はどうかしてしまいそうだった。

 長きにわたる沈黙。それを破ったのは、同情さえも帯びたサヒードの低声だった。


『……余所者の半端な信念に当てられたか。何と浅ましい男よ』


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