2-5 悪路から始まる仕事場
「飛行機って、上空でエンジンが完全停止しても、浮力で三〇分は飛び続けるんですよ。すごいと思いません?」
「すげ~ッス! 今まで知らなかっ――」
「お前に聞いてないの! ねぇレンさん、知ってました?」
「知らん」
「………………」
「………………」
悪路のせいで小刻みに揺れる車内で、他愛のない豆知識を知ってるだとか知らないだとか、なぜだかそういう話題になった。殺人的な陽射しを遮断する窓ガラスも、車内の温度だけはどうすることもできないので、申し訳程度にエアコンをつけてはいたが、それでも暑い。
仕事場には車で行くのだが、ガソリンの値段が常軌を逸しているために、俺達掃除人は相乗りを余儀なくされている。普段は大型車にすし詰めにされるが、今日は少人数で仕上がるポイント――昨日行った北西地区のゴーストタウンに向かっている。
野郎3人で、あとピンクいロボットもいるが、そんな面子じゃ暑さを紛らわすのも一苦労だ。座席に置いてあった干からびた雑誌で顔を扇いでいたが、たいした効果はなかった。隣に居座るポォムゥは意外にも大人しくしていたが、前に座っているジョウとサンタナは、頼んでもいないのにさっきからごちゃごちゃと俺に話題を振ってきやがる。
「(サンタナ、次、次の話題ッス!)」
「え、え~と、そうだ! レンさん、機長と副操縦士で別々の食事が用意されているのって知ってま――」
「知らんし、興味ない」
「さ、左様で……」
「(俺もうネタ切れ! ジョウ、後は頼んだ!)」
「(ぼぼ僕ッスか!?) え~っと、そうだレンさん! あごに肘は絶対くっつけられないって知ってたッスか!?」
「……知ってた」
「そ、そうッスか……」
「「………………」」
しばらくの間、車内に沈黙が走る。暇つぶしの才能がない俺は、目を瞑って時が経つのを速めようとしたが、いかんせんサスペンションが軋む音が不愉快でそうさせてくれない。
仕方なく目を開けると、前の二人はそわそわと、腕組みをしたり横を向いたり、はたまた身振り手振りであーでもないこーでもないとやりとりをしていて、とにかく落ち着きのない様子だった。
見兼ねた俺は、低いテンションのまま、二人に声をかけた。
「……お前ら」
「は、はい!」
「お呼びッスか!?」
待っていたと言わんばかりに、ジョウとサンタナはこっちを向いて俺の言葉を待った。いくら暇だとはいえ、ドライバーのサンタナが後ろを向くのはどうかと思うが……。いや、確かに、走っているのはここが火星かと勘違いするくらい岩と砂しかない道で、ハンドルを握ってなくとも全く事故らないのはわかっているのだが。ジョウなんかは目を輝かせて俺を見つめている。気持ち悪い。
あまり乗り気ではなかったが、俺は身を乗り出し、軽い溜息の後、少し強めに言葉を続けた。
「あのな、変に気遣うのはよしてくれ。大方、俺がまだ昨日のアレを引きずってると勘違いしているようだが、仕事に支障がきたすようなら、わざわざケツが痛くなるまで車になんか乗らねぇよ」
そう言った途端、2人はまるで肩の荷が下りたように、ずるずると座席からずり落ちた。
「……ぶはぁぁぁ。んもう、それならそうと早く言ってくださいよ~。変に緊張しちゃったじゃないですか」
「ほんとッスよ! 仕事の後もこんなに疲れた事ないのに、もう僕へとへとッス」
「それはただの体力不足。じゃあレンさん、気にしてないならこの際はっきり言いますけどね」
「何だよ?」
「アレは誰のせいでもありませんよ。あの町にまだ人が残っていたなんて誰も考えていなかったし、それに、そのポォムゥがいなかったら、察知することすらできなかったわけですから」
サンタナの言う通り、確かにあそこはゴーストタウンと呼んでいるくらいだから、こちら側の人間が、全てそこの住民を保護したものだと思っていた。俺は、医療とかそっちの専門ではないので、正直言って油断していた、というのもある。
しかし、人間だったものが残っていると予想はしていたが、まさかまだ生きている人間がいたとは……。
それと、サンタナの言った事は少し論点がずれていた。
おそらくだが、サンタナの耳には、ポォムゥが地雷に近づいている人間を二人察知して、俺が助けたほうがたまたま老人だった、という情報しか入っていないのだろう。人のする噂なんてそんなもんだ。
実際は違う。たまたまなんかじゃない。ポォムゥという地雷探知機は、地雷に近づく人間の特徴も区別していて、俺には助ける命と見捨てる命を選ぶ余地があったのだ。
脳裏には、あれやこれやと言葉が行き交っていたが、そこまで説明する気には到底なれなかった。
「……わかってるって。心配すんな」
俺がそう言うと、隣にいたポォムゥが急にしゃべり始めた。
「んお、誰か呼んだか?」
「呼んだかって、お前ロボットのくせに寝てたのかよ」
「寝てないぞ! みんな車の中で黙ってたから、ポォムゥはエコモードになってただけだ!」
車内におけるどんな騒音でさえも、ポォムゥの発する高音のそれには敵わなかった。慌てて耳を塞いだものの、狭い空間の中では反響が反響を呼び、頭の中にまで鋭く響いてきた。
「うるっせー……。なあポォムゥ、もっかいエコモードになってくれ」
「やだ!」
「ぐ……! 人間に反発するロボットとか、どうみても粗悪品だろ。どうなってやがる……」
「あ~! 今ポォムゥの悪口言ったな!? レンのばか! こうなったら大声で歌うんだからな!」
ポォムゥがそう言った途端、いつもとは比べ物にならない程の大音量がポォムゥの口から発せられ、俺が止めるよう言った大声でさえもかき消されて、その後数分間は、乗車している三人が今まで味わったことのない種類の地獄を見るハメになった。
*
しばらくは耳鳴りが止まらなかった三人の耳も、ようやく使い物になるくらいに回復したとほぼ同時に、目的地に到着した。車から降りたら、長時間同じ体勢で固まった体をほぐすための伸びを必ず行う、というのも俺のルーチンの一つだ。
強烈に照り付ける日光を直接浴びると、役立たずだとばかり思っていた車の遮光ガラスも、結構役に立っていたことがわかる。こうして外に出ると、背中の汗が瞬く間に蒸発してしまいそうだ。それで背中が塩まみれになるのはごめんなので、俺はひとしきり体をタオルで拭いた後、作業着に袖を通した。
作業着、といっても、サコンが着てる配管工みたいなダサい作りのやつじゃない。アイビーグリーンを基調とし、襟元を長く仕上げられたトレンチコート風のそれを、俺はえらく気に入っている。ルゥが業者と話し合ってデザインされたようなのだが、これが一番彼女と組んで良かったと思える代物である。
露出している肌に日焼け止めのクリームを塗りながら、車の陰にいるジョウに話しかけた。ジョウは何やらちまちまと自分の商売道具をセッティングしている。
「この前は、四十いったんだっけか?」
「四一っス。今日こそは大台の五十を超えてみせるっスよ~!」
「サンタナ、今日も賭けるか。お前が先でいいぜ?」
「う~ん、そうだな~……。無難に五一くらいにしときます。レンさんは?」
「俺は四六。おい、ジョウ! お前はどうする?」
「今回は自信作っスからね……。ここは大穴の六十で!」
「自分で大穴って言うなよ~……。あと、無理してそこまでやらなくていいからね? 後片付けするこっちが大変なんだから」
「無問題モウマンタイっス! ……多分!」
ジョウは自信ありげにそう言ったが、これまでにこいつが、俺に楽をさせてくれた事が一度たりとも無い、というのが事実である。サンタナを見ると、諦め気味に肩をすくめた。結果は(残念なほうの)明らか、ということだ。
すると、会話の一部始終を聞いていたポォムゥが、首を傾げて俺に尋ねてきた。
「なあなあレン、五十とか六十とか、一体何の話をしてるんだ?」
「あぁ、それはな、こいつが今から地雷を何個片づけられるかって話だ」
「んお? ジョウは一日五十個くらいしか地雷を撤去できないのか?」
ポォムゥはまた首を傾げて、もの凄く不思議そうにそう言った。
「しかって! ポムちゃん可愛い顔して結構毒舌っス!」
「ポォムゥはすごいからな! えっへん!」
「えっへんじゃねぇよ。無駄話はいいから、とっととおっ始めてくれ。どうせ一〇分かそこらで終わるだろうけどな」
「も~う、レンさんもひどい事言う。見てろよ~、今日からこのチョカチモフ十四世の時代の幕開けっス!」
ジョウは威勢よく立ち上がり、水色で球体の何かをリモコンで操作しながら意気揚々と作業場に向かった。何かというのは、あいつの商売道具、すなわち地雷を撤去する道具なのだが、学のない俺にとっては得体の知れない物体にしか見えない。
まぁ何にせよ、地雷を撤去できるのであれば誰にも文句を言われる筋合いはない。ただ、俺が言ったように、ジョウのやり方じゃすぐ終わるに決まってる。
俺は耳栓をして、入念に準備をすることにした。
言わずもがな、地雷という兵器は恐ろしい代物である。もちろん、被害の規模で見るとミサイルやその他の兵器に劣るかもしれないが、半永久的に機能し続ける無人兵器、というふうに言い換えれば、それがどれだけ人間の脅威になりうるかは一目瞭然だ。しかもその数が億を超えれば、全ての地雷を撤去するのに途方もない時間がかかる。ましてや、人類の存続がかかっている昨今、なりふりをかまっているわけにはいかない。
そんなわけで、俺の撤去方法はアナログなやり方じゃおそらく最も速い、そして最も危険な方法をチョイスしている。これには賛否両論の意見があるが、そんなもん俺を召集した人間に聞いてくれと言いたい。大体、動機も経歴もあやふやな輩をこんな所にまで呼び出しておいて、冗談を言うにも程があるってもんだ。
俺は俺で半年、何とか無事にやっている。無論、死ぬつもりもない。明日のメシ代を賭けるなんてのはただの気休めだが、それでも今日を生きる糧にはなる。明日に生きる実感が湧く。だから死ねないのだ。