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地雷掃除人  作者: 東京輔
第9話 Konfrontation ~正対~
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9-4 行く手を阻むもの

 日照りの大地が延々と続く。まるで地球以外の惑星にでもトリップしたかのようで、非現実感が俺の頭を混乱させる。どこも同じような黄砂の荒原なのに、くたびれたロープが往くべき道を指し示すように敷かれている。ロープ止めの杭も同様に延々と続く荒原を分かつ助けになり、そこには急場しのぎ見え見えの道路が造られていた。それにしたって、舗装も何もされてない砂利道と何ら変わりはなかったが。

 とはいえ、お粗末などと侮るなかれ。ロープの向こう側へと一歩跨げば、そこは無人の激戦区、地雷原と呼ばれる区域なのだから。地雷原に挟まれた安全区域の一本道。これを造るのに俺達がどれだけ苦労した事か。

 その一本道を、二輌の軍用車両が突っ走っていた。テッサの愛機『皇女グロリア二世』と呼ばれるマインローラーと、M1126ストライカーICVという装甲車だ。俺は後者の車両内で、重力の馬鹿野郎と胸中で罵りながら、小刻みの縦揺れに身を委ねていた。


 今回選抜された人員は、あまり見られないメンバーの組み合わせが実現していた。人数はきっかり一〇名……と言いたいところだが、内訳は九名と一体といった感じになる。先を走るマインローラーの乗組員、テッサとラッシの二名を除いて、装甲車には七名と一体が乗り合わせて目的地へ出向いているのだ。

 その例の一体が、俺の隣でやかましく声を上げる。


「んお! レン、今日こそは仕事するんだろーな!?」

「おい、いつから俺はプー太郎になったってんだ」

「だってレン、最近全然働かないんだもん!」


 わめき散らすのはポォムゥ。俺の扱う地雷探知機として本部から寄せられた謎の物体だ。ピンクのボディは相変わらず健在で(やらしい意味ではない)、俺のやる気を根こそぎ削いでいく。その容姿から振舞いまで全てが子供向けのようなくせして、地雷探知機としての性能が従来のものより桁違いに優れているから困りものだ。ただ最近、こいつの役目が減ってきているのには理由があった。

 俺はさも普通の人間と接するかのように、ポォムゥに言葉を返す。


「自警団にそこらへんうろつかれちゃ、集中しようがなかったんだよ。ったく、大体今日も出番があるかどうかは、はっきりいって微妙だけどな」

「何でだ! はたらけー!」

 強情なポォムゥに向かって、今度はコンラッドが説明を行う。

「まずはあの町に人がいるかどうかを調べないとね。まぁ、いたところでという話になるんだけど……」

「んお?」

 ポォムゥの会話能力は確かにすごいが、思考能力はまだ発展途上のようだった。

 今度は白衣を着たヤブ医者が、不思議そうな顔をするポォムゥに向かって口を開いた。

「生き死には別として、という事さ。お前にゃちと難しいか」

「んおー?」

 俺達は顔を見合わせ、それ以上の説明はしなかった。大の男三人がかりでピンクいロボットを相手にするのも、という共感がそうさせた。怪訝そうにするポォムゥには申し訳ないが。

 気を取り直してというように脚を組み直し、ヤブ医者のビー・ジェイが、


「久方ぶりに遠方に出張ってきたのはいいとして、肝心の仕事が仏さんに手を合わせるだけってのはお断りだよ」

 と事も無げに言う。いかにもヤブ医者っぽい発言である。ただ一応、彼の世話になった事があるので面と向かってはヤブ医者とは呼ばないけれど。今回はそのビー・ジェイが乗り合わせていた。


「そう言うな、ビー・ジェイ。万一の事態に備えるためだ」

「だからってウルフさん、装甲車なんて用意する必要ありましたぁ?」


 前の席から二人の対照的な声が届く。ウルフはどんな時でもクールな奴だが、ハンドルを握っているサンタナの声音はどうにも締まらなかった。普段は物資やオペレーターを運搬する運び屋のサンタナが、今回目的地へと俺達を運んでくれる役割を任された。もう一人の運び屋であるオカマのエリーでなくてほっとした、というのが俺達の本音だった。


「これも万一に備えてだよ。君ら地雷掃除人は貴重な存在なんだ。誰一人として死なせるわけにはいかない」

「物騒な話だぜ。これでゴーストタウンだったら盛大な笑い話になるな」

「それが一番いい。だが、最善の出来事というのは予想より遥かに起こりにくいものだ」


 ウルフは穏やかな顔をして物騒な事を言う。皮肉った俺自身でさえ、そう上手くいく話だとは思っていなかった。纏わりつくような悪い予感をどうしても拭えなかった。

 横にいたケイスケも重たい口を開く。下を向いて指を組み、俺と同じ感覚を抱いているようだった。


「ウルフ殿のおっしゃる通りです。これから往く目的地は何が起こるか、(それがし)にも想像がつきません。なにせ存在も情報も歴史も、一切合切を抹消()された町なのですから」

「抹消された町アシェフ、か……」


 スダメナから北西に約一二〇km、サヘランで二番目に大きいシェギンスゥヤという都市から東南東に約二六〇kmの地点。重要な二つの地域を繋ぐ中継地点として、荒野のど真ん中に設けられた五km2にも満たない人工的な町。それがアシェフという町の正体だ。町と呼んではいるものの、その実人が集まる場所という意味合いでしか町の役目を果たせていない。どちらかというと高速道路でいうサービスエリアのような場所で、アシェフは流通を円滑にするために国民だけが利用する町。そう、そういう町のはず()()()


 その小さな町は俺達の知らぬ間に突如姿を消した。消されたのだ、哀れな国のエゴによって。国中の至る所に地雷を撒けば、侵入者はおろか国民も身動きが取れなくなるのは五歳のガキでもわかる単純な事だ。その愚行をサヘラン政府は実行した。長きにわたる束縛の歴史が賢明な判断を許さなかった。その結果、首都ゾノを中心とした都心部と大きな都市だけを残し、その他の地域は停滞を余儀なくされた。ただ、ほとんどの地域はサヘランを流れるデュヤンノ川に面しており、自給自足の生活でやり過ごせているという状態だった。

 だが、アシェフは違った。『必死地帯(デス・ベルト)』などという馬鹿げた地雷の巣窟を辺り一面に作ってしまったがため、広大な土地に孤立してしまったのだ。アシェフの住民は物資の供給を断たれ、通常では考えられない謎の飢饉に見舞われた。それでもきっと、政府から援助があるはず。崇拝する神の思し召しにより、聖なる地を守り抜いてみせる。――住民達はそんな思いを馳せていた事だろう。


 住民達の思いをよそに、サヘラン政府はアシェフのような点在する町々を抹消した。衛星写真からもインターネットからも地図上からも、あまつさえ歴史上からも。虐殺に等しい人民放棄。この政府の許し難い行為に気づくのが遅すぎた。何カ月もの間、サヘランが鎖国状態であったがためだった。自警団が最近になって姿を現さなくなった疑問も、アシェフが抹消された事を証拠づけていた。だってそこに町なんてあるはずがないのだから。

 二日前のミーティングでこの事実が発覚した後、俺達の上層部にしては早い対応で応えてくれたが、それがまあいつも以上に無理難題な作戦を命じてくれやがったのだ。『大至急アシェフの町を調査し、生存者がいれば速やかに救出せよ』という概要だっだ。支給されたブツは、サンタナが操縦する装甲車一輌と最低限の食糧物資だけ。大まかな作戦だけを提示して方法は現場の人間に一任する、要は想定範囲外の案件を俺達に丸投げしたという有り様だ。溜息すら出てこない。


「サコン殿が上層部と掛けあってくれなければ、我々が出向くのにもっと時間がかかっていたでしょうな」

「俺とオペレーター達だけでは連中を説得しきれなかった。彼には頭が上がらないよ」


 ケイスケとウルフが口を揃えて最後のメンバーを労った。そいつはこの煩わしい車体の揺れに構う事なく爆睡していた。二人の言うように、今日の夜明けまで粘り倒して作戦決行を早まらせたのがサコンだった。

 人の命が関わるとがむしゃらに熱くなる男、大義名分よりもそこにある一つの命を大事にする男。それがサコン・バズという人物だった。その性分をあまり表に出さないから捻くれたジジイと誤解されやすいが、そういうところが彼らしいと言える。

 ハンチング帽で顔を覆うサコンを一瞥して、俺はぼそりと呟いた。


「ふん、口だけはえらく回るからな、このジジイは」

「おや、珍しいね。レン君がサコンを誉めるだなんて」

「ご老体が鞭打って張り切るのはいいんだがな。結局迷惑を被るのは俺達若者なんだよ。つか、自分でいうほど俺も若くねーし」

「ぎっくり腰は癖になるからな。せいぜい気張る事だ若者よ」

「レンははたらくのだー!」


 ヤブ医者とピンクいロボットにそう言われて俺が肩を竦めると、車内は少しだけ和やかな雰囲気に包まれた。その時点ではまだ誰も想像していなかっただろう。ほつれのような気の緩みが、無残な現実を突きつけられた時に後悔の種になってしまうという事を……。

 慣性によって全員が前に少しつんのめる。装甲車が徐々に速度を落として静止したのだ。結構揺れたので、眠りこけていたサコンも気怠そうに上体をむくりと起こした。


「あれ? どうしたんだろう。戦車、止まりしたよ」


 運転していたサンタナも不思議そうに前方のマインローラーを見つめた。もうあと数分で、目的地のアシェフに到着するというのに。その時、無線からテッサの声がした。


『ち、ちょっとあんた達!』

「何だ? トイレにでも行きたくなったか? あいにく――」

『冗談言ってる場合じゃないわよ! 前見てよ、前!』


 慌てふためくテッサの声を聞いて、すかさずウルフが身を乗り出して前方を睨む。アイドリングの小刻みなエンジン音だけの、張りつめた沈黙が続く。自警団の待ち伏せというわけではないようだ。だがここからじゃ、戦車の後面部しか見る事ができない。何とかテッサ達の前方を確認できないか。そうやきもきしていると、フロントガラス上に画面が一つ現れた。彼女らが見ている前方の映像だった。

 ロープに導かれた荒野の一本道の向こうには、灰色の異物が朧げに映っている。陽炎に混じるのは抹消された町アシェフ。味気ない建造物たちから、来訪者を迎えてくれる気配は一切見られない。車両が出入りするアーチ状の門や建物の根元には、黄砂でできた吹き溜まりから砂の地吹雪が巻き起こっている。町自体が遭難し、また衰弱しきっていた。


 俺達は、その衰弱した町を見遣るばかりだった。地雷原を横切る安全な一本道に、一人の少女が両手を広げて巨大な戦車の前に立ち塞がっていたのだから。擦り切れたボロ布を纏い、骨の浮き立つ細い四肢でもって俺達の行く手を阻んでいる。画面越しからでもわかる、嫌悪と不信に満ちた少女の黒き(まなこ)。負の感情に満ちた彼女の人生を彷彿とさせるほどの。

 荒野に立つたった一人の少女の反抗に、俺達は足を止める事しかできなかった。如何様にしろ、今まで味わった事のない苦い唾が喉を通って、ただ俺を黙然とさせたのだった。


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