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地雷掃除人  作者: 東京輔
第9話 Konfrontation ~正対~
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9-2 格式ばった会議


 午前九時をまわった頃、頭を仕事モードに切り替えるにはまだ早い時間だが、俺を含む仲間たちはミーティングルームに集合していた。五〇人を軽く超える数の関係者がパイプ椅子に座り、スクリーンの横に立つサイドテールの女性に注目する。

 決まって大事な話をするときは、ロウファという若手のオペレーターが壇に上り、皆の前で司会を執り行う。オヤジ共の言葉を借りれば、ぴちぴちのべっぴんちゃんがその場を仕切る事により、いっそう身が引き締まるそうだ。ロウファだけでなく、ルゥやズィーゼといった他のオペレーター、それに一応女性にカテゴライズされるテッサも出席している。普段彼女たちと接触の少ないがために、オヤジ共は早朝のミーティングに粛々と出席しているというわけだ。


「では、改めて状況を説明します」


 ざわざわとしていた部屋が静まり、ロウファの声が響く。同時に平面のスクリーンに地図が映し出された。


「九月二日、スダメナの石油採掘場を活動の拠点とした我々は、『必死地帯(デス・ベルト)』が集中した西に進路を取り、スラプイという都市を目的地として地雷撤去活動を再開。テスタロッサ・ワトソン、及び一時帰還したパールワン・エテオの活躍などもあり、同十八日、『必死地帯』の一点突破に成功しました。ですが、スラプイには武装した自警団が待ち構えており、やむなく北へ進路を変更。自警団には追跡や先回りといった妨害を受けましたが、十二日ほど前から彼らの目撃情報が途絶えていると、現在偵察任務継続中のウルムナフ・コーガンから連絡が入っています」


 格式ばったロウファの物言いを、ぼんやりとした頭の中で反芻し理解を深めていく。サヘランの自警団にはほとほと手を焼いていた俺達だが、ここのところ彼らの妨害を受けなくなっていたのだ。それはそれでよろしい事であったが、掃除人達はその事を不気味がっていた。

 代表するかのように、一人の地雷掃除人、ケイスケが訊ねるように低い声を響かせる。


「なぜ自警団は追跡をやめたのでしょうか? たとえ奇襲を仕掛けなくとも、偵察を行っていれば我々の情報を知る事ができたでしょうに」

 それに答えたのはベテランのサコンだった。

「燃料不足だろうさ。国連様の召使いである俺達でさえ、節制を要求される有り様だ。サヘランの連中にそんな体力があると思えねぇ」

「だけどウルフ君によれば、自警団は積極的に銃撃戦を仕掛けてきたそうじゃないか。そんな好戦的なやつらが、招かれざる客の僕らをそう易々と見過ごすかな」


 サコンに続き、隣に座るコンラッドが声を上げる。低血圧とは思えないほどしっかりした口調だった。


 サヘランの国民性というと、閉鎖的というあまり良いイメージのない言葉が浮かび上がる。元来中東という土地は、有史以来様々な文化や宗教が入り乱れて発展していった場所だ。それから何千もの月日が経ち、俺達がこうやって暮らしていられるのも、ルーツを辿ればここに住んでいた遠いご先祖様のおかげに他ならない。

 しかし、そんな激動の渦に揉まれたサヘランの歴史は、想像を絶するものだったのだろう。元は同じ宗教だったものがいくつかに派生し、聖地であるサヘランを奪われては取り返し、千切ってはおざなりにまとめられ……。住処である場所が勝手に荒らされるような状態で、国民が気をたしかに保つのは難儀だったに違いない。

 第二次世界大戦終結から数十年が経過した頃、サヘランは欧州某国の植民地から解放された。だがその頃から、他者に対する警戒心が遺伝子をも変えたのか、サヘランの国民は余所者が関わる事に関して必要以上に拒むようになった。近代化が進む周辺国を横目に、サヘランという国は時代に取り残されてしまったのだ。

 そんな時代の光陰を抱えた場所で、化石燃料に代わる新エネルギーがごっそり埋もれているなんて、神様とやらは本当に厄介な試練を与えなさる。各先進国が血眼になってその新エネルギーを引き上げようとするのも、またサヘランが彼らの侵入を妨げるために、地雷などという時代錯誤の兵器をばら撒いたのも、必然といえばそうなのかもしれない。


 したがって、サヘランの自警団による妨害行為は反抗ではなく、凄まじいまでの拒絶。好戦的なのではなく、異常なまでの保守性がそうさせたと推察できる。それは何とも苦々しい様相だった。

 数秒の重苦しい沈黙が続いたが、それを嫌ってか、サコンが妙に上ずったしゃがれ声を発した。


「おっとすまねぇ。ロウファちゃん、続きを」

「は、はい」ロウファは毅然として進行を務める。「先日、修理が完了したマインローラー『皇女(プリンツエッセン)グロリア』の投入により――」

「二世ね、二世」

 新人のテッサが発言の修正を求める。俺にはどうでもよかった。皇女に二世もクソもあるか。

「こ、『皇女グロリア二世』の投入により、我々の進路を阻んでいた地雷原を突破する事に成功しました」

 したり顔でテッサは鼻を高くする。そんな彼女を後押すように、ルゥがねぎらいの言葉をかけた。

「お手柄でしたわね、テッサ」

「まーね。いくら何でも人と戦車とじゃ、較べるのが酷ってもんでしょ」

「はっ。その皇女様を手厚くリードしたのは俺達なんだが。ちょっとは感謝してくれてもいいんじぇねぇのか?」


 俺は皮肉っぽく上機嫌のテッサに言ってやった。彼女の初陣は多大な戦果を上げたものの、ご自慢のマインローラーは中破して一時期使い物にならなくなっていた。それを受けて今回の第二陣は、せっかく修理したマインローラーが壊れぬよう、俺達が細心の注意を払って安全なルートを拓いてやったという経緯があるのだ。それを忘れてふんぞり返ってもらっては困る。

 調子の良かったテッサの顔が一転、ムスッとしたいつもの可愛げない表情に戻る。


「絶対しない。私は何度も、そんな施しは要らないって言ったはずよ」

「馬鹿言え。それでまたあれがお釈迦になったらどうするつもりだったんだよ」

「杞憂ね。生まれ変わったグロリアちゃんはそんなヤワじゃないの。前回の反省を踏まえて、車体下腹部にも取り外し可能のアクリルカバーを装着してある。それに履帯の接合方式も大幅に見直したし、ちょっとやそっとの衝撃じゃ走行不能になったりしないんだから」

「でもでも、グロリアちゃん、何だか足が遅くなってたように見えたッス」


 話に割って入ってきたのはジョウ。テッサと同じくマインローラーをグロリアちゃんと呼ぶ、変わり者で最年少の地雷掃除人だ。普段こいつが真面目な話に突っ込んでくる事はないが、メカニック系の話とあらば意外と的を射た発言をぽつりと落とす。テッサもそんなジョウに驚いたようで、目をぱちくりとさせていた。


「ジョウ、あんたなかなか鋭いわね。そうなのよ。装甲面に色々手をかけた分、体重が増えちゃってさ。ま、運用には何の問題もないから安心して。私が唯一心配なのは、このモジャ男がとちらないかって事だけ」

「テッサ殿! モジャ男とは何ですかモジャ男とは!? べふぅ!」


 モジャ男と呼ばれた糸目の男が頭をモジャモジャと揺らし、立ち上がりかけたと思いきや奇声を上げる。隣に座るテッサが、銀色に光るごつごつした工具でモジャ男の腹に一撃くれてやったのだ。


「元はといえば、あんたがグロリアちゃんをひどい目に遭わせたおかげでねぇ……」

「だからって、レンチを振り回さないでくだひゃい!」

「うるさいうるさい! グロリアちゃんはこの何万倍も痛かったんだからー!」

「まぁまぁテッサちゃん。ポジティブに考えれば、ラッシ君がとちったおかげで君のマインローラーが改善されたとも言える。だから、あまり彼を責めたててもしようがないよ」


 レンチを振りかぶった腕をコンラッドが抑える。マインローラーの操縦手を務めたモジャ男――もとい、ラッシがへまをやって、テッサの初陣が台無しになったというのは記憶に新しい。なよなよした性格がハンドルを握ると人が変わったようになる、というラッシの悪癖をテッサは未だに根に持っており、こうやって事あるごとに当たり散らすのだ。

 まぁコンラッドの言った通り、そういう予測不能のミスがあってこその今がある。あれだけの爆発でも皇女グロリアは原型を留め、中にいたテッサとラッシを守ってくれたのだ。それだけでお釣りがくるほど丸儲けなのに……。


「ふん。そうであってもズタズタに引き裂かれた私の心の傷は一生癒えないの」


 顔をぷいと横に向け、テッサは声を落とした。

 VR訓練などで入念に準備を行い、満を持して挑んだ初陣が失敗に終わった。地雷などという時代遅れの兵器のせいで、足踏みしている状況を打開するため馳せ参じたのに、という歯がゆい思い。それと、くだらない人為的ミスに注意を払えなかった、という自らを戒める思い。その二つが少女を傷つけていた。今もなお癒える事なく。

 でも、俺は確かに感じとった。テッサは強い人間である事を。自らの思いを口に出せるのは、その事実から目を逸らさずにきちんと向かい合っているという証拠だ。テッサはうじうじしながらも、マインローラーをより堅牢に、より強固に修復したではないか。


 そう感じ取れたからこそ、俺は室内に蔓延る気まずい沈黙さえ破る事ができたのだ。


「……話が逸れちまったな。ロウファ」

「う、うん」


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