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地雷掃除人  作者: 東京輔
第8話 Vertraulich ~隠密~
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8-16 敵いませんよ


 翌日の晩、無難に今日の仕事をやり終えた俺達は一同に集まった。場所はまたしてもあのドラム缶風呂。湯に浸かっているのはまたしても俺、そしてサコンだった。

 夕闇の時間も過ぎ、サヘランの夜空が夜陰に染まるなか、『ならず者』達は薪の炎で顔を橙色に染めていた。ユキミザケを嗜んでいたサコンだけは、茹蛸のようになっていた。


「先ほど、本部から連絡が届いた」


 ウルフが静かに切り出す。それぞれが普段と変わらぬような、それでいて緊張した面持ちを浮かべる。茹蛸になったサコンでさえも。なのに俺ときたら、風呂の沁み渡る心地良さに心を緩ませていた。それはどこかに、確証めいた事実を当てのない直感で感じ取っていたからなのかもしれない。


「結論からいこう。彼女は――シロだ」

「ようやく、といったところか」

「ここまで長かったですな」

「全く手こずらせてくれたわい。べっぴんはこれだから参っちまうね」


 胸の中にあったもやもやが、すっと消えていく。気温が下がった夜のサヘランの大気もろとも、得体の知れなかった嫌な空気は彼方にすっ飛んでいくようだった。俺の上半身が湯の中にずるずると沈みこんでいく。最終的に頭まで被って顔を上げたときには、しばらくぶりの純粋な快感が体全体に押し寄せてくるのだった。

 そうと決まれば、風呂による解放感だけじゃちと物足りない。俺は同様に風呂に入っているサコンに向かって催促した。


「サコン、俺にも酒くれ」

「お、今日はお前さんもいけるクチかい?」

「たりめーだ。飲まなきゃやってられっかよ。俺のパートナーが迷惑かけちまったからな。昨日で何回肝を冷やした事か。もう絶対あんな真似事はしねぇ」


 お猪口に入った酒を、勢いのまま胃袋に流し込む。喉から食道にかけてじわりと熱を帯びていくのを感じる。途端に俺は、クソほどの役にも立たない酔っぱらいになった事を自覚した。明日は高い違約金払って仕事パスするしかねぇな、こりゃ。

 酒と風呂で頭がぼーっとするなか、素面のケイスケは面白くもない話を続ける。


「時間はかかりましたが、これでルゥ殿が内通者である線はなくなりました」

「まぁ、俺はハナっからミセス・ルゥがスパイじゃないって信じてたがな」

「よく言うぜ。その割には作戦には積極的のように見えたが?」

「信じてたからこそ、だよ。若造にはわからんかね」

「はっ、女子寮に忍び込みたかっただけのエロジジイに何を言われてもな。しかもその収穫がマザー・トードだもんなぁ」


 俺の口がやたらと回る要因は、きっと酒だけの所為じゃない。溜まりに溜まった心の澱を、全て吐きだして終いにしたかったのだ。俺達がやるべきじゃなかった、このハチャメチャな作戦を。総括なんてやる気は更々なかった。

 俺の言葉に釣られたのは、昨日の任務の顛末を知らないケイスケだった。


「んなっ!? 昨晩はお楽しみだったという事ですか、サコン殿!?」

「……ノーコメント」


 上機嫌だったサコンが一転、渋い表情で日本酒を煽った。血の気の良かった茹蛸が、気色の悪い赤紫色になった理由は言うまでもない。それ以上を知ったところで誰もが等しく損をするという、稀に見る事象が起こるのをサコンは未然に防いでくれたというわけだ。


「水を差すようで悪いが」わざとらしい咳払いの後、ウルフはいつもと変わらぬ口調で続ける。奴はまだ素面だった。「内通者がいるかもしれないという疑念は晴れないままだ。S・S内に内通者がいるかもしれないし、全てが俺達の杞憂である事も否めない。もっと言うと、ルゥが本当にシロだとも確定したわけではないからな」

「おいおい、それはちょっと疑いすぎじゃねーの?」


 いよいよ呂律の怪しくなってきた俺は、ちょっかいをかけるようにウルフに口を出す。ウルフはそんな俺を見て、まるで口論は不要とでもいうように肩を竦めた。


「可能性の話さ。今回の一件で、俺もさすがに彼女を疑うのはやめたよ」

「では、我々の今後の動向は?」

「これからも目的地には俺が先行して、自警団の偵察にあたる。しばらくはあんた達も気を抜かないでおいてくれ」

「そうは言ってもなぁ。こちとら一仕事やり遂げた気分なんだよ」


 今回の潜入任務のMVPを挙げるのならば、恐縮だが俺自身を推す事になる。もちろん誰一人とて欠けていたら、作戦を成功させる事はできなかっただろう。ポォムゥ(ミニポム)だって例外ではない。だが、臨機応変は無理でも用意周到で何とかなる。それを実証した俺こそがふさわしいのだ。ま、今はぐでんぐでんの只の酔っ払いにすぎないが。今日の酒はえらく良い方に俺を誘いやがる。


「レン、特に君に忠告しているんだ。パールがいない間は、君が筆頭となって活動を――」

「あーあー。今は何にも聞きたくねーわ。それよりもウルフ、俺はお前のノロケ話に興味がある。なぁ、昨日はロウファとどこまでいったんだ?」

「そ、それは……」


 滅多な事じゃ動じないウルフがたじろぎを見せる。誰が何と言おうと、昨晩ウルフがパートナーの部屋に忍び込んで、その女を抱きしめたという事実は変わらない。残念な事に証人は俺一人なのだが……。こうやって暴露してしまえば、ウルフに文句を言われるより先に、彼に対する審問は速やかに行われるのだ。


「ほほぅ。潜入のプロがパートナーのお部屋にお忍びときたか。何とも度し難いね」

「ウルフ殿! き、貴公はロウファ殿と、は、破廉恥行為に及んだというのですか!?」

「あれはレンを逃がすためであってだな……」

「おっと、否定はしないわけだ?」


 ここぞと言わんばかりにウルフをいじり倒す。だってこんな時くらいしかこの朴念仁をいじるチャンスはないわけだし、単純な興味本位もあるわけだし。ロウファに対してどう取り繕ったのか、はたまたどこまでいったのか。今度ロウファに会ったら、どんな顔していじってやろうか。酔っ払いの妄想はとどまる事を知らなかった。

 ところが、当のウルフはきっと俺を睨み、


「レン」

「な、何だよ」

「……俺も酒をいただこう」


 素面を捨てちまう事を宣言した。

 サコンが危ない手つきで酒を注ぐ。下戸のケイスケも、今日ばかりはと手にお猪口を持っていた。


「ハハッ! そうだよ、そうこなくっちゃ」


 久しぶりの宴が始まる、『ならず者』達だけの。後夜祭にジョウが居合わせないのは残念だが、俺が二杯目の酒を飲み干した頃には、出来の悪い部下の事などはすっかり忘れ呆けていた。

 『ならず者』達が酒に酔いしれていくのと反比例するように、サヘランの夜は刻々と静かに更けていくのだった


                *


 ――それより一〇時間前の事。

 陽炎が浮かぶ刈草色の荒野を走る、大型のワゴン車がひとつ。砂埃が擦れた軌跡をなぞるように、車体を揺らして東へと進んでいた。

 運転手であるサンタナは辟易としていた。それを表情にすらだせないまま。


「ねぇ、サンタナ。もっと揺れないように運転されてはいかが?」

「そ、そう言われましても……。これでもいつもよりスピード抑えてるんですよ」

「我々の事は天地無用の割物よりも丁重に扱っていただきたいものですわね。これで仕事の能率が下がりでもしたら、誰の責任になるのかしら」

「勘弁してくださいよぉ」


 運転席の真後ろから首元を細い指で撫でられ、サンタナは頼りない声を上げた。彼の仕事は現地で働くオペレーターの送迎で、男女の比率は常に女性が多数を占め、男はいつも彼一人だった。

 傍から見れば羨ましい労働環境ではあるが、乗客の女性はしばしば長時間の移動でアイマスクをして休んでいるのが通常で、運転手のサンタナに気遣う事はなかったし、サンタナもただ自分の仕事を全うするだけと、互いにそれほど関わろうとはしなかった。

 しかし、今日という日は違った。いつもはいの一番にアイマスクを着けて黙りこくる女性が、今日は何故だか暇を弄んでいるようでサンタナにちょっかいをかけてくるのだ。それに便乗するかのように、助手席に座る別の女性が、その完美なるおみ足をサンタナの太腿に乗せてくる。


「もっと良い顔しなさいよ、サンタナ。こんな美人に囲まれての仕事、どこ探したってありはしないんだからさ」

「ごもっともです。でも、僕としては、到着したときに皆さんの無防備な寝顔を惜しみつつ、優しく起こしてあげるのを楽しみにしてるんですけど」

「不潔……」


 後部座席から小声で、そう呟くのが聞こえる。


「か、勘違いしないでね、ロウファさん! ちゃんと仕事をこなした上での話ですから!」


 サンタナはハンドルから手を放して取り繕いの言葉を並べた。車が走っているのは道なき道ゆえ、誰も彼を咎めようとせず、むしろその頼りないドライバーをからかうような目つきで眺めていた。

 タチの悪い話なのは、彼女達が全員目を見張る価値のある美女だという事だ。とりわけルゥとズィーゼという二人は、一癖も二癖もある面倒極まりない美女であった。ロウファという女性が一般的な美女なのが、サンタナにとっては心の休め処だった。

 ミラー越しにルゥの端正な顔を確認しつつ、サンタナはハンドルに手を戻す。


「それより、ルゥさんは何で今日に限って車内で起きてるんです?」

「確かに。時間効率が~、とか言って真っ先に眠るあんたが、今日はどうして?」

「昨晩、急に睡魔に襲われたものですから。それに変な夢も見て、未だに眠気は取れていないのですけれど……」


 ルゥはそう言って、口に手を添えて上品なあくびをおこなった。あくびが上品というのもおかしな話だ。サンタナは何となくそう思った。


「ルゥさんほどの完璧超人でも、あくびするんですね」

「そう、私も貴方と同じか弱い乙女ですから」

「か弱い、ねぇ」


 頬杖をつきながらズィーゼが微笑交じりに呟く。サンタナから言わせれば、ロウファと見比べてルゥという女性はか弱いに程遠い存在だった。性格も立振る舞いも、プロポーションに至っても。


「私の事より、貴方がた二人のほうが不思議でなりませんわ。そんなに血色を良くして、何か嬉しい事でもありましたの?」

「ぜ、全然です! ほんとに全然、何も!」

「わっかりやす。ウルフと良い事あったんだ?」

「そ、それはその……」


 珍しくサンタナは聞き耳を立てた。ロウファの一途で不器用な恋に進展があれば、思うものがあった。彼女に対して親心のようなものが芽生えていたからだ。だが、オンナの勘というのは変なところに鋭いもので。


「まあまあ、そのへんは聞かないでおいてあげる。だまーって耳をそばだててるムッツリ野郎もいる事だし」

「サンタナさん! 聞いちゃダメです!」


 たとえ男が一人いようが恋話など普通に行われる奇妙な空間で、それを咎められたらなす術がない。ロウファの理不尽な窘めを、サンタナは軽い口調で返す事にした。


「大丈夫です、右から左へ聞き流してますからー」

「聞いてるじゃないですか!」

「耳が塞げないんですから、そればっかりはご容赦を。大丈夫です、僕、口が固いですし。それに、もし言いふらしたりでもしたら、ルゥさんのお仕置きが……」

「お仕置きが、何です?」


 ルゥの爪が優しくサンタナの首に食いこむ。彼女の声音と行動が一致しないのはそれほど珍しくもない事なので、サンタナも苦笑いを浮かべるほどには成長していた。


「い、いや~、ルゥさんに優しく忠告されますんでね! あっはは……」

「サンタナ。いつどこで誰が何を聞いているか、今一度お忘れのないように。貴方もレンと同じく、この私に言動を逐一チェックされたくて?」

「う、ウワサには聞いていましたが、それ本当なんですね」


 サンタナと仲の良いレンという男は、パートナーであるルゥにいつも監視されていると冗談半分で度々ぼやいていた。だが、彼女の口からその事について話すのは、サンタナが覚える限りでは初めての事だったのだ。

 サンタナが聞き返した直後、首に食いこんでいたルゥの指が解かれ、その代わりに座席ごと包まれるようにして彼女の手が身体に回される。そうかと思えば、女物の香水と共に運ばれた耳元での囁きに、サンタナは身を強張らせた。


「ええ。レンの仕事着にはもちろんの事、トレーニングウェアから普段着ない正装にも盗聴器を仕込んでありますから。レンのプライベートは私の手中にありますの」

「それを聞いたら、レンさん発狂しちゃいますよ……」

「ですから、貴方が言いふらしたりしなければいいだけの事。返事は? サンタナ」

「はーい。まったくルゥさんには敵いませんよ」

「ふふふ……」


 妖艶な微笑みが後ろに離れていき、サンタナはようやく接待業務を終えたと一息つく。

 すさまじい太陽光線が注がれるなか、乾ききった悪路の大地を走るワゴン車は、彼らの本部があるギズモ国へとただひたすらにタイヤを転がしていった。


第8話、終了でございます! いかがでしたでしょうか。

閑話的にお送りする予定でしたが、書ききるのに時間がかかりすぎてしまいました。


近い内に第9話に臨みたいと思いますので、これからも拙作をよろしくお願いします。では~。

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