水飴海に沈ませて。
あなたは僕の海、とろとろの海水に、僕を沈めて。
散々考えて結局は彼女の帰りに迎えに行くことにした。
疲れたアフター・ファイブに忠犬ハチ公の顔でも見ればいくらか元気になってくれるだろう。
それにお昼じゃ時間も少ないし、夜なら、そのまま、小夜子さんの部屋に行ってお泊りなんか………。
いや、どうだろう。小夜子さん部屋に泊めてくれたことないし。
ラブホでさえ行かない。
お泊りなし、僕だって八時間くらい腕枕するくらいお茶の子だ。
もしかして遊ばれてる?
十歳下だし、ガキだし、しつこいし。すぐセックスしたがるし、それってやっぱウザイ?もしかして別居中の旦那さんがいるとか?うわぁ、最悪。
家に帰り着くと、なにも言わずに部屋に直行して、クロゼットの中からカバーに入れられたスーツを取り出した。
黒地に細いストライプ入りの洒落たスーツ。
そろえて買ったレザーソールにネクタイ。
そんじょそこらのイケ面リーマンには負けねえぜ。
もしかしたら小夜子さんもスーツ姿の僕を見なおしてくれるかもしれない。
僕は一人でスーツを片手にガッツポーズを決める。
是非脱がされたい。ブルガリのブルーでもふっていこうかな。
ネクタイ外されるときに、香くらいに。
たまには小夜子さんを悩殺したい。
変装はスーツに決まりだ。
そんなことを考えていると携帯が鳴った。
メールだ。相手は唯一の友達、井川 真夜。真夜は女の子だが、両刀で、いわいるバイセクだ。
今、十歳年上のキャリアウーマンと付き合っているらしく、僕とよく話が合う。
僕らが仲良くなったきっかけはやはり、年上の“彼女”持ちってところと、他人に対する興味が極端だってところ。
【明日、あんた暇ならちょっと出てきてよ。十二時にスタバで待ってるから】
すげえ自己中なところも似ている。
苦笑しながら、メールを返す。
【夕方までなら付き合うよ。またトーコさんともめたの?】
送信してすぐに小夜子さんにメールを打つ。
【明日、仕事何時まで?】
送信しようとしたら電波が悪くなり、送信できなかった。
代わりに真夜からのメールが受信された。
【明日話す。遅刻厳禁】
まったく自分本位だ。
未送信メールボックスからさっきのメールを小夜子さんに送信した。
小夜子さんの返事はいつも、なかなかこない。
風呂に入って、センター問い合わせ。
飯食って、センター問い合わせ。
受信したと思えば、未承諾広告。無視してセンターに引っ掛かっていたヤツが来る。
明日の朝、返信きてたら、いいのにな。
そう思いながら僕は眠れないのに布団にくるまる。
小夜子さんの柔らかな肌を思い出す。
しっとりとした感触。
同い年の女の子にはない成熟されたなめらかさ。
ハリがどうこうじゃない。はねかえせばいいってもんじゃない。
あんなものは女性にしか解らない。……たぶん。
吸い付くような柔肌はよくなめされた革より上質で、はねかえすことなく受け入れてくれる。
熟れた身体の奥に、僕の衝動は溶かされて夢中になってたら、脳天から腰に快楽の稲妻が落とされる。
身体の相性が良いってこういうことだろうか?
眠れないなら、と僕を唆すように脈打つ愚息。
情けないやら腑甲斐ないやら恥ずかしいやら、いろいろ自分に言い訳しても、結局、鮮やかに刻まれた小夜子さんの記憶にのまれて、僕の右手は禁忌を犯し始める。
“原始、女性は太陽だった。”
社会の授業中に、出てきた日本の元祖・ウーマン・リブ平ナントカらいてうさんは言った。
しかし、小夜子さんに溺れている僕から言わせてもらえば、
“常時、女性は海である”
二束三文にもならない格言を呟き、僕はうつらうつらする。
太陽ならば、僕のアマテラス、早く岩屋から出て、僕にメールをくださいな。
携帯片手に、僕はいつのまにか眠ってしまっていた。