5.桜と能力とカップ麺戦争
暖かな晴天に恵まれた3月のとある日。
居間にあるテーブルの上に、ちょこんと4つ置かれていた某食品会社のカップ蕎麦とカップラーメンが妙に哀愁を纏わせて大人しく鎮座していた。
本日は芽衣子の春休みに合わせ、爺と芽衣子と黄美子の三人でディ○ニーランドに出かけている。
もちろん晋も誘われたわけだが、奢ってもらうのは悪いからと言い辞退していた。
それでも気が引けたのかまた今度にしましょうと芽衣子が言い出す前に、仕上げたい絵もあるから、と晋はどうにかして説き伏せたのであった。
それはともかく、ここで早くも目下問題が発生していた。
もはや日課となりつつある便所掃除・朝の陣をやり終た後、晋はいつものように庭にある物置に掃除道具を片付けに行き、そのまま庭をぐるりと回ってキッチンのある裏口から家の中に入った。
そして水道水をコップに注ぎ一気に飲み干す。
喉を潤し、朝食にしようと居間に移動した、その時であった。
「あれ?あー、爺さん達ネズミの国に行ってるんだっけ?」
天敵である喪介がいつのまにか家の中に上がりこんでいた。
「なっ、んっ、でッ!」
足早に真ん中に置いてあるテーブルを避けて部屋を半周し、喪介に詰め寄った。
「お前が、ここに、いるんだよ!人んちに勝手に入ってくんな!」
「いや、お前んちじゃないだろ居候野郎。芽衣子に頼まれたんだよ」
「は?」
「お前は絵を描き出すと集中しすぎて食事も忘れるから、様子見に言ってあげてください、って今朝メールが来たの」
「・・・ちょっと待て。どうしてお前が芽衣子ちゃんとメール交換なんかしてるんだ」
「どうしてって言われても・・・しょうがないじゃん。結構前から知り合いなんだよ。主に爺さんとだけど」
「そ、それにしたって鍵はどうやって開けた!?戸締りはしっかりやってたはずなのに」
「あぁ、俺ここの合鍵持ってるから」
「なんでだよー!?」
力の限り叫ぶと更に腹が減ったのかぐうっと晋のお腹がなった。
喪介はどっかりと胡坐をかいて座り込み、カップ蕎麦とポットを引き寄せた。
「おい、勝手に食うなよ!」
「勝手も何もこれは俺の分なの。芽衣子がカップ麺置いていったから一緒に食べてくださいって言ってたし、昼か夜はなんか出前でも取れって。金、ここに置いてあるだろ?」
それを聞いて一気に脱力した晋はヘナヘナと座り込み、黙ってカップ蕎麦を自分の元に引き寄せてビニールを破った。
2人して仲良くお湯を淹れ、待つ事3分。
いつもならば全員揃って「いただきます」というところだが、こいつとそんな挨拶はしたくないと晋は手だけ合わせて心の中で「いただきます」と言った。
習慣というものは一度植え付けられると抜けないものである。
ふと何気なく横をみると、喪介も同じように割り箸を親指と人差し指の間に挟みこんで手を合わせていて驚いた。
すると視線に気付いた喪介がちらっと晋の方を見たので、晋は何事もなかったように慌てて視線を蕎麦に戻す。
伸びてしまう前に食べようとしたその瞬間、晋は信じられないものを見た。
しかしそれは喪介も同じだったらしい。
「あー!」
喪介はカップ蕎麦についていた掻き揚げを丸ごと熱々の汁の中に落としていた。
晋はせっかく丸い形の掻き揚げを煎餅のように細かく砕いていた。
お互いに信じられないというような顔をしてお互いの掻き揚げを見つめていたが、先に言葉を発したのは晋だった。
「なんいきなりで全部入れちゃうんだよ!それじゃぁ掻き揚げが後半ふにゃふにゃになって小エビの食感しか残らなくなるじゃんか!ど○兵衛の掻き揚げは緑のた○きより柔らかくなる時間が早いんだぞ!?」
「バッカ、そのふにゃふにゃがまた良いんじゃんか!前半がカリカリで後半が汁によく染みてふにゃふにゃで2度楽しめるってもんだろ!?お前こそなんでせっかく綺麗な形してるものをそんな情け容赦なく割れるんだよ!?掻き揚げへの冒涜だ!」
「何言ってやがる!?ふにゃふにゃのドロドロになった掻き揚げなんか食えるか!一気に入れるとすぐに汁に染みてふにゃふにゃになるから、こうやって砕いて少しずつ入れていけば最後までカリカリのまま楽しめるだろうが!?掻き揚げがどうして後乗せなのか分かるか?!本来の食感を楽しむ為だろ!お前こそ掻き揚げに謝れ!」
自分の主張を言いたいだけ言い合って、ぜはーぜはーと肩で息をしながら睨み合う。
「フン!」
同時にそっぽを向き、それぞれのやり方でカップ蕎麦を啜る音だけがだだっ広い部屋に響いた。
本来の住人がいない所為か妙に静かな室内において、喪介はさっそく暇を持て余していた。
そろりと晋のいる部屋に入ると、晋はやはりキャンバスに向かって絵を描いている。
(へぇ、本当に描いてるんだ)
普段は見られない真剣な横顔に好奇心が疼く。
喪介はそろりと部屋の中に入った。
どんなに狭い隙間でも物音立てずに進入できるのは喪介の特技の一つである。
「しーんーちゃん。あっそびーましょ」
「うぎゃぁ!」
脇をツンと突付かれ、くすぐったさに文字通り飛び上がる晋だった。
「なっ、なにすんだよ馬鹿介!」
「あっはははは。おわっ、スゲ!」
晋の背後から見えた絵の出来栄えに喪介目を丸くする。
それは川辺に咲いた大きな桜を描いた風景画だった。
「うまっ、え、ビックリした!お前こんな特技があったのかー。意外だな」
「これぐらい普通だよ。この程度なら美大に行けば描ける奴ゴロゴロいるから」
「へぇ~マジで?この白いとことか、特に芸術っぽい。なんとなくピカソっぽい」
「いや、それは失敗して塗りつぶしたとこだから」
「あ、そなの?まぁいいや。とにかくマジで凄いって」
「・・・どうも。でも、売れなかったら意味ないし」
「ふーん。凄いと思うけどなぁ。俺こんなに描けねぇもんこれで何が駄目なわけ?」
それが分かれば苦労はしない、と心の中だけで唸る晋。
その一方で、売れない絵の半分ぐらいには売れなかった理由の心当たりがあった。
背後からひょいっと覗き込んでくる喪介を無視して晋は絵を描き続ける。
その横顔が照れて赤くなっていることに気付き、喪介は気付かれないように肩を震わせた。
「なに笑ってんだっ」
「くははは。き、気にすんな。・・・あれ?なんか変な顔みたいなものが心霊写真ばりに描きこまれてる・・・」
「え!?」
大声で言いつつ、晋は絵じっくりと睨みつける。
すると喪介が長い指を桜の花が咲き誇っている一角の一部を指差した。
「ここ。つーか、これなんかのホラーアート?」
「やかましいっ。あー!またやっちっまった。うあーっ今度こそ注意してたのにっ!あー!」
「またって?」
喪介がなんでもないように普通に聞く。
晋は言いづらそうに「あー」「うー」と唸っていたが、とうとう歯切れ悪く話し出した。
「いや、オレにもよく分からないんだけど、いっつも絵を描く時変なものを気付かないうちに描き込んじゃってるというか。意識してないし、そんなの描いた覚えも見た覚えもないし・・・。写生してる時が一番集中してるから時々記憶飛ぶんだけど。風景だけじゃなくて花瓶とか描いててもそうなるんだよ。色付けると心霊写真みたいに浮かび上がってくるから、自分でも描かないように注意してたんだけど。試験とか実はそれで落とされたこともある」
「うわー・・・最悪だな。ていうか、これはこれで凄いと思うけど。・・・ちなみにさぁ、
これって荒野川にある桜の木?」
「そうそう。あそこ、でっかい桜の木がぽつんとあるじゃん。やっぱ有名なの?」
「いわくつきって意味では有名よ?」
「・・・え、それが原因?俺、見えちゃいけないものが見えてた?」
「うーん」
喪介は絵にギリギリまで近づき、顎に手を当てながら考え込んでいた。
この間のケサランパサランの事といい、なんとなくだが、ソッチ系の知識があるのだろうか。
いつまでも絵を凝視している喪介に不安になり、晋は心配げに声をかける。
「おーい?」
「・・・・・・・・・あ?」
「じゃねーよ!なんか分かったのか?」
「は?分かるわけないだろ」
「なっ、じゃぁなんでそんな真剣に見てたんだよ」
「他にも顔がないかと思って。ほら、修学旅行の写真とか見てる時、心霊写真探したりしなかった?」
「人が珍しく真剣に聞いてやってんのにアホか!出てけー!!」
ピシャンと襖を閉め、部屋から喪介を締め出す晋であった。
「くそっ、やっぱ最悪だあいつ」
吐き捨てるように一人呟き、固い表情で絵の方に視線を移した。
あれもやはり消した方が良いのか、と思った時。
襖の奥から、締め出したはずの喪介の声がはっきりと聞こえた。
「あの絵、まだ消さなくていいぞ」
「っ、まだいたのかよ。出てけって言っただろ」
「今日の昼は米が食いたいな。俺が帰るまでに出前のメニュー探しとけよ?」
「・・・あ?」
「昼まで消すなよ」
「なんでお前に言われなきゃなんないんだよ」
「いいから消すなよ」
「いい加減にしろよっ!理由を言え!」
しかし、返事は返ってこなかった。
「おい!喪・・・・・・」
襖を思いきり良く開くと、廊下の奥にに喪介の背中が小さく見えるだけであった。
何故か片手にスコップを持って。
「・・・・・なんでスコップ・・・?」
それだけが謎を残す。
あいつは畑でも耕しに行くつもりだろうか?
しばらく考え、最終的に晋は何も見なかったことにして襖を閉めた。
しかし、何かもういろいろと、気力が失せた。
今度こそはと思っていた桜の絵。
4月が誕生日だという芽衣子に、高校の入学祝いも兼ねてプレゼントするつもりだった絵だ。
久しぶりに気合を入れて描いていたというのに、これはない。
こんな絵をプレゼントしたところで、芽衣子は気味悪がるだけだろう。
力作だった分消すのは惜しいが仕方が無い。
消そう、といつものように黒い絵の具を紙パレットに出そうとした、その時。
「消すなよ」という喪介の言葉が頭の中でリフレインした。
「なっ、どうして俺があいつの言う事なんか気にしなくちゃいけないんだよ!」
喪介の声を掻き消すように頭を振り、再度黒い絵の具を出そうとする。
しかし、手が震えてしまった。
「俺だって、自分の描いた絵をこんな事で消したかねぇよ。下手かもしれないけど、思い入れだって魂だっていつも込めてるのに」
今まで塗りつぶしてきた絵のこと、いつも悔しさを消すように黒で塗りつぶしていたことを思い出した。
いい加減慣れていたはずなのに、どうして今だけこんなに悲しくなるのだろう。
晋はとうとう黒い絵の具を手から離し、畳の上にゴロンと寝転がった。
(昼ぐらいまでなら待ってやる。別にあいつが言ったからじゃないぞ。絵を消すのを決心するのにちょっと時間がかかるだけだ)
心の中でそう言い訳しながら、晋は不貞寝を決め込んだ。
風がそよぐ桜の木の下で、サクッとスコップを土に突き立てると、喪介は見事に咲き誇る桜を見上げた。
「こいつもかなりの老樹だなぁ。さぁ、お迎えにあがりましたよ」
ざわざわと風の音以外の何かが蠢いている気配に、喪介はニヒルに笑って見せた。
「さーてと。やりますか」
軽い調子で言い、一度スコップを片手で器用にクルッと回し、それからサクサクと地面を掘っていく。
ある程度掘ってから喪介は息をつき、ノビをした。
少し休憩を挟んで、また掘り進んでいく。
すると、土の中から白い布に包まれたような何かが出てきた。
喪介はピクリと眉を動かし、嫌そうな表情でその白い布を見つめる。
「ほーむらー。焔くーん」
白いビニールを見つめながら、喪介は誰かの名前を呼んだ。
その瞬間、辺り一帯にが瞬間的に熱気を帯びた風が吹き、一瞬で止む。
そして突如現れたその存在の姿はまさしく異形そのものであった。
二本の角を生やしたその者の姿は人間に近いが、決して人間ではないと人目で分かるほどのその姿。
何も知らない者から見れば桜にとり憑いた夜叉の姿だと思うだろう。
2メートル近くある巨体。人間ではありえない褐色の肌。
美しい肉体を持ったそれはまさに「鬼」であった。
「なぁ焔、どう思う?」
「何がだ?」
スコップの柄に顎を乗せ、喪介はごく普通にその「鬼」に問いかけた。
焔と呼ばれた「鬼」も平然と返す。
「あの絵描き、こんな深いところにいた「魂」を絵に描きやがった。俺だって気付かなかったのに。焔は気付いた?」
「いや」
「だよねぇ。ざっと見た感じ5体は埋まってるぜ?表に出ていないだけでそれ以上かも。気になって掘ってみたら案の定だよ。昔の人の片手間なお墓っぽいしどうしよう、絶対これタダ働きだよなぁ。戦前の人達だよね、これ」
「確かに100年以上は経っていると見受けられるが、・・・そういう問題か?」
「タダ働き」という単語が引っかかっているらしい焔に、喪介は呆れたような視線を向けた。
「お前がそんな事気にするなよ。人間の世界に慣れすぎたのかい?」
「そんな事は無い。それで俺を呼んだということは、やはり全員焼くのか」
「まぁね。もう白骨化してるだろうから身元を割り出すの大変だし、金になりそうもないし、時間も無いし」
「面倒くさいんだろ?」
「あははは。うるさいな。焔も掘り起こすの手伝えよ。鬼の火に焼かれてもあの世にちゃんと行けるように、俺がきっちり送り届けるからさ。葬儀屋の名にかけて」
ぱちんとウィンクをする喪介に、焔は諦めた様にこくりと頷くしかなかった。
それから2時間後。
桜の木の下で死者の魂に向かって、喪介はポツリと呟いた。
「グッド・ラック」
鬼の火に焼かれれば灰さえも残らない。
それでもキラキラと輝く魂の残り火が長年見守っていてくれた桜の木に最期の別れを言うかのように美しく舞っていた。
そして一瞬後にはいつもの光景に戻っている。
「死に際は美しく、葬式は最期の晴れ舞台。見送ってくれる人がいるだけでも違うものだし、やっぱりちゃんとした形で最高の別れを演出するのが葬儀屋の役目だよね」
「タダ働きが嫌だからと言って殆ど俺に任せた奴の台詞じゃないな」
「焔・・・それ以上言うと3年前に親父の大事にしていた2億の花瓶割って、その場で溶接してくっつけたことバラすよ?」
「悪かった。聞き流せ」
それから暫く桜を眺め、つかの間の花見気分を味わっていたその時、ぐうと喪介の腹の音が鳴った。
「・・・ックックック」
「笑うなこら。しょうがないだろ、ずっと穴掘ってたんだから」
帰るぞっ、と赤らめた頬を隠すように踵を返す喪介の背中を、やれやれという表情で見つめる大男。
焔が喪介の後に続こうとしたその時、背後から男女3人の声が聞こえた。
「ほら見てー!やっぱり誰もいない」
「本当だ、桜も綺麗だし確かに穴場だね。でもこの桜って、下に人が埋められてるとか、本当は白っぽい花がつく品種なのにその死人の血を吸ってこんなにピンクの花が咲くとか、いろいろ曰くつきなんだけど」
「大丈夫だよー!ほら、シート広げたよ。睦実も絆ちゃんも座って座って。風でめくれちゃう」
「ハルちゃんて行事とかお祭りとかほんっと好きだよね。ねぇ兄貴。・・・・おーい、兄貴ー?睦実ー?」
「ん?どうした睦実。桜は上だぞ?下に何かあるの?」
「・・・いや」
睦実と呼ばれた茶髪の少年は、桜から少し視線を外した場所を見つめていた。
焔がいる場所だ。
焔は先ほどから少年と目が合っている事に驚いていた。
しかし少年の方ははっきりと見えている訳ではないらしく、時々視線が微妙に外れる。
すなわち、なんとなく何かを感じる方向を見てはいるが、それが何か分からない、といった所だろう。
いつまでもついてこない焔に、喪介はさりげなく片手を肩の高さまで上げた。
喪介の指に赤い糸が出現し、焔に繋がれていた糸をぐんと引っ張ると、焔の身体はいとも簡単に風船のように喪介の頭上まで飛び上がり、ふわりと消えた。
ように思えたが、喪介の傍らに火の玉のようなものが出現し、しゅんと項垂れるように喪介に謝っていた。
「すまない。珍し事もあるものだなと思って、つい」
今まで焔がいる場所の辺りを見る者はいたことはいたが、あそこまではっきりと目が合ったという事は喪介と喪介の身内以外では初めてだと焔は言った。
「へぇ。じゃぁ素質があるのかな、あの子」
「それは分からん。しかしざっと見たところ、いろいろなモノが憑いていた。そういうものを引き寄せる体質なのかもしれん。ゆえに面倒事が起きそうな気配もあ。こちらに引き込もうとは思わないな」
「そっか。晋と似た感じ?」
「タイプは違うが、あいつもそうだろう」
「そーだねー。じゃんじゃん巻き込みたいって気はするんだけど、面倒そうなのも事実かな。さっきのみたいにさ。でも向こうから首突っ込んできたら、俺は遠慮なく巻き込むよ?」
「喪介の好きなようにしたらいい。お前の行く場所に俺は行くだけだ」
「あはは。言う事が相変わらずだな。あー、お腹すいた。花見でもしたいな」
遠ざかっていく喪介の背中しか見えなくなった視界に、睦実は一人首を傾げた。
「なーに?睦実、なんかいたの?」
「あっ、もしかして幽霊?睦実、昔から霊感強いもんね」
「イヤー!嘘でしょ!?せっかくの花見なんだからやめてよそーいうの!?」
「遥はそういえばホラーとか駄目だったな」
「大丈夫だよハルちゃん。こんな真昼間から普通出ないって」
「いや、それが出たっぽい」
「えっ!?」
「鬼みたいに角を生やしたやつがそこの桜の下に・・・」
「イヤー!?」
「なにそれ夜叉?恰好いい!他には?どんな感じだった!?」
「やめて絆ちゃん!睦実のバカー!今朝あげたポテトサラダの恩を仇で返したな!?」
「変わりにエビフライあげただろ」
「何その物凄くバランスの悪いトレード!?つーか、睦実またハルちゃんちに泊まったの?二人とも付き合っちゃえばいいのに。4月から2人とも高校生なんだし?」
「それはない」
きっぱり同時に言い切った睦実と遥に、絆は目を丸くした。
そして遥がニヤリと笑う。
「それに、睦実が本当に彼女作ったら絆ちゃんはマジ泣きするじゃない。一年前に睦実と同じ委員会の子と付き合いだした時とか大変だったよ」
「え、お前泣いたの?」
「な、泣いてないもん!」
真っ赤になっている顔を両手で覆いながら否定しても説得力は皆無だ。
遥の母親と睦実が作ったお弁当を広げながら、可愛らしい一つ年下の少女を見て和む睦実と遥であった。
風が優しく桜の木を揺らし、舞い散る花びらの元、それぞれの春を迎える。
喪介が帰ると、晋が玄関に駆け込んできた。
「へ、変なのが絵の寝てたたんだけどいつのまにか消えてなんで!?」
「寝てたら絵の変なのがいつのまにか消えてたんだけどなんで?」
「それだ!お前、なんかしたのか?」
「・・・なんでそう思う?」
「・・・いや、意味ありげなこと言ったり、スコップ持ってたりして、お前しか怪しいのがいないからだ!」
「晋がそう思うならそう思えよ」
「なっ」
「それよりさ、お腹すいた。米系の店屋物って何かある?」
「っ!寿司でも釜飯でもカツ丼でも好きなもん頼め!」
言い捨てるなりダッシュで部屋に走っていった晋に、喪介はぽかんとした後盛大に噴出した。
走っている晋の表情が明るく紅潮していた事を、腹を抱えて笑っている喪介は知らない。
そして夜。
芽衣子は喧嘩をしないようにと思ってあえて同じ種類のカップ麺を2人分ずつ用意したのだろうが、店屋物だった昼はともかく、朝の一件から同じものを食べたいとは思わなかった。
ちなみに昼は米が食べたいという喪介の要望で釜飯の出前を取り、晋は鳥釜、喪介はイクラとサーモンの親子丼を食べた。
朝と同じようにお湯を注ぎ、5分待つ。
今度は朝のような争いが起きる事もなく、無事に食事を終えた。
と晋が思った矢先、喪介がポツリと話しかけてきた。
「なぁ」
「な、なんだよ?」
思わず身構えてしまい、ほんの少しだけ緊張が走る。
それに気付いているのかいないのか、喪介は少し言いづらそうに、視線をずらした。
「ご飯、ある?」
「・・・・・・・・・・・・・はい?」
朝から生まれた掻き揚げに対しての確執は、このカップラーメンの一件で全てまるく収まった。
カップラーメンの残りのスープに嬉々として白米を入れる晋に、喪介も笑いながら言った。
「やっぱりやるよなー、これ!」
「だよなー!よかったー俺だけじゃなくって」
「だって普通に足りねーもんな!」
「あと普通にうまいしな!」
男達の笑い声が響く家に帰宅し、芽衣子達は揃って首を傾げたのであった。