4.どうしてこうなった
先ほどの毛玉を護符の中からボシュンと出し、毛玉に赤い紐のようなものを繋いで黄美子遊ばせている男は明石 喪介と名乗った。
流れで晋も自己紹介をし、とりあえず皆で居間の炬燵を囲んで座る。
黄美子は部屋の中で毛玉を追いかけ、毛玉も逃げ回るが喪介にリードで繋がれているような状態の為に遠くまで逃げることが出来なかった。
黄美子に飛び掛られ、黄美子のきゃふん!という声と共に畳に転がり込む。
「きゃはははは」
『クルルルルルゥ』
毛玉にしてはなんとも可愛らしい鳴き声だ。
そんな変な毛玉を変な紐で繋いでおくことが出来る得体の知れない男を、晋は居間に入って座ってからもジッと睨みつけていた。
(何だこいつ。何だこいつ。何だこいつ)
「裏の婆さんから貰った温泉饅頭じゃ!みんな食え!食え!」
饅頭を口に頬張りながら、晋は謎の生命体の毛玉を半目で見つつ独自の推理を試みていた。
(そもそもなんだあれ。緑だし、マリモか?いやマリモは飛ばないか。毛玉にしては生命力がありすぎるし、ていうか生命体という時点でおかしい。実は俺が知らないだけで東京にはああいう生き物がそんじょそこらに普通に繁殖して・・・)
「ギャハハハハ!してないっつーの」
「お、俺の心を読み取ったぁ!?」
得体の知れない男に心で思っていた事を読まれた不気味さに晋が飛びのくと、芽衣子がツツツと近寄っていき晋に耳打ちをした。
「声に出てましたよ、晋さん」
ぎょっとする晋。
「え?」
すると爺が咳払いをし、ようやく説明する気になったのか口を開いた。
「あれじゃよ晋くん。あー・・・と、け・・ケセラセラ?なんじゃったかな?喪助」
「ケサランパサランっすよ」
軽く言うものだから、軽く納得してしまいそうになった。
「へー・・・・・・・・!?これが!?一時ブームになったってましたよね」
「そうじゃったな」
「飼うと幸せになれるとか言われてる伝説の生命体にあんなことしちゃっていいんですか!?」
晋が指差した先では、黄美子が毛玉を好き放題弄んでいた。
「赤子を捻り潰すようにぺったんぺったんしてますけど!?」
「ケサランパサランって言っても種類があって、これは俺の家に昔からいる付喪神みたいなものでもあるのね。で、一般的に言われてるケセランパサランとはちょっと違うんだけど、放し飼いしてても平気だし、凄い動き回るし脱走癖があるしで結構大変なんだよ。まぁ俺がこの紐で繋いでる分には平気なんだけど、さっきうっかり逃がしちゃって」
「なんなんだよ、その紐・・・」
「え?そのうち教える」
「・・・・・・」
「ともかく、元々子供好きな性格だからあいつも喜んでるよ。ほら」
喪介が指差す方向を見ると、畳の上を転がりながら遊ぶ黄美子と毛玉の姿があり、黄美子は「きゃーきゃー」と嬉しそうに毛玉を持ったままゴロゴロと転がっていた。
『コロコロコロ』
しっぽがパタパタと揺れているのを見て、確かに喜んでるんだなと嫌でも思ってしまった。
喪介が晋に向かってにっこりと得意げに笑う。
「ほらね?」
「いや、ほらねじゃねぇよ」
晋は納得いかないという表情で喪介の話を聞いており、「はぁ・・・」と息をついた。
そして冴えない表情のまま、毛玉に視線を向ける。
「でもここから見る限りは毛玉のペットにしか見えないっす」
「だよねぇ。否定はしない」
「しないのかよ」
するとその瞬間、
『ゴラァ!』
「わあぁ!」
突然毛玉と呼ばれた毛玉が晋の顔面間近で般若の形相に変化し、野太い怒声で晋に向かって威嚇をした。
その後ろで晋を見ながら、何故か黄美子まで頬を膨らませている。
「しん!毛玉って言っちゃめーなの!」
「えぇ・・・いやだって飼い主が今否定しないって・・・」
「この子はマリモなのー!」
「マリモはいいんだ!?」
思わず晋がつっこんだ。
その横で喪介がボソリと呟く。
「どっちにしても毛の固まりなことに違いはないけどな」
ガプッと頭を半分ほど飲み込まれている喪介。
「あ、飼い主なのに噛まれてる」
「飼い主じゃないし。てゆーか、歯はないから痛くないし」
「いやいやいや。早く取れよ」
「こいつ噛み癖があってさぁ、これ以上でかくなると俺まで飲み込みかねないからあんまり餌は与えないでね?」
「え!てか、だったら黄美子ちゃんは容赦範囲内に入るんじゃないか!?」
「それ言われちゃうと・・・反論できません」
「き、黄美ちゃん!こっち!こっち来なさい!食べられるっ!」
「やー」
「やーじゃないのっ!」
「う、うわーん!」
怒鳴ったのが悪かったのだろうか、泣き出してしまった黄美子をマリもが慰めるようにふわふわと飛び回っていた。
そして責めるように晋を睨む。
「なんでだー!」
「あーあ、泣かした」
黄美子の扱いに苦悩する晋に、追い討ちをかける喪介であった。
「晋の場合、何でか優しさが通じてないんだよねぇ」
「そうですねぇ」
のんびりと傍観しながら分析する喪介に、思わず頷いてしまった芽衣子だった。
もしや黄美子に何か嫌われるようなことでもしたのか!?と凄い形相の爺に詰め寄られ、高速で首を横に振りつつも必死に、
「ななななな何もしてません!」
と叫ぶ晋を見ながら、喪介と芽衣子は互いに顔を見合わせ眉を八の字にして笑った。