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1.晋

俺は夏野 晋。絵描きだ。自称だが、絵描きとして生活している。


だから絵が売れなければお話にならないし生きていけない。


なんとか高校、大学(短大だが)まで出してもらった手前、遠い故郷の両親を頼るのも申しわけなく、合わせる顔がない。


今は絵を描く道具の材料費と奨学金の返済と仕送りで頭が痛いのも厄介な問題だ。


就職活動もせず、バイトをそこそこやりつつ、安いアパートで生活していたが、隣の民家が全焼してついでにアパートも全焼した。(あとひと月で春、という時期だったのが良かったのかなんなのか)


全財産を失った俺に残されたのはなんとか抱えたスケッチブックとたまたまポケットに突っ込んだままだった財布だけ。


今までのバイトの稼ぎを全て下ろしても家を見つけるのは難しく、公園で生活をした。


大学で話す人間は指の数ほどぐらいならいたが、携帯を持っていない今の俺に連絡手段など無い。


もちろん、知人の住所や電話番号など覚えているわけもなく、例え知っているからといって泊めてくれなどと言えるほどの仲だったわけが無い。


夏場は公園の水道で匂いだけは取ろうと努力した(体臭のきつい絵描きの絵など、よっぽどの天才でもないなら俺だって買いたくは無い)


冬は一週間や二週間洗わなくても平気だが、さすがに限度を感じれば洗う。(2度に1度は水の冷たさに断念する)


そんな中、俺は地道に絵を描き、地道に道端で売ってみた。(警察に補導された。許可がないと駄目らしい。世知辛い世の中である)

仕方が無いからいろんな所で売り込んだ。(たとえば商店街の魚屋には魚の絵を、みたいに)


しかし皆さん、いい笑顔で褒めてはくれるが金の話をすると途端に目が笑ってくれなくなる。


もちろん売れるわけがない。(1000円ぐらい出してくれたっていいと思うが俺の考えが甘いのだろうか)


そして約10ヶ月。


殆どホームレス状態になっている俺は、最近街を歩くだけで通行人の視線が痛く感じる。

気のせいなのか。自意識過剰なのか。臭うのだろうか。身なりなどの雰囲気でなんとなく想像されてしまうのだろうか。


もう冬も本格的に厳しくなる。

俺は有り金を全て断腸の思いで銭湯に使った。

湯には浸からずシャワーだけでいいと番頭に訴えたらまけてくれた。ついでに牛乳も奢ってもらえた。あなたは神か。


そして最後の奮起とばかりに、身も心も綺麗にして絵を売り込みにいく。

ここで売れなかったらきっと俺はこの冬死んでいる。


パンツだけは新調できなかったから死んでも死にきれない。


そして俺は絵を並べて手を合わせて祈りを込めた。

神様は信じてないから神社には行かない。

しかし、自分の絵は信じているから、我が子を送り出す気持ちで送り出すのだ。









「天象堂」と看板が掲げられた古本屋に足を踏み入れると、レジ脇には眼鏡をかけた黒髪の青年が本を読みながら店番をしていた。

今時珍しく着物と袴姿で、雰囲気的には少々近寄りがたい。

切れ長の瞳にきゅっと締まった唇が気難しそうな印象を与えており、よく見れば割と端正な顔立ちなのも手伝って余計に話しかけずらい。

しかし尻ごみしている場合ではないのだ。

意を決し、俺はレジの向こう側に恐る恐る声をかけた。


「す、すみません!」


「あ、はい?」


「俺、絵描きやってるんですけど、この絵を買ってくれませんか!?」


レジから良く見えるように翳す。

青年、天象テンショウ 蒼笥ソウシは青い瞳をジッと向けて、暫く絵を見つめていた。

描かれているのは蛙だ。


「へぇ。描いてんの」

「はい」

「ふーん。うまいじゃん」

「ありがとうございます」

「で?」

「買って頂きたいんですけど」

「これを?」

「はい!」

「・・・・・・」

「よろしくおねがいします!」

「よろしくされても」

「よろしくおねがいします!」

「あー・・・」

「500円!いえ、300円でいいですから!」

「ハハ」

「お願いします!」

「分かったよ」

「本当っすか!?」

「うん。俺もこーゆうの嫌いじゃないし」


そう言って少しだけ表情を和らげた蒼笥に、後光が見えた。

この人いい人じゃないか・・・!


「200円で買ってあげる」

「舐めてんですかぁ!」


前言撤回。


「何事じゃ?」


ガラガラっと入り口の手動ドアを開け、白髪の爺さんが店に入ってくるなり声を掛けてきた。

もしかしてこの人がここのオーナーなのだろうか?


「科賀谷の爺さん、これ、今買ったんですよ」

「ほほう。なんじゃ、君が描いたのか?」


感心したように目を見開き、爺さんが俺に視線を向けた。


「は、はい!」

「ほうほう」

「あの、もしかしてここのオーナーさんでいらっしゃいますか?」

「ほ?いんや、ワシはただの客じゃよ。店主はこっちじゃ」


気持ちの良い大らかな笑みを浮かべながら蒼笥を指差す。

へぇ、この年で店を任されてるのかぁ。若いのに凄いなぁと素直に感心した。


「絵なんですけど、この辺とかに飾ってみたら良いと思うんですよ」


すると蒼笥がレジの後を指差し、爺さんは俺の絵と位置を見比べてうんうんと頷いている。

え、そんな目立つところに飾ってくれるんですか!?

やっぱりこの人いい人!値切られたけど。


「ふむふむ。いいんじゃないかのう。蛙は商売繁盛するぞ」

「そうなんですか。じゃぁ君、これ御代ね」


慌てて手を出すと、200円がコロンと落ちてきた。

その瞬間、俺は思わず顔をくしゃっと歪ませてしまった。


「ありがとうございます!」

「あははははは!」


深々と頭を下げた俺の頭上から蒼笥の笑い声が響いた。

人が泣いてんのに笑うな。




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