最悪な一日
ああ、人生は楽勝だ。
私の名前は幸、幸太。親は幸助。孫の孫はセワシだろう。
高校三年。私は週間連載漫画の嘘バレのような都合の良い人生を歩んできた。
優しく、必要なことを必要なだけ教えてくれる金持ちの両親のもとに生まれ、絶世の美女である幼馴染とは結婚の約束を交わし、最低限の礼儀をわきまえたちょっとやんちゃで個性豊かな友人たちと毎日楽しく暮らしている。
こんな恵まれた環境を手にするにあたり、大した努力をしていないというのが我ながら恐ろしいところである。昔から世の中は、ずっと私中心で回っていた。
これは慢心でも、中二病でもなんでもなく、本当に事実なのである。
私は光っている赤信号を見たことがない。
もちろん存在自体は知っている。
止まれなければいけないというルールも知っている。
だが私はその赤信号に自らの歩みを妨げられた経験がまったくない。赤信号のルールを実践したことがないのである。
これは私が信号の少ない田舎に生まれ、引きこもってほとんど外にでていないような人間であるならば、ありえない話でもないのだろうが、そういうわけではない。
毎日の学校への通学路。わたる信号は二か所。
往復で一日、四回チャンスがある。
だがわたる信号はいつも直前で青へと変わってしまう。
本当にラッキーである。
だが、私の幸運はこんな程度のものではない。
助けた老婆からは1000万の小切手をもらい、鉛筆を転がすだけでテストは満点(記述問題含む)、10連で限定キャラは完凸し、応募したイベントはいつも最前線席が当たる。
私にとって懸賞やくじとは、紙切れと欲しい景品を交換するだけの作業でしかなく、祭りくじ以外で、はずれを引いたことがない。
私の幸運を持っても当たらないとは!祭りくじとは本当にすごいものである。
ともかく私はこのチートともいえる能力をもって、楽勝に日々を歩んでいる。
努力ゼロ、運のみ、勝者あり、の勝ち組過ぎる人生である。
欲しいと思ったものは欲しいと思った瞬間に欲しいだけ手に入り、いらないものは私の周囲から勝手に消えていった。
最後に雨に降られたのはいつだろうか。いつしか傘を持つこともやめてしまった。子供のころに買ってもらった傘は一度も雨を受けることなく今も押入れの奥で眠っている。きっと今後も一生、あの傘は眠ったままなのだろう。
ああ。人生は楽勝だ。
一応勉強するけど、どんな大学でも受かるんだろうな。
なんにでもなれるし、何にならなくても幸せに暮らせる。
18年の人生でそんなことはわかりきっている。
……なんだかつまらない。こんなに満たされてるのに。なんて贅沢な悩みだと自分でも思う。
ただ、「運が悪くなりますように」とは絶対願わない。きっと叶ってしまうから。
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そんないつもいつも考えてることをいつも通りに考えながら、いつも通りに家に帰っている途中、久しぶりの雨粒を頭に受けた。思えず「ひゃっ」と声に出た。
雨だ。
なんで?
ぽつぽつと降り始めた。もちろん、傘は持っていない。
どんどん雨が強くなる。
意味が分からない。
やばい。なんでだ。なんのための雨だ。
私の人生で起こる出来事はすべて何かしらの良い意味を持っていた。
目の前に困った人がいれば、その人は大富豪であり、道に迷うと必ず素敵な出会いが私を待っていた。
雨に降られた経験も何度かあるが、その時は必ず友人か彼女がそばにいて、相合傘だとか、友人宅で雨宿りだとか、そんな私のあこがれをかなえてくれた。
雨はそのイベントの前座に過ぎず、私が望んだ時に望んだだけ降る、人生を彩る舞台装置でしかなかった。
しかし、今日は少し様子が違う。
私の周りには彼女、友人を含め誰もいない。
なんのイベントも出会いも期待できない状況。
ただただ私が濡れている。
そんなことありえるのか。
この私が傘を忘れ、雨に降られるという、きわめて一般的な不運に見舞われている。
なんだか怖くなって走りだした。とにかく家に帰らなきゃ。何かがおかしい。
が、しかし、走り出し三歩目で両足の靴紐が同時にほどけた。
転ぶ。
私が転んだのは、いかにも体に悪そうな虹色の液体が溶け出した、どろどろの水たまり。
その上であった。
新品同然だったブレザーが、ワイシャツが、体に悪そうな色に染まる。
私はもう泣きそうだった。
雨はどんどん強くなる。
もう結びなおす時間さえ惜しくなって、紐のほどけた靴のまま、汚れた服のまま、夢中で走り出した。
一刻も早く家に帰ろう。
みんなに慰めてもらおう。
これはきっと悪い夢だ。
目が痛い。前が見えにくい。でもとにかく走る。
怖い。
と横断歩道を渡ろうとしたとき、目の前を車が通った。
びっくりして、慌てて後ろに飛び下がる。
何台もの車が目の前を横切る。
混乱する。
顔を上げた。
赤信号だった。
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信号に捕まった。
吐きそうになる。
なんだ。なにが起きてる。もうびしょびしょだぞ。
これも全てイベントの前座なのか?制服が泥まみれで、靴紐がほどけて、赤信号を待っている人にしか見えない妖精がいるのか?なんだ?神か?仏か?
頼む。助けてくれ!!この雨に意味をくれ!!
信号が青に変わった。走る。
混乱して靴紐を結びなおすのも忘れていた。
そうか。赤信号の待ち時間をそうやって活かせばよかったのか。
私は一人で何かを待つという経験をしたことがなかったのでわからなかった。
走りながらだんだん、私の周囲から人が消えていることに気が付いた。
さっきあんなに走っていた車があたりに一つ見当たらない。
近所のお店はどこも休業中。
……あり得るか?!
東京のど真ん中でこんなこと。あり得るのか!!!?!!
コンビニも閉まってるんだぞ!!!!
誰とのイベントもない。雨宿りもできない。
徹底的な不幸、不運、アンラッキー。
そうか。
かかってこいよ!!!
家まであと200m。ここを曲がればすぐだ!!
と曲がったところに人がいた。
一瞬、少し安心した。
この人が石油王か何かなのだろうと思ったのもつかの間、その男は全裸でナイフを持っていた。
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「ひひゃはははははは!!!」と叫びながらこちらに向かってきた。どうやら石油王ではなさそうである。
「うわあああああああああああ!!!」もうわけがわからないまま来た道を引き返した。
男はそのまま追いかけてくる。
周囲に誰もいない。私を助けてくれる人は。
自分で呼ぶしかない。
ポケットからスマホを取り出す。
が、充電切れだった。
「くそっ!!」後ろに投げる。多分当たってない。男はまだ追いかけてきている。
いつもの私なら投げたスマホはちょうどよく敵の急所にあたって、うずくまっている男のもとに雨でスリップしたダンプカーが猛スピードで突っ込んでくるくらいの軽い奇跡は起こるだろう。
だか、今の私は違う。
奇跡も魔法もあったもんじゃない。
死ぬ。
とにかく、逃げるしかない。
先ほどの信号がまた目の前で赤に変わったので、動揺して、道路を渡らず左に逃げた。
しばらく夢中で走って、その間も周囲に誰もいないことに絶望していたら、もうあいつは追ってきていないことに気が付いた。
助かった。
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はぁ…はぁ…
息が上がって仕方ない。
つかれた。
寒い。
つらい。
道路に座り込む。
雨は一向に弱まる気配がない。
私は、全裸の変態に追いかけられ死にかけたことよりも、この一瞬で数えきれないほどに不幸に見舞われたことにショックを受けていた。
別に幸運が突然なくなり、普通の運の良さになったとして、それはそれで構わない。
悪いこともいいことも平等に訪れる人生。
突然の雨に降られた次の日に、アイスのあたりを引くような。ほどほどの幸せと不幸せ。
挫折して学び、成功を得て喜ぶような人生。
最高じゃないか。
なんなら今までの幸運で得たものがある分、私はいくらか有利に人生を過ごせるだろう。
だが現実はそうじゃない。私は今、ありえないほどの不幸の連続を味わっている。なんなら死にかけた。
人生において、いいことと悪いことは平等に交互に訪れる。
そんなことをどこかの誰かが言ってなかっただろうか。それは私にも…ということだろうか。
18年間の楽しい幸運の日々は終わりをつげ、ここから18年は同等の地獄の苦しみが始まります!ということだろうか。
私の幸運は我ながら規格外である。
つまりここからは規格外の不幸に立て続けに見舞われる人生。ということなのだろうか。
…………ふざけんな!!!!
誰が欲しがったんだ。誰が幸運に生んでくれと頼んだんだ。
そっちが勝手に。
世界が勝手に与えてきたんだろうが。
それにあやかってたら、罰とばかりに世界が私を殺しに来る???
勝手すぎる!!!
別に何もいらなかった。
いつかこんな日が来るんじゃないかと毎日怖かった。
大当たりのベルの音、くす玉、クラッカー、驚きの声、拍手。
私の幸運を祝うすべてが怖かった。こんな人生を幸運だというのか?
なぁ。世界。おい。
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しばらくして、私は立ち上がった。悔しくて、負けたくなくて、とりあえず帰ろうと思った。
先ほどの変態がまだいるかもしれない。遠回りして帰ろうと歩き出す。
上空をカラスの群れが飛んでいる。ずっと追いかけてきている。
道を曲がったとき、汚い黒猫の家族が私を見ていた。
くだらない。不幸の象徴とでもいいたいのか。どこにでもいるわ。この野郎。
その時、上空でゴロゴロと腹の底に響くような音が鳴っていることに気が付いた。
雷。
黒猫もカラスも、その音で逃げ出した。
なんとなくこれから何が起こるのか察した。
もう無理だ。それはどうしようもない。
せめてもの抵抗として空をにらんだ。
神が本当に要るのかわからんが、なるべくそいつが私を殺したことを後悔するように。
忘れられなくなるように。
なんとなく雷が上空に生成されつつあるのを感じる。髪も逆立った。
「来る!」と思うころにはもう来ていた。
バリバリッ!という衝撃音と共に、空が真っ二つに裂け、耳をふさぎたくなるようなバカでかい音が鳴り、光に包まれた。
ズガァァァアアアン!!!!!!
直撃だった。
人が雷に打たれる確率は100万分の1らしい。コインを投げ、20回連続表を引くくらいの確率。
おれは47回まで連続で出したことがある。まぁ全然あり得るか。
体がしびれ、もう死ぬなと思った時、世界がゆっくりになるのを感じた。
すごく気持ちがよかった。
フワフワする。あああ。幸せ!!
とゆっくりになった世界で俺は上空から雷以外のものの気配を感じていた。
天使がお迎えに来たわけではない。すごい地響きだ。
曇り空、夕方なのに、空がまだ明るい。
空気が爆発するような轟音。
あれは……火球??
まさか。
どうやら私の不運は雷一発程度で終わるものではなかったようだ。
隕石だ。
俺は地球外から、巨大な石を呼び寄せてしまった。
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あの変態から逃げまどっていたのがバカバカしい。
オーバーキルだ。
こんなの逃げたってなんだって結局一緒じゃないか。
でも不思議と嫌な気はしなかった。
もうここまでくると笑えてくるというか。
むしろこんな盛大に人生の最後を飾れるなんて、こんな幸運なことはないんじゃないか。
父さん、母さん、この町の人たち。
巻き込んでしまってごめんなさい。
もっと早く、死ぬべきだった。
そしたらこんな大事にはならなかったのに。
ああ。
くやしいなぁ。
俺は盛大に爆発した。
目が覚めるとそこは、手術台の上であった。
なんだかぬめぬめする。
奥から、なにかがやってきた。
「ワレワレハ、ウチュウジンダ。」




