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潜り戸

作者: 安室_仁

 山の中腹に建物がある。

人々は中で静かに何かを待っている。

その中に嫁いだ妹の顔も見える。

一心にこっちを凝視している。


 部屋の中央に細長い木の箱がある。

母が寝ている。

穏やかに目を瞑っている。

でも、もう息はしていないのだろう。


 三人の幼い弟は青ざめた顔で硬くなっている。

私と弟たちはどうしても身を始末しないといけないらしい。

でも、とても嬉しい。

潜り戸を抜ければ、行けると知っているから。


 しかし、潜り戸が見当たらない。

目の前に木の盥が四つ並んでいる。

丁度顔を洗えるくらいの手頃な大きさ。

不意に可笑しくなって、笑みが溢れる。


 弟たちは見開いた目で縋ってくる。

「盥に顔を付けて、目を開けると向こうに行けるのよ」

小さい弟は、必死の眼差しで頷く。

私は身をくねらせて狭い穴から抜けるような仕草をする。

小さい弟はクスクスッと笑う、上の二人も少し笑顔を見せる。

「先に少し水を飲むとすぐに行けるわ」


 杯を乗せた三宝が四つ置いてある。

「さあ、盥の前に座りなさい」

上の二人はまだ少し不安そうに見上げてくる。

「大丈夫ですよ。私もすぐに行きます」と心から微笑む。

三人は安心したようで、盥の前に正座をする。


 三人は目を瞑って、杯の水を一気に飲み込んだ。

杯の落ちる音が鈍く小さく三回重なって響いた。

周囲の人たちの息を呑む声が聞こえた。

弟たちは盥に顔を突っ伏すと、そのままになった。


 見苦しい姿を見せてはいけないと自然に思った。

身仕舞いを正して盥の前に正座した。

三宝から杯を両手でそっと取り上げた。

杯の中の水はねっとりと蠢く。

杯を一気に空けた。

手から杯が離れていくのがうっすらと分かった。

顔が盥に落ちていくのをぼんやりと感じた。

水は肌にふんわりと当たったようだ。

とても遠くで妹の小さい悲鳴が聞こえたような気がした。


 顔がさっぱりしたので、目を開けた。

ああ、見えた。

さあ、あそこへ。


おわり

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