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応用と決断

本編2章3話です

100PV超えました……ありがと

3章3話


そこから先も、俺たちはひたすら動き続けた。


露店の店主や通りゆく客に「ソル二ニャ?」と問いかけ、

目につくものの“名前”を片っ端から集めていく。


「露店にある食べ物とか道具の名前は、だいぶ理解できたね! 中々に順調、順調!」


「観察で拾えた

“セルト・ペミナ(売る・買う)”

の言葉に加えて、

“ソル二ニャ?(何これ?)”があるだけでここまで数字や単語を覚えられたのは予想以上だな。」


「いや〜、やっぱぼく鬼才だね!崇め奉ってもいいんじゃないかな!」


冷夏は胸を張り、くるりと日傘を回して得意に微笑む。


……調子に乗るとすぐこれだが、発想の鋭さは本物だ。


はじめは“相手の会話を聞いて状況から意味を推測する”しかなかった。

だが今は違う。“この名前は何?”と狙い聞きにいける。


つまり――

手探りだった世界にたいして、少しだけこちらから“手を伸ばせる”ようになった。


……とはいえ、それでもまだ“交渉”には届かない。


「次の壁は、“高い”“安い”みたいな動詞と形容詞だな。

値段の上下を言えないと、交渉に踏み込めない。」


「“高く”“低く”か〜」


「ああ。最悪なくても動きでごり押しはできるが、先々で差が出る。言えるようになっておいて損はない」


「よし! 探しに行こっ!」


冷夏が勢いよく歩き出し、俺もその後を追う。


――その時だった。


「……あ」


冷夏がふっと足を止め、視線を向けた先には、五、六歳くらいの子どもたちの輪。

丸い革のボールを使って、上に放ったり、地面に転がしたり、取り損ねて落としたり――。


冷夏の金木犀色の瞳がぱあっと輝く。

その目は、遊びたがる子どもそのものだ。


「ねぇハル……あれさ……」


「……まさかこの年になって、あの輪に混ざって遊びたいのか?」


「違うわ!! いや、違くはないけど!!

あの子たちと遊べば、欲しい言葉が

“自然と出てくる”と思わない?」


「どういう理屈だよ」


「まったく鈍感だな! その固い頭でぼくの行動、よ〜く見ておくんだな!」


言い捨てると、冷夏はボールの輪へ駆けていった。


最初は警戒されるかと思った。

でも、幼い子どもは好奇心の塊だ。


軽く手を振る冷夏に、金髪の男の子がボールを抱えたまま近づいてくる。


「コロ……?」


冷夏はしゃがみ込み、目線を合わせて明るく言う。


「遊んでいい?」


もちろん、言葉としては通じてない。

けれど、笑顔と仕草でだいたいの意味は伝わったらしく、

男の子は嬉しそうにボールを差し出す。


「クルタ!」


「……クルタ?」


冷夏がボールを軽く地面に落とすと、コロコロと転がる。


男の子はぱっと顔を輝かせ、跳ねるように叫んだ。


「クルタ!!」


「多分、“転がす”って意味だな」


俺はノートを取り出し、そのまま書き込む。


次に男の子はボールを真上へ放り投げた。


「エルナ!」


「エルナ……」


冷夏も真似して、空に向かってボールを放る。


子どもたちが一斉に拍手しながら、楽しそうに叫ぶ。


「エルナ! エルナ!」


「“上に”“高く”ってニュアンスか。……悪くねぇ」


俺が呟くと、冷夏は自慢げに鼻を鳴らした。


「幼い子ってさ、行動と一緒に言葉を教えてくれるからわかりやすいんだよ!」


「……瞬間的にそういう発想が出るのは、素直に感心するな」


ただし――と、俺は冷夏の背中に声をかける。


「混ざる前に、ブレザー脱いでおけ。汚したくない」


「え? あ、そうだね!」


冷夏は日傘を肩に寄せ、ブレザーを脱ぐと丁寧に折りたたんでカバンへしまった。

濃紺の上質な生地が、光を受けて静かに艶めく。


俺も同じようにブレザーを脱ぎ、きっちり畳んでカバンに入れる。


そして二人で、改めて子どもたちの輪へ混ざっていった。


そこから先は、徹底した“観察と学習”だ。


ボールが地面に落ちる。


「ファルナ!」


→ 落ちる。


ボールを大きく振りかぶって投げる。


「リスト! スベル!」


→ 投げる、速い。


転がるボールを全員で追いかけていると、

少しやんちゃそうな子が俺を指さしながら笑った。


「タルン! タルン!」


「タルン……?」


俺が首をかしげると、その子はわざとゆっくり歩いてみせる。


「タルン!」


→ 遅い、か。


……まぁ、意味はわかったが、素直に受け入れるにはちょっと引っかかる。


だが、俺も幼稚園のころは思ったことをそのまま口にして、相手の反応をもらえるだけで嬉しかった記憶がある。


(そういうもんか……)


そんなことを考えていると、冷夏が弾んだ声で俺の肩をぽんと叩いた。


「ハル! この調子なら、覚えた単語を組み合わせてちゃんと会話もできるようになるよ!」


「そうだな。今の俺たちは、大体こいつらと同レベルの会話ならなんとかなる。

これまでの身振り手振り比べたら、だいぶマシだ」


言いながら、内心ではかなり感心していた。


自分の常識を一度リセットして、

膝を折り、子どもと同じ目線に立つ。


それだけで、見える世界も、拾える言葉もここまで変わる。


何も知らない異世界が、

少しずつ“理解できる場所”に変わっていく。


冷夏と子供たちが戯れる光景に風の匂いが混ざり合う。


それを見ていると、こいつらみたいに素直な目で、俺も世界をもう一度見られるのかもしれない。


「……なんか、こういうの悪くねぇな」


思わず漏れた本音に、冷夏が嬉しそうに笑う。


「でしょでしょ!

子供ってさ、遠慮も忖度も知らないからこそ“言葉”がそのまま意味に直結するの!」


「……お前、時々だけどマジで賢いよな」


「時々って何さ! 常に賢いでしょーが!」


笑いながら、冷夏はまた子どもたちと一緒に走り出す。


俺はその場に立ち、動きと単語の対応をひたすらノートへ書き込んだ。


気づけば、太陽の光はじわじわと色を変えはじめていた。

真上から照りつけていた白っぽい光が、少しだけ柔らかく、黄みがかっていく。


やがて子どもたちは、それぞれの家から飛んできた声に呼ばれ、

小さな手を振りながら帰っていった。


「はー……楽しかった……!

単語いっぱい覚えたね」


「おかげで、欲しかった言葉はほぼ揃ったな。

エルナ(上に)、フルナ(下に)、

ベルケ(高く)、ピルタ(低く)。

スベル(速い)、タルン(遅い)……

これで、伝えたい事を会話にできる」


「うんっ!」


冷夏がにこっと笑った、その瞬間。


現実的な問題が、改めて頭の中に浮かび上がる。


――言葉は、最低限クリアした。

通貨の価値も、数字も、だいぶ読めるようになった。


でも――


「宿もご飯も、“この世界のお金”

なかったらどうしようもないよね〜」


冷夏の言う通り、それが“今いちばんどうにかしないといけない問題”だ。


財布の金は使えない。

スマホはただの黒い板。


そして、今の俺たちが持っているもので、

この世界でも価値がありそうなのは――


濃紺の光沢が美しい、あのブレザーだけ……


上質な生地。細やかな縫製。

手触り、艶、形――すべて高級品。

それを売るのは、俺でも少し心が痛むほどだ。


(まさか、日本で当たり前に着てた制服が、

こんなふうに“生きるための切り札”になるとはな)


俺は静かに口を開いた。


「……冷夏」


「ん?」


「ブレザーを売る。俺のも、お前のも……」


冷夏の動きが止まる。


日傘の影の中で、金木犀色の瞳がわずかに揺れた。


「……売るんだね」


「ああ。これだけ上質な生地なら、高く買い取ってもらえるはずだ。

ここで生きるための“初期資金”になる」


冷夏はゆっくりとうつむき、

カバンの中にしまった自分のブレザーをそっと指先でなぞる。


「じゃあさ。いっそ全部売っちゃえば? 」


「全部?」


「ワイシャツもスカートもさ。その分安い服買えばいいでしょ?」


「それはダメだ」


即答すると、冷夏がむくれた顔でこちらを見る。


「なんでさ〜!」


「さっきみたいに警備の連中に声かけられたらどうするんだよ。」


「え?」


俺は肩をすくめて言う。


「誤魔化せたのって、冷夏のカーテンシーだけじゃない。

服も“セット”で効いてたからだ。」


冷夏が目を瞬かせる。


「……服も?」


「当たり前だろ。こんな上質な生地のワイシャツやスカート、庶民は着ない。

“階級が高い”って印象があったから、あいつらも引いたんだ。」


そこで冷夏がようやく理解したように息を呑む。


「確かに……安物の服であれやったところで、

“高貴”って印象は生み出せないか」


「そうだ、だから全部売るのはナシだ。」


日傘の影の下で冷夏はしばらく黙り込み――

ぎゅっと握った手に力を込め、それからコクリと頷いた。


「うん……わかった!お気に入りだけど、仕方ない! ブレザー売ろう。

一番気に入ってたからこそ“いいスタート資金”になってもらおうじゃないか!」


「ああ。それが一番現実的だ」


「なんかさ、いよいよ“生きるために本気出す”って感じになってきたね」


「実際、今の俺たち、けっこうギリギリのライン歩いてるからな」


「うん、ちゃんとわかってるよ」


そうして、冷夏はいつもの調子でにっと笑う。


「だからこそ――この先に何があるのか、ワクワクするんだよ!」


日傘の影の中で、そう言い切る冷夏は、

一見、不安よりも期待を強く握りしめているように見えた。


だが、その声には、ちゃんと不安も混ざっているのが、長い付き合いの俺には分かった。


――言葉を覚えた。

街の空気も、金の価値も、少しずつ掴めてきた。


準備は整えた。


次は――このブレザーを“金”に変えるための、交渉だ。

次回はどーだろ

年明けかな……

なるべく頑張って多く投稿するようにします

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