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ひらめきと発想

本編2章2話です

想像よりさ……初動あって、すげぇ

2章2話


石段を下りきると、昼の喧騒が一気に押し寄せた。


商人の声、車輪が軋む音、獣人たちの笑い声。

どれも耳慣れないのに、心臓だけは勝手にリズムを合わせてくる。


「すごい……! まるでお祭りみたい!」


冷夏は目を輝かせ、露店を覗き込みながら小走りで進む。

日傘をくるくる回す仕草だけは、いつも通りだ。


一方の俺は、人目を避けつつ周囲を観察していた。

露店での硬貨の受け渡し、通りに立つ衛兵、行き交う人間と獣人たちの服装や歩き方。


露店での効果の受け渡しの際に、皆セントやペミナと言っている。

おそらく、売る(セント)買う(ペミナ)とかの意味なのだろう。


そして、金属鎧を着た衛兵らしき連中が、通りの端に立っている。

腰には剣、胸には獣の紋章。

――公的な警備組織だろうが、その視線は日本よりずっと“鋭い”。


「……とりあえず、言葉をなんとかしないとだな」


「うん。まず、話せないと“観光”すらできないし」


「観光は、さっき決めた目標を全部クリアしてからな」


「はーい、わかってまーす」


冷夏は日傘をくるくる回しながら、露店の並ぶ通りを見渡す。

屋台の台には果物やパンのようなものが並び、値札には見慣れない文字列。


《#△@リィ=ニャ》


「……まったく意味がわかんねぇ」


通りすがりの獣人の商人――犬みたいな耳を持つ、気さくそうなオッサン風の男が

果物を手に取りながら客に笑いかけている。


案の定、冷夏がそっちへ駆けていった。


「よーし、まずはジェスチャーで試してみよう!」


「いや、待て。金もないんだから最初は様子を――」


言い終わる前に、冷夏は露店の前。

果物を指差しながら、指を一本立てたり、別の実を指して手を上げたり――

全身で「数」と「高い?」を表現しはじめた。


「えっと……これ、いくら? これより高い?」


「◾︎#.@デュアン? トロ? ……デュルラ=◾︎!!」


「え? 怒ってる? ちょ、ちょっと! ハルー! 助けてー!」


獣人の店主は、困惑と警戒の混ざった顔で尻尾をぴくぴく震わせている。

……完全に“ヤバイ客”だ。


俺は慌てて冷夏の腕を引っ張り、その場を離れた。


「ほら見ろ。言葉が通じないのに、あのジェスチャーはただの迷惑だ」


「だって! 何かしないと始まらないじゃん!」


「……まぁ、行動力だけは認める」


冷夏はむすっと頬を膨らませていると、

ふいに何か思いついたように、ルーズリーフを取り出した。


「じゃあ、絵で聞けばいいんだよ!」


「絵?」


「うん、見てて!」


冷夏はしゃがみ込み、ルーズリーフに何かを描き始める。

線がぐにゃっと曲がって、四足で、耳らしきものがぴょこんと付いて――

どう見ても“犬未満の何か”が出来上がった。


「……何だこれは?」


「ボク的には犬をイメージした! けど大事なのはそこじゃないよ!」


「じゃあ何が大事なんだよ」


「人って、よくわかんないものを見せられたらさ、反射で“何これ”って言うでしょ?」


「ああ……言うな」


「つまり! この絵を見せて“何これ?”って言わせれば、“質問の言い方”をゲットできるってわけ!」


「……発想は悪くねえな」


「でしょでしょ? これならそのあと“何を知りたいか”を指さしで伝えれば、単語も覚えられるんだよ!」


理屈としてはかなり有効だし応用も効く。

問題は、相手にどう試すか。


「……とはいえ、知らない相手にいきなり変な絵突き出したら、怒りをかう可能性もある。

まずは俺が試す」


「うーん、私の案だしちょっと悔しいけど、それならしょうがないか〜」


冷夏から紙を受け取り、通りの端に立っていた青年に近づく。

軽く会釈し、紙を見せながら、絵を指して“答えを求めてます”アピール。


「……?」


青年は一瞬固まり、次の瞬間――怯えたように後ずさりし、そのまま逃げていった。


「……やっぱりダメか」


「ハル、顔が怖いんだって。険しいもん」


「険しくない、これが素だ。」


「そりゃモテないわ〜」


「うるさい」


冷夏は苦笑しつつ肩をすくめ、ルーズリーフを受け取ると周囲を見回した。

そして目を止めたのは、露店の片隅で花を並べている小さな女の子。

五歳くらいだろうか、お手伝いをしているらしい。


冷夏はしゃがみ込み、女の子と同じ目線まで顔を下ろし、柔らかく声をかけた。


「……ねぇ、これ見て。これ、なーに?」


そう言って、例の“犬未満”の絵を見せる。

女の子は不思議そうに絵をのぞき込み、首をこてんと傾げてから、ぽつりと答えた。


「……ソル二ニャ?」


冷夏の目がぱっと輝く。


「きた! たぶん“何それ?”って意味だよ!」


「ソル二ニャ、か」


その言葉を、俺も心の中で繰り返す。

音のリズムとイントネーションを刻み込む。


“何それ?”=“ソル二ニャ”。

――この世界での、最初の“理解”。


今度は俺が、女の子に向かって膝をつき、右手の指を一本立ててみせる。


「ソル二ニャ?」


女の子は指先を見て、にこっと笑った。


「アンヌ」


二本。


「ソル二ニャ?」


「デュア」


三本。


「ソル二ニャ?」


「トリア!」


さらに四本、五本と増やしていく。


「クァル」「ペンタ」


そうして異世界語の規則的な数字――

アンヌ、デュア、トリア、クァル、ペンタ、セリス、セント、クトル、ノグル、ダナ

までの10個を聞き出した。


あとはパターンさえ掴めば、先もなんとかなる。


俺と冷夏は、女の子に笑顔で頭を下げる。


「ありがと。すっごく助かった!」


「ミャはっ!」


言葉の意味は分からないが、両手を上げて笑う様子で、気持ちは十分に伝わった。


その後、冷夏はその足で別の露店へ向かう。

果物を指差して「ソル二ニャ?」

パンを指差して「ソル二ニャ?」


単語だけを聞き出すなら、相手を次々変えれば大きなトラブルにはならない。

何より、冷夏の明るさと柔軟さは、言葉の壁をどんどん薄くしていく。


一方の俺は、少し離れた位置から商人たちのやり取りを眺め、

数と金の動き、使ってる言葉をノートに記録していった。


セントが売る、ペミナが買うという意味らしい。


果物ひとつで青銅貨一枚。

服一着で銅貨一枚と青銅貨三枚。

剣一本で銀貨二枚と銅貨五枚。

異世界に来てからずっと観察していたが大体はこんな感じの買い物をしている。


――大体の相場は読めた。


青銅貨はざっくり百円。

銅貨は千円。

銀貨は一万円前後。


金貨もあるんだろうが……ここまでで一度も見ていない。

庶民が扱うレベルじゃないのは確かだ。


ノートに書き込みをしていると、背後から低い声がかかった。


「◾︎#.=ペルト? トゥア・ミルナ・エクラン?」


振り返ると、鎧を着た衛兵が二人。

腰には剣。目は完全に“職務モード”だ。


――やばい。目立ちすぎたか。


「……ハル」


「わかってる。落ち着け」


冷夏の腕を軽く引き寄せ、俺が一歩前に出る。

衛兵たちは俺たちを上から下までじろりと眺め、互いに短く言葉を交わした。


言葉は通じない。

ここで変に逃げれば、余計に怪しい。

だからといって、下手なジェスチャーでごまかそうとすれば火に油だ。


……詰み、か?

その答えが出た瞬間、俺の鼓動が早くなる


…とにかく今は冷夏だけでも逃がす!

そうして俺は戦闘態勢に入る――


その瞬間、冷夏が、そっと俺の前に出た。


日傘を差したまま、スカートの端をつまみ、膝を軽く曲げる。

背筋を伸ばし、視線をやわらかく下げ――

優雅で滑らかな動きで、完璧なカーテンシーをしてみせた。


(※カーテンシー……西洋での貴族女性の挨拶。軽く膝を折って礼を示す仕草。)


空気が変わる。


衛兵たちは一瞬息を呑み、互いに顔を見合わせた。

その所作には、庶民とは明らかに違う品があった。

その場の思いつきで真似できる動きじゃない。


「◾︎#……リオナ・グラン。ミルナ・ペルト」


衛兵は姿勢を正し、今度はこちらに敬意を込めて軽く頭を下げると、そのまま背を向けて去っていった。


静寂。

風が吹き抜け、冷夏の白銀の髪と日傘の縁が揺れる。


「助かった……すげぇな。まさか、あんなので通じるとは」


「まぁね〜。小さい頃からこういう礼儀作法、死ぬほど叩き込まれたからね。

できないと両親に泥塗ることになるし、“有利な立場”でいられないと、逆に周りに押し潰されちゃうんだよ」


「なるほどな……確かに今のは文句なしに完璧だった。さすが、公爵家系の娘だな」


「でしょ! もっと褒めていいんだぞ!」


冷夏は胸を張って、誇らしげに笑う。


「……それにしても、お前、普段あんなに自由奔放なのに、礼儀は完璧っていうギャップがすごいな」


「でしょ? これが“鬼才少女”の本領よ!」


「いや、その“二面性”の方にちょっと恐怖覚えるんだが。裏表ありすぎると怖ぇよ」


「ひどっ!」


くだらないやり取りをしながらも、俺の中では確信が生まれていた。


――この世界でも、俺たちはきっと生きていける。


わからないことを一個ずつ“理解”に変えていく。


俺はノートを閉じ、隣で日傘をくるくる回す冷夏を横目に見ながら、

もう一度、賑やかな大通りへと視線を向けた。


次回は3日以内に上げます

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