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武具と使い手

本編4章4話です

戦闘シーンとか、表現むっず…

4章4話

紙の上に視線を落としても、思考は勝手に脇道へ逸れる。


ラルスの手のひらに浮かんだ、水の球。

範囲、収束、増加。理屈としては理解できる。だが、理解できることと再現できることは、別だ。


――同い年なら、もう“形”を持っている。

当主の言葉が、じわりと胸に残り続けていた。


この街の同世代は、魔法もテーマも、すでに自分なりの型を作っている。才能だけの話じゃない。時間と選択の積み重ね。

俺は遅れている。それは、否定のしようがない事実だ。


そして――冷夏を守るには、足りない。


昨夜の光景が脳裏に浮かぶ。迷い、判断の遅れ、足が止まった瞬間。冷夏が前に出なければ、どうなっていたか分からない。

守りたいと思うほど焦る。焦るほど雑になる。雑になれば、そのまま隙へ直結し、死に至る。嫌な連鎖が、頭の中で何度も回った。


けれど、ここで一つだけはっきりした。


闇雲に、全部を触る。

炎も水も風も土も、とにかく片っ端から覚えていく。――一見、成長しているように見えるだろう。


でも、それじゃ追いつけない。

“形”を持っている相手に、こちらが“形のないまま”策を増やしても追いつけない。知識も集中も分散して、結局どれも中途半端なままになる。完成した“形”に対して、散らばった欠片を投げても勝てない。差は縮まらないどころか、相手の完成度を前に余計に惨めになるだけだ。


なら、決める時は――一つに絞る。

威力の底上げをして、差を少しでも埋めなければならない。焼け石に水で終わらせないために。


今はまだ“どれ”を選ぶかの確信がない。だから決めない。

知識を詰める。戦い方を詰める。失敗の型を知る。選ぶのは、その後だ。


自然と視線が別の棚へ向いた。

武具分類。魔法とは違う、もう一つの“戦い方”。


本を引き寄せてページを開き、ノートに太く書く。

――武具。


武具は大きく三つ、とある。


機械武具。

魔法じゃない。現実の現象を武器に組み込む。磁力、圧縮、反発、歯車……。

要するに「力学を、意図的に増幅する道具」。仕組みを理解していないといけない。原理を誤れば、自分が反動に負ける。


魔法武具。

火や水を噴き出す派手なものもあるが、本質は“補助”。魔法を安定させたり、増幅したり、特定の工程を簡易化したりする。

「本来なら複雑な思考回路が必要な工程を、道具側に肩代わりさせる」

――つまり、知識不足を補える代わりに、道具への依存が増える。便利は、弱点にもなる。


仕掛武具。

変形。複数の形態。剣と鞭、鎌と弓、斧と槍。対応力は高いが、構造が増えるぶん扱いが難しい。切り替えの瞬間が隙になる。


さらに別枠で――宿命呪具、神器。

ページをめくるほど背筋が冷える。歴史を歪める、持つ者を選ぶ、代々の血と骨。今の俺には早い。読むほど現実から遠ざかる。今必要なのは、目の前の生存だ。


ノートの余白に書き足す。

「差を縮めるには?」

「魔法を決めないなら?」

「武具で時間を買う」


武器は嘘をつかない。握った瞬間、重さも癖もごまかせない。だからこそ、使い手の知識と判断、その場の選択が、そのまま結果になる。


そして俺は――武器の扱いだけは、昔から身体に染み付いている。


剣、槍、斧、鎖、弓。

形が違っても根っこは同じだ。重さ、間合い、反動、軌道。読むことならできる。合わせることならできる。

それが、魔法より先に俺の手を動かせる。


――武具だ。

そう、決めかけた。


その時だった。


書庫の外から、空気が変わる。

遠くで、鈍い振動。次いで、警鐘にも似た短い音が一回だけ鳴った。


俺は顔を上げた。

音が、屋敷の呼吸を一瞬で乱す。床の奥から伝わってくる微かな震えが、ただ事じゃないと告げていた。


何かが――来た。


――


異変に最初に気づいたのは、風だった。


庭を抜ける風が、一瞬だけ逆流した。押されるはずの葉が、内側へ吸い込まれるみたいに揺れる。


「……?」


日傘を差したまま、冷夏は足を止めた。

空気が重い。さっきまで澄んでいた匂いに、土と鉄が混じる。


――外だ。


直感に従って、冷夏は庭へ向かう。日傘を深く差し、直射を避けながら芝生を踏む。

そこで見えたのは、装飾のないメイド服の背中だった。低い位置でまとめられた髪。余計な動きのない立ち姿。


――あの子だ。


一度だけ見たことがある。無口で、目を合わせない、メイドの子。

冷夏は、少しだけ迷ってから声をかけた。


「えっと……こんにちは!」


返事はない。

けれど、足が止まった。


「ボク、冷夏。今日からここで働くことになった新人メイドなんだ」


一拍。

風が、また揺れた。


「……アイシャ」


短く、名前だけ。振り返らない。それ以上、言葉もない。


「そっか。アイシャだね。よろしく――」


その瞬間だった。


空が、ぐらりと歪んだ気がした。

青い空を、黒い影が強引に横切る。


羽音――ではない。

空気を削る、硬い擦過音。猛禽の羽ばたきとは違う、何かが“こすれている”音。


冷夏は思わず息を呑んだ。


現れたのは、鳥に似ている――けれど、決定的に違う。

胴は歪に細長く、鱗と羽毛が混ざったような表皮。翼は異様に大きく、羽の縁が鋸のようにギザついている。頭部には鋭いくちばし。そこから濁った息が漏れていた。


(……なに、あれ……)


獣と鳥を掛け合わせた何か。

獰猛で、獲物を殺すことだけに寄せられた輪郭。


次の瞬間、そいつは落ちてきた――というより、狙って降りてきた。

低空で突っ込み、庭の獲物を攫うつもりだ。速度と角度が、それを物語っている。


冷夏の背中に寒気が走る。

――逃げないと。


そう思った瞬間、前に出た影があった。


アイシャだ。


彼女の両手には、両刃の斧が握られていた。左右に一つずつ。

その二本を繋ぐ鎖が揺れ、間にぶら下がるもう一つの斧が宙で静かに位置を取る。三つの刃が、音もなく配置される。まるで「最初からこの形が正しい」と言わんばかりに。


魔物が鋭いくちばしでアイシャを勢いよく叩いた。

突風が庭を薙ぎ、芝と砂利が跳ねる。


アイシャは、正面から受けた。


両手の斧が交差し、衝撃を“受け流す”ように弾く。金属音。

反動で身体が押される――が、その流れを止めない。押された勢いのまま、鎖が大きくしなり、宙に浮いていた斧が“尾”のように振り抜かれる。


遠心力。

重さが、速度に変わる。


刃が、魔物の翼の付け根を裂いた。

空気が、悲鳴みたいに裂ける。


魔物は距離を取ろうとする。空へ逃げる判断は正しい。

だが、遅い。


投げられた斧が追う。鎖が、伸びる。


長さの制限が無いかのようにずっと伸び続ける。

視界から鎖の端が外れた瞬間、距離の概念だけが薄れたように、斧が届く。絡め取られた翼が引かれ、魔物の身体が傾ぐ。


その瞬間、アイシャは跳んだ。


地面を蹴ったのではない。

手元で、斧同士が重なり合う寸前に“反発”する。――その反動が、踏み台になる。

彼女の身体が、空へ打ち上げられる。


冷夏は声も出なかった。


空中で、斧が集まる。

引き寄せられるように重なり合い、一つの塊になる。質量が増えたように見えるのに、軌道はぶれない。鎖が軸になり、重さが遠心力へ変換される。


一閃。


刃が、魔物の胴を縦に割った。

嘴が開いたまま、濁った息だけが抜けていく。


音は遅れてきた。

肉が、骨が、空気ごと断たれる鈍い音。


魔物は崩れ落ち、庭の外れへ叩きつけられる。


静寂。


風が、元に戻る。


アイシャは、何事もなかったように着地し、斧を下ろした。

鎖が静まり、武器は最初からそうだったかのように彼女の手に収まる。


冷夏は、しばらく動けなかった。


「……すご……」


それだけが、やっと出た言葉だった。


アイシャは振り返らない。


「……関わらない方がいい」


それだけ言って、踵を返す。


「でも!」


冷夏は思わず声を上げた。


「助けてくれて、ありがとう!」


一瞬だけ、アイシャの足が止まる。

ほんの僅か、視線がこちらへ向いた。


「……仕事」


それだけ残して、彼女は影の中へ消えた。


冷夏は、日傘の柄を強く握った。


胸がどくどくと鳴っている。怖かった。

でも――それ以上に、目が離せなかった。


(……ハルに、話さなきゃ)


あの武器。あの戦い方。

きっと、今の遥斗が一番知りたがるものだ。


――


庭へ出た時、すでに終わっていた。


石畳の端に、黒い影が落ちている。濡れた羽毛と鱗の塊。生きていたものが、もう動かない形。

俺は“戦い”を見ていない。結果だけを見て、また遅れた。


屋敷の影の方から白い日傘がゆっくり現れる。

冷夏だった。


傘の影に守られた白い肌。息は少し乱れているが、怪我はなさそうだ。

安堵が先に来て、その直後に遅れてきた苛立ちが胸を焼いた。守ると決めていたのに、俺はまた“間に合っていない”。


けれど、その黄金色の瞳は――今まで見たことのない熱を帯びていた。


「ハル……! 聞いて、すごいの見た!」


その一言で、俺はようやく息を吐けた。

そして同時に、心臓が嫌な速度で跳ねた。“すごい”

――その言葉が出るということは、冷夏は戦場の中にいたからだ。


話を聞き終えた俺は、喉の奥が乾いていることに気づいた。


三本の斧。

引き合い、弾き合う力。

距離の制限を無視して、伸び縮みする鎖。


――おそらく、機械武具と魔法武具の併用。

俺がさっき本で読んだ文字が、いきなり“現実”になって叩きつけられた。


そして胸の奥に火がつく。


誰かが、二つの武具を同時に扱い、そこまで“形”にしている。


焦りが喉を締める。

でも、焦っても意味がない。


だからこそ――やっぱり、魔法は一つに絞る必要がある。

闇雲に能力を増やしても、差は埋まらない。完成された“形”に対して、こちらが“散らばった欠片”を投げても勝てない。

決めるなら、深く。深く決めて、底上げして、差を削る。


俺は落ちている魔物の死体を見た。

嘴が開いたまま、焦点を失っている。割かれた胴の隙間から、濁った息の名残がほどけていく。


「……すげぇな」


声に出して、やっと現実になった。


冷夏が日傘を少し揺らし、ニヤッとする。


「でしょ? でしょ? ボク、鳥肌立ったもん。……ハル、見てないのがもったいない!」


俺は自分の手を見下ろした。

この手はまだ、文字の中にいる。


戦える準備はしてきたつもりだった。

けど、この世界の“当たり前”に触れた瞬間、それがただの慢心だったと分かる。


冷夏が息を弾ませる。


「ねえ、ハル。アイシャって子、たぶん、武具の人だよ。すっごい武具の人!」


……武具の人。

その言い方が妙に刺さった。


「会えるのか?」


「うん。さっき影の方に消えた。追いかけたら怒られそうだから追ってないけど」


「……十分だ」


俺は決める。決めた時は迷わない。


武具を知る。あの戦い方を理解する。

そして俺の“形”を作るための材料にする。


まずは、言葉より早く動く手段を。

魔法を決めるまでの時間を、武具で稼ぐ。


冷夏が傘を畳みながら言う。


「ボクさ、ハルに話したら、絶対こうなるって思った」


「どうなるって」


「……目がマジになる」


図星で、笑えない。


その時、屋敷の奥から執事の声が飛んだ。後始末の指示。使用人たちが動き出す。庭の空気が、また“仕事”に戻っていく。


冷夏が一歩引いて、俺の顔を覗き込む。


「ねえ、ハル。今日、何する?」


俺は答えをもう持っていた。


「アイシャに手合わせを頼む準備をする」


冷夏の顔がぱっと明るくなる。


「やっぱり! ね、ね、ボクも一緒に行く! アイシャにまた話しかける!」


「日傘忘れるなよ」


「言われなくても〜!」


軽口の裏側で、俺は拳を握り直す。


魔法は、まだ決めない。

テーマも、急がない。

でも、戦う準備は今ここでする。


知識と意志。

そして、武器。


次が来る前に――俺は、負けないための戦い方を掴みにいく。

――そのために、まず“武器”を、俺の言葉で理解する。


その頃、馬車の中。

ラルスは膝の上で手を組んでいた。失敗を報告するという行為が、どれほど勇気を要するか。視線が、言葉以上に刺さることを、今になって理解している。


そこへ、無邪気な声が割り込む。


「ししょー! 早く会いたい!」


ラルスは、思わず小さく息を漏らした。

その笑みは柔らかいのに、胸の奥に硬いものが残っている。


――大丈夫だろうか。

――この先、何も起きなければいいが。


願いに似た不安を抱えたまま、馬車は揺れながら進んでいく。

次回は5日以内に投稿します

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