組織と知識
本編4章3話です
まーじて追いつけない……
ストック無いの辛い
4章3話
朝。
噴水の音がどこかで一定に鳴っている。
屋敷の朝は、号令ではなく“気配”で始まる。廊下から伝わる足音、静かに閉まる扉の音、布が擦れる気配――起きている者たちが、眠る者の世界を壊さないまま仕事を始めていく。
カーテンは半分だけ閉じられていて、朝日が細い筋になって部屋へ落ちていた。
俺は身を起こし、包帯の引きつりを確かめる。痛みはあるが、動ける。この程度なら、親父や兄貴との稽古に比べればなんてことはない。
トントン――
「ハルー、起きてるー?」
返事をする前に、ノブが回った。
「じゃじゃーん」
現れたのは――冷夏だった。
メイド服を着て。
黒と白を基調にした、クラシカル寄りのメイド服。
胸元のフリルが幾重にも波打ち、淡いリボンがその中心で結ばれている。胴はコルセット調でくびれ、スカートは多層フリルでふわりと広がる。丈は膝より少し上――絶対領域が容赦なく主張していた。太腿にはガーター。白いストッキングの上で、黒いリボンが小さく揺れる。
白銀の髪は丁寧に整えられ、ヘッドドレスと黒いリボン。
金木犀みたいな瞳が朝の光を拾い、妙に透けて見えた。
……不意打ちが過ぎる。
「なにその顔〜、固まってる」
冷夏は、俺をからかうような表情で煽ってくる。
「いや……あまりに不意打ちすぎるんだよ!
なんだよ、その格好は!」
「見ての通り、メイドさんだよ!
昨日の夜、事件の報告するって言ったじゃん? その時にちょうど、婚約する年の使用人が多くて人手不足になっちゃったんだって。だからボクが働くことになったのだ!」
「なるほどな。理由は理解した。
だが、その姿に慣れるには時間が必要だな」
そう言って、俺は目線を逸らす。
慣れない、大胆すぎる姿に、顔が熱くなるのを嫌でも感じてしまった。
「なーに? ハル〜。
令嬢から立場が変わったからって、変な想像でもした?」
「んなわけあるか!!
てか、そういう言い方するな!」
俺が言うと、冷夏はわざと一歩近づき、スカートの端をつまんでくるりと回った。
フリルが浮き、俺の理性が一瞬だけ置いていかれる。
「ほら〜、見てる!」
「見せつけたんだろーが!」
「ハル、顔に出るタイプだもん。
可愛いヤツめ〜!」
得意げに笑って椅子へ腰掛け、脚を組む。
その動作が自然すぎて、余計に危ない。
その瞬間、窓から強い光が差し込んだ。
冷夏は反射的に一歩、影へ退く。俺はすぐにカーテンを引き、日差しを遮った。
「その体質で大丈夫なのか?」
「うん。室内だけなら平気!
窓からの直射日光だけ気をつければいいの。そこは配慮するって条件だから」
軽い口調のまま、弱点を隠さず、対処は速い。
こいつは、ちゃんと事故が起きないように手を打っている。
「で? その格好で何しに来た」
「見せびらかしに」
そう言って、冷夏は堂々と胸を張る。
「堂々と言うなよ」
「冗談だよ〜。執事さんに朝の段取り教わってるの。
あと、ハルの様子も見てこいって」
包帯へ視線が落ちる。
笑いが一瞬だけ薄くなるのを、俺は見逃さなかった。
「動ける?」
「ああ、もう平気だよ」
「平気って言うやつほど無茶するんだよねー」
額を指でつつかれる。
軽いのに、妙に優しい。
そこへ、もう一度ノックが入った。
「失礼いたします」
扉の隙間から顔を覗かせたのはラルスだった。
淡い室内着に、緩くまとめた髪。穏やかな雰囲気のまま、目だけはしっかり覚めている。
冷夏の格好を見て一拍止まり、すぐに柔らかく微笑んだ。
「……冷夏さん、とてもお似合いです。
可愛くて、素敵ですよ!」
「でしょ? ラルスも着る?」
「えっ……い、いえっ……!
私はそういう服、似合いませんので……!」
頬がほんのり赤い。
しっかり者なのに、こういうところは素直だ。
ラルスは咳払いをして話を戻す。
「本日は父が、お二人に正式なお話を。
昨夜の件についてです。……応接間へ」
⸻
応接間の空気は、廊下より少しだけ冷たい。
当主――ラルスの父は、すでに席に着いていた。
壮年で背が高く、姿勢が崩れない。華美な装いはないのに、場が締まる。威厳というやつだ。
「私がここの当主である。
――ヘンリー・アストリアだ。
昨夜は娘を救ってくれた。礼を言う」
当主は深く頭を下げた。
俺も冷夏も、一瞬固まる。貴族の礼は重い。
「いえ、俺たちは人として当然のことをしたまでです」
日本人の反射で返した言葉だった。
だが、当主から返ってきたのは予想外の反応だった。
「その怪我をして“当然”の行いとするのは……
危ういと感じざるを得ないな」
当主はそのまま、報告書へ指を置く。
「今回の件を、単なる詐欺だと思うな。
治安資金は“ある組織”に吸われていた。回収と返金は確保したが――
騙せなくなった連中は、言葉を使わず、暴力で来る」
冷夏の背筋が、わずかに固まる。
当主の視線が冷夏へ向く。
「レイカ殿。場を動かした判断の速さは評価する」
「えへへ、褒めてる?」
「褒めてはいない」
声が硬くなる。
「ただし、挑発は死に繋がる。
助けに入ったこと自体は感謝するが、相手を煽った瞬間、
勝てるかより先に、生き残れるかの勝負になる」
冷夏は唇を結び、視線を落とした。
反論しない。理解している顔だ。
当主は俺へ向き直る。
「ハルト殿。身を張ったことは評価する。だが能力が未熟だ」
図星で、腹の底が熱くなる。
「昨日、レイカ殿から聞いた。
テーマはおろか、魔法や武具についても無知とのことだな」
俺は露骨に反応してしまう。
この世界には、まだ知らない致命的なものがある――その事実が突き刺さる。
「この街の子は、幼少より魔法を学ぶ。
お前たちと同い年なら、すでに“自分の形”を持っている者が多い」
ラルスが静かに頷いた。
「もう体は動かせるか?」
「はい」
「そうか。だが負傷者を働かせるほど、この家は堕ちていない。
まず治せ。――そして、知れ」
当主は鍵束を机へ置いた。
「書庫の出入りを許可する。持ち出しは禁止。
読むなら使用人を通して記録を残せ」
そして視線をラルスへ戻す。
「ラルス。返還金の受け取りに行け。
お前が報告し、お前が回収する。
上の者として失敗を報告するのは勇気がいる。隠したくなる。
だが隠せば、繰り返し、いずれ致命的な弱点となる」
ラルスは背筋を正し、はっきりと頷いた。
「……はい。父上。行って参ります」
当主は最後に、俺へ言った。
「力は、知識と意志で決まる。
持ち始めたなら、手放すな。――死ぬな」
短い一言が、命令のように胸へ落ちた。
「……はい」
⸻
「書庫へ行きましょう」
応接間を出たところで、ラルスが言った。
「出発まで少し時間があります。
最低限、私から基本的な知識を説明します」
書庫は屋敷の奥、石造りの古い棟にあった。
扉を開けると、紙とインクの匂いが押し寄せる。窓はなく、ランタンの光が柔らかい。
冷夏が、ほっと息を吐く。
「ここ、落ち着く。光が優しい」
「貴重書のために、あえて暗くしているんです。
……結果的に、冷夏さんにも優しいですね」
執事が鍵を差し出し、一礼した。
「書庫の鍵です。書は財産であり、武器でもあります。扱いは慎重に」
「武器……」
「知識は、刃より早く人を殺し、救います。必要な棚があれば案内します」
それだけ言い残し、執事は静かに下がった。
ラルスが机に三冊の本を置く。
「順番はこれで。
魔法概論、武具分類、そして――テーマの入門です。短くまとめます」
俺は頷き、冷夏も椅子へ座った。
「まず魔法。
これは思考回路――つまり、考える力を元に、想像を具現化させるものです」
「魔力とかマナを使うわけじゃないんだね」
「マナ? 異国ではそう言うのですか……。
主に使うのは集中力と知識です。基本要素は四大元素――炎・水・風・土。派生はありますが、根は同じです。
詠唱は想像を補強するために使う人もいますが、内容を晒す分、対策されやすく、不利になるため基本は使いません」
ラルスは簡単な図を描いた。
「集中し、知識を元に想像し、具現化する。
それによって炎や水を生み出します。
一つに絞れば力は強まり、多く扱えば汎用性が高まります。
ただし、知識量が追いつかないと、思考回路が焼き切れます」
「焼き切れるって?」
「考えすぎて処理が追いつかなくなることです。
そうなると集中力が切れ、不発になります」
「テストで式が長すぎて、何やってたか分からなくなる感じか」
「……否定しません」
ラルスは小さく笑って続けた。
そして一度、指を止めた。
「……説明だけでは分かりづらいですね。
少し、見せます」
ラルスは椅子から立ち、手のひらを胸の前に掲げた。
「まず、“範囲”を決めます」
空気が、わずかに震えた気がした。
目を凝らすと、ラルスの手のひらを中心に、透明な歪みが生まれる。
「空気中には、目に見えない水分があります。
まずはそれを集める“場”を作るんです」
ランタンの光が、微かに屈折する。
冷夏が目を丸くした。
「……なんか、空気が寄ってきてる」
「はい。次に“収束”。
集めた水分を一点に寄せます」
ラルスの指が、ゆっくりと閉じられる。
すると、手のひらの中心に、小さな水滴が生まれた。
「最後に増える事をイメージ。
集めた水分によって空気中の温度が下がり、
水分が凝結し、集めた水と結びついて量を増やします。こうして――」
水滴が、ふるりと震え、球状に膨らんだ。
透明な水の球が、ラルスの手のひらに静かに浮かぶ。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
「これが水魔法の基本です。
範囲、収束、増加。知識があれば、より大きく、より安定させられます」
ラルスは手を傾け、水球を机上の皿へ落とした。
音も立てず、ただの水に戻る。
「……派生としては、圧縮して刃にしたり、霧状にして視界を奪ったりもできます。
ですが、まずは“再現性”が最優先です」
「再現性?」
「同じ現象を、同じ強さで出せること。
曖昧な知識やイメージでは、結果が安定しません」
「……つまり、知ってるほど強いってことか」
口に出してみて、腹の底が少しだけ冷えた。
昨夜の“理不尽”が、ただの運や勢いじゃなく、積み上げの差だったのだと改めて分かる。
ラルスは頷いた。
「はい。知っているほど、迷いが減ります。迷いが減れば、再現できます。
ただし、要素を詰め込みすぎると集中力を無駄に消耗します。そこは慎重に」
次に、武具分類のページを開く。
「武具は武器の延長です。
機械武具、魔法武具、仕掛武具。
それとは別に、宿命呪具と神器があります」
冷夏の目が輝いた。
「杖とかも魔法武具?」
「はい。魔法を増幅・安定させる道具です。
可愛いものも多く、女性に人気ですね」
「可愛い要素は大事だよね!
さすが異世界、分かってる〜!」
ラルスは苦笑しつつ、最後の話題へ移る。そこで表情が引き締まった。
「そしてテーマ。
――これは、他人に無理に聞いてはいけません」
「マナー?」
「それ以上です。情報戦で致命的になります」
ラルスは指を一本立てた。
「テーマは、自分固有の魔法を作る鍵です。
焦る必要はありませんが、考えることは怠らないでください。
“何をしたいか”が曖昧なままだと、魔法も曖昧になります」
俺は小さく息を吐いた。
「……分かった。急がない。ただ、止まらない」
「はい。それで十分です」
廊下の方から声が掛かる。
護衛の準備が整ったらしい。
「返還金の受け取りに行ってきます。戻ったら、続きを整理しましょう」
ラルスはそう言って一礼した。
その所作はいつも通り丁寧なのに、背中だけが少し硬い。重い役目を、逃げずに背負っているのが分かる。
「気をつけて」
俺が言うと、ラルスはほんの少しだけ口元を緩めた。
「はい。ありがとうございます」
「行ってらっしゃーい。帰ったら報告会ね」
「ふふ。ありがとうございます」
ラルスが去り、書庫に残るのは俺と冷夏、静かな紙の匂いだけだった。
冷夏が机の端を指で叩く。
「ね、ハルの今日の目標」
「何だ」
「“死なない知識”を十個。――まずはそこから」
「現実的だな」
「現実が一番強いからね」
俺はペンを取った。
ページをめくる音だけが、書庫に細く響く。
冷夏は軽く手を振り、影の多い廊下へ溶けるように消えた。
知識と意志。
どちらも、ここで鍛える。
次が来る前に――
俺は、武器を作る。
次回も頑張って3日以内に仕上げます……
応用して




