盟誓と密接
本編4章2話です
ちょっと待て……なんか他の作品章ごと話数で分けれてるんだけど…やらかしたか、これ
4章2話
夜。
夢の中で、また炎が走った。
詠唱も、構えもない。ただ腕が振られ、世界が赤く塗り替えられる。
そして、あの一瞬の“遅れ”が、そのまま残酷な結果へと変わっていく。
手を伸ばしても届かず、
守れないまま、消えていく。
「……っ」
息を吸い、目を開けた。
天井は白く、装飾の影が薄く揺れている。夢だと分かっても、心臓の速さはすぐには戻らなかった。
焼けた肩と胸が、じわりと疼く。
痛みというより、熱の記憶だけが皮膚に残っている感覚だ。深くはないと医師は言っていたが、戦いの余韻は簡単に消えてくれない。
――トントン。
ごく軽い音。
この屋敷の夜の静けさを壊さないように、わざと遠慮しているみたいな叩き方。
「……起きてる?」
冷夏の声だった。
昼間の軽さを削り、夜に合わせて落とした低いトーン。
「起きてる」
「入るよ」
ドアがわずかに開く。
廊下の灯りが細い線になって差し込み、すぐに消えた。
冷夏は部屋に足を踏み入れると、音を立てないようにドアを閉める。
昼間とは違う簡素な部屋着。ほどいた白銀の髪が肩に落ち、灯りを吸って淡く光った。
それだけで、昼とは別の人みたいに見えた。
「どうしたの。息、荒いけど」
なにか察したように、冷夏が小さく首を傾げる。
「悪夢を見た」
「……そっか」
それ以上は聞かない。
内容は、きっと想像がついている。
冷夏はベッドの脇まで来て、俺の肩口に視線を落とした。
「……まだ、熱い?」
「じんわり、な」
返事を待たず、冷夏は一言も言わずに指先を伸ばした。
焼けた皮膚の縁に、そっと触れる。
確かめるというより、そこにある事実を受け取るみたいな触れ方だった。
思わず、息が浅くなる。
痛みよりも、距離の近さのほうが意識に引っかかる。
「……やっぱり」
冷夏はそれだけ言って、少しだけ指を動かした。
火傷の境目をなぞるように。
「ラルスがね」
視線を落としたまま、続ける。
「自分のせいだって顔、してた」
「……だろうな」
「でもさ」
一拍、間が空く。
「ハルも、同じ顔してた」
その言葉が、胸に落ちた。
「守れなかった」
「……守ってくれたよ。
現に、私もラルスも無傷だった」
「それは身体だけの話だ。心配という形で、俺は冷夏を傷つけてしまった。
そんな表情をさせているのが、その証拠だ」
冷夏は何も言わない。
ただ、指先だけがほんの一瞬、止まった。
「私、割り込んだでしょ」
「……」
「場を動かすって決めたのは、私」
「その結果、ハルが燃えた」
「それは俺の判断ミスだ」
「違う」
冷夏は、はっきり言った。
「私が、無理を押し付けた」
ようやく視線が合う。
金木犀みたいな瞳が、夜の灯りを映して揺れている。
「全部読めてたわけじゃない。
でも……“考えてれば”って思考が、まだ頭から離れない」
その言葉の重さに、場が静まり返る。
普段は太陽みたいに明るい冷夏が、
ここまで責任を引きずっている。
それだけ、今回の出来事が重かったということだ。
だが、あの時冷夏が取った策は、
俺の目線では最善だった。結果論も含めてにはなるが。
「魔法の存在は、何となく予想してた」
俺の声が、静けさを溶かす。
頭を掻きながら、そのまま続けた。
「でも、詠唱も前兆もなかった。
だから、考えて動いても不意を突かれた。
……それを思えば、ここで治療を受けられてる今が、最善だ」
冷夏は、すぐには笑わなかった。
視線を落とし、
指先で自分の服の裾をつまむ。
「……また、同じことするかもだよ」
小さな声だった。
「考える前に、身体が動いて。
それで……また、ハルを危ない目に遭わせるかも」
試すでも、責めるでもない。
ただ、事実をそのまま置いただけの言い方。
「分かってる。だから、俺がいる」
俺ははっきりと答えた。
冷夏が、少しだけ顔を上げる。
「この世界に合わせて、すぐ守れる力を身につける」
一拍。
冷夏は、息を吐いてから――
ようやく、いつもの表情を取り戻した。
「……そっか」
それから、少しだけ照れたように笑う。
「えへへ……ありがと、ハル」
一歩、距離を詰めて。
「じゃあさ」
「ちゃんと、ボクが我儘できるようにしてね」
「任せろ」
それは命令じゃない。
冷夏の純粋さから来るお願いだ。
幼い頃に交わした軽い約束みたいで、
それでいて、重い決意の誓いのような言葉。
「あとさ……」
冷夏が、俺の目を見る。
「頼りなくてもいいんだよ」
「……それは」
この世界に来てから、ずっと胸に引っかかっていた言葉。
守ると言いながら、冷夏の後ろしか歩けず、
傷ついた自分が、恥ずかしくて、情けなくて。
だが、冷夏はそれを否定しない。
「いいの」
静かに、言い切る。
「じゃないと、ハルは無理して潰れる」
ほんの少しだけ、笑った。
声じゃなく、気配で分かる笑い。
「頼りないままでも、
ちゃんと守ってくれたでしょ」
指先が、胸元に近づく。
火傷を避けながら、距離だけを詰める。
「……心配だったよ」
一拍置いて、
「でも、かっこよかった」
その言葉と表情に、俺の呼吸が浅くなる。
「泥くさくていいならさ」
間が、落ちる。
「一緒に、泥だらけになればいいじゃん」
その言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。
(……ああ)
ようやく腑に落ちる。
完璧なシナリオをなぞるわけでなく、
ただ強くいることでもない。
転んでも、汚れても、
それでも一緒に前へ進むこと。
冷夏が求めていたのは、最初からそれだった。
指が、ゆっくりと離れる。
残ったのは、熱と、かすかな余韻。
「だからさ」
少し照れたように視線を逸らして、
「ハル、今は頼りなくてもいい。
でも……すぐ、守れる側になるんでしょ?」
「ああ、絶対に。
そのためなら、なんだってやってやる」
「うん!」
冷夏は満足そうに頷いた。
「じゃあ私は、その前を進んで、ちゃんとハルを照らすね!」
「それが一番助かる」
夜の静けさが、部屋に戻る。
窓の外では噴水の音が、一定のリズムを刻んでいた。
冷夏は立ち上がり、くるりと振り返る。
その仕草さえ、夜の中ではどこか色を帯びる。
「……ちゃんと休んでね、ハル」
「分かってる」
甘えるためじゃない。
戦うために、休む。
目を閉じると、背中にまだ冷夏の気配が残っていた。
それは、誰かに与えられた役目じゃない。
自分で選んだ、境界線だ。
守る場所は、ここだ。
泥だらけになっても、守り抜くと決めた場所だ。
噴水の音が、ゆっくりと遠ざかっていく。
――安心とともに、胸の奥に残っていた熱も、静かに引いていった。
次回は3日以内に出します




