観察と対象
本編2章4話です
ストックが……ない……
2章4話
「じゃ、とりあえず服屋の“偵察”からだな」
「いきなり突撃じゃないんだ?」
「当たり前だろ。まず“このブレザーならいくらになるか”の相場を知らなきゃ勝負にならない」
俺と冷夏は、大通りから一本外れた通りへ足を向けた。
そこは布屋や仕立て屋が並ぶ、いかにも“衣装通り”といった雰囲気の路地だった。
軒先には洗いたてのシャツやローブが吊るされ、店頭のマネキン代わりの木枠には、ジャケットやドレスがかけられている。
「おぉ……衣装街って感じだね!」
「声のトーン半分にしろ。今は観光じゃなくて市場調査だ」
「はーい」
口では素直に返事をしつつ、冷夏は日傘をくるくる回すのをやめない。
まぁ、それ自体が怪しいわけでもないので放置する。
俺は店ごとにさりげなく足を止め、店内と客とのやり取りを観察していった。
身なりのいい男が、金糸で刺繍されたジャケットをカウンターに置く。
店主が布をつまみ、縫い目を確認し、何やら言い合ったあと――銀貨が数枚、音を立ててカウンターを滑る。
別の店では、くたびれたローブを抱えた少年が、青銅貨を数枚手にして肩を落としていた。
(……なるほどな)
「ハル、何かわかった?」
「さっきの刺繍入りのやつ、買取で銀貨五枚だったな」
「おお、見てたんだ」
「生地と縫製のレベルで見れば、俺達のブレザーもあれと同格か、それ以上だ。
“このブレザーなら、一着銀貨五枚くらい”――それが妥当な線だな」
濃紺の上質な生地。
光の角度で静かに艶を返し、縫い目は細かく揃っている。
ボタンの位置も、シルエットの出方も、制服なのにやたら優秀だ。
現代でも、学校の制服ってのは仕立てがいい。
式典にそのまま着ていっても浮かないレベルだ。
……つまりここでは、“貴族服”としての価値は十分にある。
(問題は――
その価値をどれだけ上積みできるかだ)
そこから先は、実際に何件か店を回った。
一件目。
細身で無愛想な老店主の店。服の状態チェックには厳しそうだが、値段ではまず折れなさそうだ。
二件目。
若い夫婦がやっていると思しき、小綺麗だが少し疲れた雰囲気の店。
悪い人間ではなさそうだが、店の雰囲気から資金の余裕はあまり感じない。
三件目。
「……あ」
冷夏が、あからさまに嫌そうな声を出した。
分厚い腹をカウンターに乗せるようにもたれかかり、
油で固めた後ろ撫での髪をしている中年男が、だらしなく笑っている。
白いシャツはボタンが危うく、胸元まで開いている。
太い指には金の指輪。
そして、若い女性客が入ってくるたび、
その視線が胸元と腰回りばかりをねっとりと往復する。
「うっわ……ああいうオヤジ、マジで苦手……」
「……まぁ、俺も無理だな」
ただ――見ていれば分かる。
財布には余裕があり、
“欲しいもの”に対しては、金払いが良い。
(女にも、上質な衣服にも、だ)
「冷夏」
「やだ」
即答。
「まだ何も言ってねぇだろ」
「言わなくても分かるもん!
『あの、どう見てもやらしいオヤジの店で売れば、高く買い取ってくれそうだな』って顔してる!!」
「顔でそこまで読み取るな……いや、半分くらい正解だが」
「半分じゃないでしょ、ほぼ全部でしょ!
こーんなに、いたいけな可愛い女の子を、あーんなやらしい目したオヤジの前に立たせて交渉しろって言うのか!!」
「こういう時に限って人の心を読む能力が異常なまでにいいな……」
とはいえ、言いたいことは分かる。
俺は一度息を吐き、真面目な口調に切り替えた。
「あそこが一番“金払いが良い”のも事実だ。
それに、“欲しいもの”に対しては、あいつは絶対に出し惜しみしないタイプだ」
冷夏は唇を噛み、日傘の柄をぎゅっと握る。
「何かあったら、すぐ止める。何かされそうになったら、俺が前に出る。
店の中には俺も一緒にいる。視線は切らさない」
俺は冷静に、けれどはっきりと言う。
「冷夏だけにリスクを押しつける気はない。
何かが起こる前に俺が対処するし、失敗したってその後の事は俺が考える」
しばしの沈黙。
冷夏は日傘の影に視線を落として、小さく息を吐き――
「……わかった。やる。やんなきゃいけないのは分かってるし」
顔を上げた時には、いつもの調子を少しだけ戻していた。
「でも! ボクがめちゃくちゃ頑張ったら、ちゃんと褒めてよね!」
「そこは保証する」
拳を軽くコツンと合わせ、作戦確認。
1.俺が先に店に入り、“普通の客”として安全確認
2.問題なければ店内に残り、“別の客”として冷夏を見張る
3.冷夏がブレザー二着をカウンターに置き、「セルト(売る)」とだけ告げて交渉開始
目標金額は、予想相場(一着銀貨五枚×二)――銀貨十枚。
「……行くか」
「……うん」
冷夏の返事は、少しだけ硬かった。
みんな年末年始は暇か?
暇なら頑張って作って上げる
そう感じたらだけど……




