表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋人『役』の刺繍令嬢ですが、気づけば王子の最愛になっていました  作者: 星名柚花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/38

09:刺繍と愚痴と

 寮に帰って夕食と入浴を済ませた後、私は針を手に取った。

 ラディアス殿下の紋章を確認し、銀と青の刺繍糸を用意する。

 刺繍糸で狼を描くのは、なかなかに難しそうだ。


 しかし、私はリース男爵家で家中のありとあらゆる布に刺繍してきた。

 厳しい令嬢教育のストレス解消を兼ねて、暇を見つけてはチクチク縫ってきたのだ。

 私の腕前は一流の針子にも負けないと、お母様にもお墨付きをもらっている。


 ひと刺し、ひと刺し、丁寧に。

 ラディアス殿下が喜んでくださることを祈りながら、手本となる図案通りに刺していく。


 椅子に座って読書中のベル姉様が、ちらっと私を見た。

 でも、声はかけてこない。私の集中を乱さないように気を遣ってくれている。


 ダルモニア魔法学園の寮は基本的に二人部屋だ。

 上級貴族の子女は個室だけど、私たちは下級貴族だから贅沢は望めない。

 でも、同室がベル姉様だったのは救いだった。

 ベル姉様ならば、同じ空間に居ても苦にならない。


「――よし。できた」

 枠から外し、全体を広げて確認する。

 うん、図案通り。完璧です。


「できあがったの?」

 歩み寄ってきたベル姉様に、無言でハンカチを手渡す。

 ベル姉様は私の刺繍をしげしげと見つめて、感嘆の息を漏らした。


「凄いわ。また腕を上げたわね。こんなに難しい図案を、こんな短時間で……」

「ふふふ。元・針子の娘ですから」

 私は胸を張った。


「ラディアス殿下に差し上げるの?」

 私にハンカチを返しながら、ベル姉様が問いかけてきた。


「うん。恋人役を引き受けたからには、恋人らしいことをしようと思って」

 ハンカチを受け取って畳み、机に置く。


「ユミナは真面目ね。きっとラディアス殿下も喜ばれるわ」

「……そうだといいんだけど」

 小さくため息をつくと、ベル姉様の表情が心配そうに曇った。


「どうしたの?」

「……ねえ、ベル姉様。そのときは聞き流すことができたけれど、後になって思い返すと、改めて不満や怒りがこみ上げてくることってない?」

「ああ……何が言いたいかわかったわ。ユミナが引っ掛かっているのは、昼間のラディアス殿下の発言ね?」

 ベル姉様は苦笑した。


「そう。お前『で』いいって何? お前『が』じゃなくて、お前『で』いいって! 嫌だけど仕方なく、お前で妥協してやるから感謝しろってこと? 何でそんな上から目線なの!?」

 憤懣やるかたなく立ち上がり、私は自分のベッドに座った。


「いや、王子様だから上から目線で当然なんだけど! 文句なんて口が裂けても言えないんだけど! でもでもっ、やっぱり腹が立つ! 私はこれからラディアス殿下を守る盾になるのよ!? ファン全員に恨まれ、平手打ちされる覚悟で恋人役を引き受けたのよ!? 私が背負うリスクの大きさをわかってるの!?」

 べしべしと枕を叩く。


「これがセルジュ殿下だったら社交辞令でも『君しかいないんだ』って言ってくださったでしょうに! 脳が蕩けるほど甘い言葉を囁いて、俄然やる気にさせてくださったでしょうに! なんでラディアス殿下は気が利かないの!? 私だってセルジュ殿下に頼まれて仕方なく引き受けたんだからね! 自分が望んだわけじゃないんだからね! そこのところ勘違いしないでよねっ!」


「……そうね。あの発言は失礼よね。私も気になってはいたのだけれど、王族に意見することなどできなかったの。ごめんなさい。私ったら、ユミナの気持ちも考えず、無責任に『頑張れ』なんて言ってしまって……」

 俯くベル姉様を見て、私は慌てた。

 ベッドから下り、大急ぎでベル姉様の背中に腕を回す。


「謝らないで、ベル姉様は何も悪くないわ。相手は王子だもの。不興を買ってしまったら、どんな目に遭わされるかわかったものじゃない。ベル姉様の行動は何も間違っていないわ」

 言いながら、私はベル姉様を自分のベッドの縁に座らせた。私も隣に座る。


「でも、ユミナ。私はあなたの気持ちも尊重したいの。あなたが嫌なら、私は――」

「いいえ、ベル姉様」

 私はベル姉様の発言を遮り、ベル姉様の白い繊手を握って訴えた。


「恋人役をやめるつもりはないわ。恋人役をやめるのは、ラディアス殿下が私を『役立たず』あるいは『不要』と判断されたときだけよ。昨日の今日で『やっぱりやめたい』なんて言ったら、両殿下の私に対する心証が悪くなる。下手をすればリース男爵家まで悪く思われるかもしれない。それだけは絶対に嫌なの」

 庶子である私を、お母様は愛をもって育ててくれた。

 ベル姉様もそうだ。ある日突然できた異母妹を心から愛し、慈しんでくれた。

 私のせいでお母様たちが不利益を被るなど、絶対にあってはならない。それは許せないことだ。


「……でも……」

 ベル姉様は、まだ何か言いたそうな顔をしている。


「大丈夫よ、ベル姉様。つい甘えて愚痴ってしまったけれど、ちゃんとやるから。生粋のご令嬢とは違って、庶民上がりの私は逞しいの。たとえどんなに理不尽な目に遭おうと、耐え抜いてみせるわ」

 ベル姉様の手をさらに強く握って、私は笑ってみせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ