07:王子様の恋人役!?
「――お待ちください」
声を上げた私に、全員の視線が集中する。
「ラディアス殿下から袖にされた直後にセルジュ殿下に乗り換えようとした女性がいたのは事実なのでしょう。けれど、そうではなかった女性がいたのもまた事実ですよね? 中には本気でラディアス殿下をお慕いしていた女性もいたと思います」
「何を根拠にそんなことが言える」
射殺されそうなほど強いラディアス殿下の視線に怯みそうになる。
でも、私はぐっと腹の底に力を込めた。
負けじと、ダークブルーの瞳を睨み返す。
「根拠はありません。しかし、それはラディアス殿下も同じでしょう? それとも、ラディアス殿下は他人の心を覗く能力や魔法をお持ちなのですか?」
ラディアス殿下は歴代の王族の中でも飛び抜けた魔力を持ち、魔力測定の際には測定器を壊したという逸話を持つお方だ。
『先祖返り』とまで言われる殿下ならば超高難易度とされる精神系魔法を使えてもおかしくないけれど、無言で唇を結んだことからして、どうやら使えない(もしくは使ったことがない)らしい。
良かった。魔法を使って相手の心を確かめたと断言されてしまったら、もう何も言えなくなってしまうところだった。
内心ホッとしながら、私は畳み掛けた。
「お願いします。人の心を決めつけるのは止めてください。近づく人全てが肩書きしか見ていないなんて、そんなわけがありません。肩書きなど関係なしに、殿下を愛する人は必ずいます。殿下が王子だからではなく、殿下だから好きなのだと仰る女性が、必ずどこかに――」
「綺麗事を吐くな。不愉快だ」
ぴしゃりと言われた。
「……申し訳ございません」
縮こまって顔を伏せる。
「……。お前は本当にうるさい奴だ」
ややあって、ラディアス殿下の声がした。
恐る恐る顔を上げると、ラディアス殿下は見事な仏頂面。
でも、どこか気まずそう。強く言い過ぎたと後悔しているようにも見えた。
「え? 『本当に』うるさい、とはどういうことでしょう? 私とラディアス殿下と言葉を交わしたのはいまが初めてですよね?」
自分の行いを振り返ってみるけれど、特に教室や廊下で騒いだような覚えはない。
気心知れたナタリー様やベル姉様と二人きりのときを除けば、頑張って淑女らしく振る舞っていたつもりだ。
「何のつもりか知らないが、お前は授業中や休憩中、チラチラおれを見てきただろうが。あれだけ何度も見ておいて、気づいていないとでも思っていたのか」
「!!」
見てたの、バレてた!!
うるさいって、私の視線のことだったのね。
「ほう?」
セルジュ殿下、何故そこで興味深そうな顔をするんですか?
「まあ……ユミナったら、そうだったの……」
ベル姉様も『あらあらまあまあ』という顔をしないでお願い!!
「ちっ、違います!! 殿下はよく体調を崩されるから、大丈夫だろうかと心配して見ていただけです!! 決して他意はありません!!」
血が団体で頭に上るのを感じながら、私は超高速で首と手を横に振った。
「失礼ながら、殿下が『寄るな・触るな・声をかけるな』という三拍子揃った凄まじい圧を放っておられましたので! どんなに心配でも声をかけず、ただ遠くから見ているだけに留めていたのです! いざというときは駆けつけるつもりでした!」
「……お前、本当に失礼だぞ。よく本人の前でそんなことが言えるな。おれが王族であることを忘れてないか?」
ラディアス殿下は完全な呆れ顔だけど、セルジュ殿下は笑っている。
「ラディのことを気にかけてくれてありがとう。ユミナ嬢ならラディが嫌がることはしなさそうだね。気に入ったよ」
セルジュ殿下はニコニコしながら言った。
「ユミナ嬢を見込んで、ひとつ頼みごとをしたいのだけれど。聞いてもらえるだろうか?」
「どうぞ、私でお役に立てることがあれば。何なりとお申し付けください」
セルジュ殿下直々の頼みを断るなんてありえない。
期待以上の成果が出せれば私の評価が、引いてはリース男爵家の評価も上がるだろう。
――どんな無茶な『頼みごと』であろうと、全力で完遂しなければ!
「ラディは自分に好意を向けてくる女性たちの対処に困っているようだからね。ラディの言うところの『虫よけ』の役割をお願いできないだろうか」
「虫よけ?」
「ラディアス殿下の偽の恋人のフリをしてほしいということよ。恋人がいれば、近づく女性はぐっと減るでしょう?」
察しの悪い私に、ベル姉様が教えてくれた。
「ベロニカ嬢は理解が早いね」
セルジュ殿下は微笑んだけれど、私は唖然とするしかない。
私がラディアス殿下の偽恋人になる?
………………なんでそうなるの?
「……いえいえ、そんな。ラディアス殿下の恋人役なんて。私如きには到底務まりません。実は、私は庶子なのです。男爵だった父がメイドに産ませた子で……」
「養子縁組は済んでいるんだろう?」
セルジュ殿下は特に顔色を変えることもなく、落ち着き払った態度で尋ねてきた。
「え? はい」
「なら何も問題ないよ。貴族が養子を迎えることは珍しくない」
「そ、それはそうかもしれませんが……そうです! 私は魔力が2しかないんですよ!」
「それがどうかした?」
ええええ!?
これでも引かないなんて、セルジュ殿下の器はどれだけ大きいの!?
顔良し成績良し性格良しって、もう非の打ち所がないじゃない!!
道理でファンが多いわけだわ!! 納得だわ!!
「え、ええと……うーんと……とにかく、ダメなものはダメなんですっ!」
セルジュ殿下には何を言っても響かないようだったので、私はラディアス殿下に顔を向けた。
「ラディアス殿下、恋人役が私ではお嫌ですよね? 美を極められた殿下と私では、外見的にも全く不釣り合いです。殿下もそう思いますよね? たとえ役といえど、恋人として連れ歩くならば私がさきほどお助けしたテレーゼ様のようなスタイル抜群の華やかな美女か、ベル姉様のような可憐な美女が良いですよね? ね?」
私は突然降ってわいた『恋人役』を逃れようと必死。
しかし、そんな私の必死さが嗜虐心に火をつけてしまったらしく、ラディアス殿下は小さく笑った。愉快そうに。
――あ、笑った。
笑うところを初めて見たな……なんて感慨に浸る余裕はない。
いまはラディアス殿下の恋人役を引き受けるかどうかの瀬戸際、非常事態なのである。
「そうですよ、私よりもベル姉様のほうが遥かに適任――」
「いや。お前でいい」
「へっ?」
まさかの言葉に、私の目は点と化した。
淑女が『へっ』なんて言ってはダメだけど、思わず素が出てしまった。
「本人の許可が下りた。というわけで、弟をよろしく」
セルジュ殿下は爽やかに微笑んだ。
「大任だわ。頑張ってね」
ベル姉様まで笑っている。
「……。はい……ガンバリマス……」
三人ともに見つめられては、そうとしか答えられるわけがなかった。




