06:目覚めれば美男美女
目を開けると、この世のものとは思えないほど美しい人々が私を囲んでいて、心臓が止まるかと思った。
医務室のベッドに横たわった私の右側にいるのは、青い顔をしたベル姉様。
誰かから私が医務室に運ばれたと聞いて、飛んできてくれたのだろう。
「ユミナ! 目が覚めたのね!? 大丈夫!?」
「……うん。大丈夫」
記憶はちゃんとあるし、打ったはずの背中も後頭部も不思議と痛くない。
「ああ、良かった、本当に良かった!」
ベル姉様はアメジストの瞳から涙を流し、屈んで私を抱きしめた。
柔らかな髪が頬に触れて、ちょっとくすぐったい。
「回復魔法はかけたけれど、まだどこか痛いところはないだろうか? 身体に違和感があれば言ってほしい」
心配そうな顔でそう言ったのは、ベッドの左側に立つセルジュ殿下。
さらっと仰ったけれど、回復魔法を使えるのは才能と魔力に恵まれた一部の人間だけだ。さすがは王族である。
問われた私は、改めて自分の身体の様子を確認してみた。
痛いところは……特にない。
むしろ、気絶する前より元気になっているような気がする。回復魔法って凄い。
「大丈夫です。回復魔法をかけてくださってありがとうございました」
「良かった。ロザリア嬢を呼ぶかどうか迷っていたのだけれど、呼ばずに済んだようだ」
ロザリア嬢というのは、2年生の伯爵令嬢ロザリア・バローネ様のことだ。
彼女は国一番の回復魔法の使い手であり、『未来視』という特別な力を持っているため、聖女として国王様に召し抱えられている。
互いに王宮暮らしということもあってか、セルジュ殿下とロザリア様は親交が深いらしく、中庭で楽しそうにお喋りしている姿を見かけたことがあった。
「はい、それには及びません。あの、私がお助けした女性は大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫だ。落下した際に手と足を打ったようだけれど、テレーゼ嬢にも回復魔法をかけたから心配は要らないよ」
金髪縦ロールの女子生徒はテレーゼという名前らしい。
「良かった……」
ほっと息を吐いてから、私はいまだに離れようとしないベル姉様に目を向けた。
「ベル姉様、私は本当に大丈夫だから。離れてくれない? 殿下の前でいつまでも横たわっているわけにはいかないわ」
「そうね、ごめんなさい」
ベル姉様が離れるのと同時に、私は起き上がった。
そこで、気づく。
隣のベッドに、私と同じクラスのラディアス殿下が座られていることに。
ラディアス殿下は体調不良のため、午前の最後の授業を欠席された。
でも、上体を起こされているということは、少しは具合が良くなられたのだろうか?
態度こそ強気ではあるけれど、ラディアス殿下はお身体が弱い。
無理はしないでほしかった。
「ラディも安心しただろう。私がユミナ嬢を運び込んでからというもの、ずっと身を起こしてこちらを見ていたものね」
私の視線に気づいたらしく、セルジュ殿下がラディアス殿下を振り返って微笑んた。
「別に。うるさかったから目が覚めただけです」
「もう。ラディは素直じゃないなあ――」
兄弟は引き続き言葉を交わしているけれど、呑気に耳を傾けている余裕はない。
「あ、あの、ベル姉様」
私は青ざめ、小声で尋ねた。
「さきほどのお言葉……セルジュ殿下が私を運んだというのは、本当なの?」
「それが、本当なのよ。事件当時、私は食堂で友達とお喋りしていたのだけれど、別の友達が駆けつけて教えてくれたの。その子は『ユミナがセルジュ殿下に横抱きにされていた』と興奮気味に言っていたわ」
「………………」
頭の中が真っ白になった。
王子様に? 横抱きにされたんですか、私?
「呆けている場合ではないわ、ユミナ。改めてセルジュ殿下にお礼を申し上げなさい」
ベル姉様に軽く背中を叩かれた私は、大慌てで背筋を伸ばした。
「セルジュ殿下!」
「ん?」
セルジュ殿下とラディアス殿下はお喋りを止めて、こちらを見た。
「姉に聞きました! 気絶した私を医務室まで運んでくださったのはセルジュ殿下だったのですね! この度は、た、大変なご迷惑を……!!」
私はベッドの上で跪き、深々と頭を下げた。額がベッドにくっつく勢いで。
「ああ、気にしないでほしい。もとはといえば、あの騒動は煮え切らない態度を取ってしまった私が原因のようなものだからね」
セルジュ殿下はため息をついた。
憂い顔まで美しいのは反則だ。彼の背景に咲き乱れた薔薇の幻覚が見える。
「私は王子という立場上、自由に振る舞うことはできない。私を慕ってくれる令嬢たちを傷つけまいと、できる限り気を配っていたつもりだけれど。これからはもう少しはっきりと態度で示すことにするよ。たとえラディのように『冷たい』と泣かせることになっても、怪我人が出るよりはずっといいからね」
「おれを引き合いに出さないでください」
ラディアス殿下がセルジュ殿下を睨んだ。
「だって。実際に、『ラディアス殿下が酷いんです』と泣きつかれてるんだよ私は。もう六人も。いや、七人だったかな?」
「どうせその後、そいつらは『だから私を慰めて』と、兄上にしなだれかかったんでしょう」
ラディアス殿下の言葉はやけに刺々しい。何か女性に恨みでもあるのだろうか?
「いや、そんなことはないよ。……少なくとも三人は言わなかった」
セルジュ殿下は後半部分の台詞を小声で言ったけれど、ラディアス殿下の耳にはしっかり届いたようだ。
「ということは、半分以上は言ったのではありませんか。結局、おれたちに集る羽虫どもは王子妃の地位がほしいだけ。名誉や金さえ手に入れば、相手がおれでも兄上でも構わないんですよ。くだらない」
ラディアス殿下は吐き捨てるようにそう言った。
――羽虫って、さすがにそんな言い方は酷くない?
モヤッとした塊が、胸の中で膨れ上がった。
どうやら、ラディアス殿下は全ての女性を見下されているらしい。
世の中に地位や財産狙いの女性がいるのは否定しない。
でも、同じ女性として、全員がそうだと決めつけられるのは心外だ。
悲しいし、同時に腹が立つ。――異議あり!




