39:ラディアス様とのデート
祝祭日の今日は、ラディアス様と約束したデートの日だ。
緊張でなかなか眠れなかった私は、ベル姉様に揺り起こされて目を覚ました。
「ユミナったら、いつまで寝てるの。王子様とデートするのよ。身支度には気合を入れないとダメでしょう。早く起きなさい」
「……はぁい……」
まだ眠い目を擦りつつ、私は顔を洗った。ベル姉様が横から差し出してくれた薔薇水を受け取って、顔全体に浸透させていく。
続いて香油を顔と手足に塗り込んでいる間に、ベル姉様は私の髪を梳いてくれた。
「~♪」
私の世話を焼くのが楽しいらしく、ベル姉様は鼻歌を歌っている。
思い返せば、リース男爵家に行ったときから、彼女はこんなふうに何かと世話を焼いてくれた。
「ドレスはどれにする? 私のお勧めはこれか、これよ」
ベル姉様はクローゼットの中から二着のドレスを出してきた。夏に着るに相応しい爽やかなレモンイエローと、水色のドレスだ。
「うーん……。どちらも素敵ね。迷うわ」
「そうねえ。ラディアス殿下の瞳は美しいダークブルーだから、合わせて水色にするのはどう? 袖のレースが涼しい印象を与えるし、フレアスカートも可愛いわ」
「……じゃあ、水色にする」
「決まりね。化粧をしてあげるから、座って」
水色のドレスに着替えた私は、言われるまま椅子に座った。
それから、しばらくして。
「――はい。終わったわ。どう?」
ドレッサーの鏡には、左右対称になった自分自身が映っていた。
アイラインが引かれた目元に、淡いピンクに染まった頬と唇。
長い黒髪は軽く編み込んでリボンを結った。
「さすがベル姉様! いつもより五割増しで美人に見えるわ!」
私は胸元でぐっと拳を握った。
「これならラディアス様と並んで立っても恥ずかしくな……いわけがないわね……」
どんなに化粧で盛っても、国宝級の天然の美形には敵わない。
私はちらりと、斜め後ろに立つベル姉様を見た。
ベル姉様は顔が小さい。もはや骨格から何から――私とは全てが違う。
「?」
不思議そうに小首を傾げる、その仕草の愛らしさといったら。
私が真似しても、この愛らしさは再現不可能です。
「……くっ。これが神に愛されし者とそうでなかった者との圧倒的な差……もはや努力でどうにかなるレベルじゃないわ……!!」
敗北感に打ちのめされて顔を伏せる。
「もう、何を言い出すかと思えば。心配しなくても大丈夫よ。こんなに可愛い妹を悪く言う人がいたら、全員まとめてお姉ちゃんが処分するから」
処分って、素敵な笑顔で何を言ってるんですかお姉様!? シスコンもそこまでいくと怖いですよ!?
「そんなことはないと信じたいけれど――もしも今日のデート中にラディアス殿下に何か酷いことを言われたり、されたりしたら、お姉ちゃんに報告してね? 約束よ……?」
ベル姉様の背後に猛吹雪が見える。
「うん、わかったわ……」
……もしそんなことがあったとしても、絶対、ベル姉様には内緒にしよう。
陽光を浴びて煌めく白い髪。深い海のようなダークブルーの瞳に、人とは思えないほど整った顔。
そんな人物が歩いていれば、否が応でも視線を集める。
王子だとバレないよう、ラディアス様は飾り気のないシャツに紺の脚衣を穿いている。ごくありふれた服装だけれど、その光り輝くような美しさは決して群衆に紛れたりしない。
道行く女性が頬を染めてラディアス様を見つめたり、驚いた様子で二度見したりする度に、私は『連れが私ですみません……』という気分を味わっていた。
――デート開始から一時間も経っていないのに、なんだかどっと疲れたわ。いえ、体力的には全然平気なのだけれど、精神的な疲労がすごい……半端ない……。
私たちは広場のベンチに座り、露店で買ったジュースを飲んでいた。
私の左隣にはラディアス様が座っている。彼が纏うキラキラオーラは相変わらず目に眩しい。
近くのベンチに座ったカップルは、何やら痴話喧嘩をしているようだ。他人の会話を積極的に聞くつもりはないけれど、声が大きいから聞こえてしまう。どうやら女性が恋人そっちのけでラディアス様に見惚れていたことが喧嘩の原因らしい。きっと今日は多くの男性がラディアス様に嫉妬することになるだろう。
「どうした? ため息をついて。具合でも悪いのか?」
ラディアス様が横から顔を覗き込んできた。美しい顔が急に目に飛び込んできて、思わず背筋がピンっと伸びる。
「い、いえ、大丈夫です。ただ、その……」
「その?」
「……ラディアス様は抜群に格好良いお方ですから。連れが私で本当に良かったのかなあと不安になりまして……男性は連れ歩く女性の良し悪しで格付けされるとも聞きますし……」
「あのなあ」
ラディアス様は心底呆れたように言った。
「ユミナはおれが女をアクセサリー扱いするような男だと思っているのか?」
「……いいえ。でしたら、最初から私を恋人役に選ぶことはないでしょう」
綺麗で見栄えのいい女性が良いなら、ナタリー様やベル姉様のような美女に恋人役を頼めば済む話だ。それなのに、ラディアス様は私がいいと言った。他の誰でもなく、私がいいと。まっすぐに、私の目を見つめて。
――あれが演技だと思った?
頭の奥から、もう一人の自分が問いかけてくる。
いいえ。――いいえ。
私は否定の言葉を繰り返して、バチンと自分の両頬を叩いた。現実にそれをやるわけにはいかないから、心の中だけで。
「すみません、ラディアス様。予想以上にラディアス様が大人気なので、弱気になってしまいました。連れの私が暗い顔をしていたら、せっかくのデートが台無しですよね。もう二度と馬鹿なことは言いません。改めて、楽しみましょう!」
ぐいっとコップを傾けて、果実水を飲む。
「うん、美味しい。不思議ですね。気持ちを切り替えたおかげか、さっきよりずっと美味しく感じます」
「それは良かった。これからもその意気で頼む。ユミナの言った通り、せっかくのデートなんだから」
「はい。それでは、いまからどこに行きましょうか。昼食には少し早いですが、もしお腹が空いておられるならレストランを探しますが」
「いや、レストランならもう予約してある。『ブルーベル』というレストランだ」
「ブルーベル!? 学園でも話題の超人気レストランじゃないですか!! でも、ナタリー様のお話では、半年先まで予約が埋まっていると聞きましたが……」
「おれを誰だと思ってる?」
ラディアス様は不敵に笑った。
「さすが王子様!!」
私は拍手した。




