37:認めるしかない
「これを見れば、ユミナがいままでどれだけ努力してきたかよくわかった。感謝してる。本当に……言葉には言い表せないくらいに」
「もったいないお言葉です」
ユミナは笑っている。おれの役に立てたことを純粋に喜んでいるのだ。普通なら褒美をねだっても良さそうなものだが、彼女にはそんな発想すらないに違いない。
「ラディアス様をお助けできて良かったです。本当に……本当に良かった……」
ユミナの目の端に涙が光っているのを見て、おれの目頭も熱くなった。
――ユミナを手放したくない。
そんな思いが胸にこみ上げる。
――叶うなら、ずっとおれの傍にいてほしい。
でも、蒼白な顔色と血が滲んだ制服を見ては、そんな我儘など言えるわけがなかった。
「……。なんで、笑えるんだ?」
「え?」
「おれのことが怖くないのか。その目で見ただろう。おれは危険なんだ。やろうと思えば国を滅ぼせる」
――恐ろしい。生まれてきたこと自体が間違いだったのよ――
夢に出てきたミリエル姉上の言葉を思い出し、唇を噛んで俯く。
表面上は笑っているが、ユミナもおれのことを恐ろしいと思っているのだろう。
ならば、おれから切り出すべきだ。王子という肩書があるせいで、ユミナからは言い出せないだろうから。
「……恋人役はやめていい。これまで付き合わせて悪かった」
ユミナとの関係はこれで終わりだ。
きっともうユミナは近づいてこない。
――それが正しい。ユミナの安全を守るためには、距離を置くべきだ。
頭ではわかっているのに、悲しくて仕方なかった。
「……ラディ。それは」
兄上が何か言いかけたそのとき、予想外なことが起きた。
ユミナがおれの頬を両手で挟み、強引に顔を上げさせたのだ。
「嫌です。恋人役は続行させてください」
ガーネットのように美しい瞳が、まっすぐにおれを見つめている。
「……何故?」
鼓動が早くなった。ユミナの顔が至近距離にある。ただそれだけのことが、どうしてここまでおれを動揺させるのだろう。
「この世の終わりみたいな顔をしたラディアス様を放っておけるわけないじゃないですか。まさか、私が怖気づいたとでも思っているんですか? だとしたら私を舐めすぎですよ。私は雑草のように逞しい女なんです。むしろ闘志がわきました」
「……闘志?」
言っている意味がわからず、目を瞬く。
「はい。ラディアス様の魔力は予想以上でした。本当に街一つが消えてしまうのだと実感しました。だからこそ私は、刺繍魔法に一層励みたいと思います。もう二度とラディアス様がこのようなものを必要とすることのないように」
ユミナはベッド横のチェストを見た。
そこには鎖の千切れた円筒形の首飾りがある。
あの首飾りは学園に通う条件の一つとして父上に与えられたものだ。中には即効性の毒が入っている。万が一のことがあれば飲むように命じられていた。
部屋の入り口付近に立っているジャスパーを見ると、彼は小さく頭を下げた。やはりジャスパーがユミナに毒のことを話したらしい。
以前おれは「身体が弱いから」監視をつけられていたとユミナに言ったが、あの言葉は正確ではない。
身体が弱いというのも理由の一つではあるが、何より「危険だから」監視をつけられたのだ。
おれの魔力暴走を見て、ジャスパーは父上に命じられた通り、速やかにおれを始末しようとしたはずだ。それはジャスパーの申し訳なさそうな表情を見ればわかった。
後で言おう。お前の判断は間違っていないと。おれだって、死以外に魔力暴走を止める手段はないと諦めていた。ユミナが刺繍魔法という名の奇跡を起こしてくれなければ、本当に、どうしようもなかった。
「私はこれからもお傍でラディアス様を支えたいんです」
その言葉を聞いて、おれは視線を引き戻した。
ユミナは真剣な眼差しをおれに向けている。
魔力暴走のせいで血を流したというのに、本気でそんなことを言っているらしい。
「それなのに、恋人役をやめろなんて言わないでください。もし恋人役をやめるとしても、せめてあと三枚……いえ、やっぱり心配なので、予備用に五枚はスカーフを作らせてもらえませんか? あの、できれば肌着も作りたいんですけど。服の下に着るのでしたら、人目を気にせずに常時身につけることができますし――」
言い終わるのを待たず、おれは衝動的にユミナを抱きしめた。
部屋の中には兄上や侍女たちもいるが、そんなことはどうでも良い。彼らなら空気を読んで、見ないフリをしてくれるはず。
「ラディアス様? どうされたんですか?」
ユミナは動転しているようだ。声が裏返っている。
「――本当に、おれが怖くないのか?」
「もちろんです。驚きはしましたけれど、誓って怖くはないですよ」
「これからも、恋人役を続けてくれるんだな?」
「はい。……お許しいただけるなら」
「許すも何も、おれから頼みたいくらいだ。良かった。てっきり嫌われたとばかりと思っていた」
「なんで嫌うんですか?」
おれの腕の中で、ユミナは目をぱちくりしている。本気でわからないらしい。
――不思議な奴だ。みんなおれを恐れて逃げるか、蛇蝎のように嫌ったのに。
ユミナはおれの魔力暴走を見ても怖くないと言う。嫌いもしてないと。
――それが、こんなにも嬉しいなんて。
「あの、ところで、これは一体……?」
「もう少しだけ、このままでいさせてくれ」
黒髪を撫でながら、耳元で囁く。
「……は、はい……」
ユミナの耳が赤く染まっていることに気づいて、おれの口角は自然と上がっていた。
――ああ、もう認めるしかない。
おれはユミナのことが好きだ。
恋人役ではなく、恋人になってほしいと言ったら――ユミナはどんな顔をするだろうか?




