36:努力と想いの結晶
「身体の具合はどう? どこか痛かったり、苦しかったりしない? 回復魔法をかけようか? してほしいことがあればなんでも言って」
矢継ぎ早に質問されて、おれは視線を兄上に戻した。
「水を……」
喉がひび割れそうで、それ以上は声にならなかった。
「わかった。少し待って」
兄上は侍女たちと協力して部屋中のクッションをかき集め、慣れた手つきでベッドに重ねた。
それから、おれの身体を支えて起き上がらせ、おれの背中にクッションの山を押し当てた。背中にクッションがあると、楽な姿勢が取れるのだ。
「どうぞ」
赤髪の侍女が差し出したコップを受け取り、乾き切った喉に水を流し込む。
ようやくそこで、話せるくらいに体力が回復した。
「……ロザリアは?」
「あの女のことは気にしなくていい」
兄上は険しい顔で、ぴしゃりと言った。どうやら今回の件で最低まで評価が落ちたようだ。この分なら、ロザリアのことは兄上に任せておけば大丈夫だろう。
「……サロンは」
「それも気にしなくていい。家具は買い直せばいいし、窓や壁も修復すれば済む話だ」
「……。ですが……」
世の中には取り返しのつかないこともある。
ユミナの制服は、ところどころ赤く染まっていた。
自分が彼女を傷つけたのだと思うと、果てしなく気分が落ち込む。
使用人の中にも傷ついた者がいるのだろうか。
まさか死者が出たのでは――恐ろしい想像に息が詰まり、身体の奥が冷えた。
「ラディ。大丈夫だよ」
おれの思考を見抜いたらしく、兄上が穏やかな声で言った。
「怪我を負った者はいたけれど、私が責任を持って完治させた。ユミナも同じだ。心配は要らない」
「……。何故ユミナはここで眠っているんですか? 別室で休ませたほうが……」
「私もそう言ったんだけどね。どうしてもここに居たい、ラディが目を覚ますまで見守らせてほしいと懇願されたんだよ。もっとも、彼女もとうに限界を超えてたから、椅子に座ってすぐ眠ってしまったけれどね。寝てる間に移動させようかとも思ったんだけど、ラディの手をしっかり掴んでるでしょう? 無理に引き剥がしたら起こしてしまいそうだから、このままにするしかなかったんだ」
兄上は苦笑して、掛布の傍にあった青いスカーフを取り上げ、おれに差し出した。
「見てごらん。このスカーフは、ユミナの努力と想いの結晶だよ」
「……これは……」
布地を埋め尽くすほどの魔法陣を見て、おれは息を呑んだ。
記憶は途切れ途切れだが、ユミナは『増幅』の魔法陣を5つ描くと言っていたような気がする。
でも、数えてみると『増幅』の魔法陣は8つあった。おれの魔力暴走を抑えきるには足りないと判断し、急遽追加で3つ描いたのだろう。
――おれの魔力を流し込まれ、苦痛に苛まれた極限の状態で……『魔力吸収』の魔法陣と『増幅』の魔法陣を、3つも?
「ラディアス殿下。ユミナ様は下絵も図案も無しに、驚異的な速度で針を刺されたんですよ。あの速さはまさに神業でしたわ」
赤髪の侍女が興奮気味に言った。
他の侍女たちも頷き、口々にユミナを称え出す。
――覚えたのか? この複雑極まりない図案を……?
ユミナは一体どれほど針を刺してきたのだろう。
全ておれのための努力だと思うと、スカーフを握る手が震えた。
「……ん……」
小さな声が聞こえた。
反射的にそちらを見ると、ユミナがもぞりと動いて、身体を起こそうとしているところだった。
「ユミナ。起きたか」
「!! ラディアス様!!」
ユミナは驚いたように上体を跳ね上げた。
見開かれた赤い瞳におれが映っている。
「良かった!! 目を覚まされたんですね!! ああ、本当に良かった……!!」
ユミナはおれの手を両手で包み込み、強く握った。
それから、ハッとしたように顔を赤らめて手を離す。
「あ、これはその、失礼しました」
「いや、いい。それより……すまなかったな。怖い目に遭わせて……それに、傷つけてしまった。どう償えばいいか……」
「気にしないでください。見た目ほど大した怪我ではありませんでしたし、ラディアス様が責任を感じることはありません。今回の件は、全てロザリア様のせいなのですから。そんなことより、お身体は大丈夫ですか?」
ユミナは心配そうに眉尻を下げた。
ユミナの顔色も酷いものなのに、彼女は自分よりもおれのことを優先している。
その事実に胸が詰まり、返答は一拍遅れた。
「……ああ。ユミナのおかげだ。ありがとう」
おれは魔法陣で埋め尽くされたスカーフを見つめた。




