34:一緒に生きたい
「どうか殿下をお願いします!!」
「私も!! ユミナ様に全て託します!!」
「お前たち、何を――離しなさい!!」
「ありがとうございます!!」
侍女や護衛たちがジャスパーさんを抑えてくれている間に、私は青いスカーフを握り締めて走り出した。
荒れ狂う風と雷の中、両腕で顔を防御しながら必死で進む。
――バチィッ!!
右腕に熱と衝撃が走った。
焦げた匂いが鼻をつき、赤い液体が目の前を飛び散る。
私は歯を食いしばった。
雷が掠める度に、身体の各所が弾けて血の花が咲く。
それでも、止まるわけにはいかない――絶対に!
「ユミナ様!! 危険です、お戻りください!! ユミナ様に万が一のことがあっては、殿下に申し訳が――」
ジャスパーさんが何か叫んでいるが、私は耳を貸さなかった。
どうにか壁際まで行き、壊れた家具に引っ掛かっている白いスカーフをつかむ。
『増幅』の魔法陣によって『魔力吸収』の効果が倍増したスカーフは、想像以上の力を発揮した。
これまで私を苦しめてきた風や雷は、触れたそばからすべて打ち消されていく。
――さすが、禁術に指定されるのも納得だわ。
ただし問題は、効果が強すぎて私の魔力まで吸い上げることだ。どんどん体内の魔力が減っていくのがわかる。
「ラディアス様!!」
私はラディアス様に駆け寄り、ぐったりしたその身体を白いスカーフで包んだ。
これで収まってくれればと期待したのに、風と雷が完全に収まったのは数秒だけだった。
白いスカーフから不吉な音がした。ラディアス様の魔力が強すぎて、過負荷に耐え切れず、魔法陣を構成する魔糸が切れたらしい。
「ラディアス様! ラディアス様、聞こえてますか!?」
呼びかけても返事はない。気を失っているのか、反応する余裕がないのか。尋常ではない汗が顔中を濡らし、身体が小刻みに痙攣している。
――このままでは、本当にお命が危ないわ。
私は唇を噛んで、部屋の入り口に顔を向けた。
「どなたか、魔糸と裁縫箱を――」
「はい、こちらに!! しかし近づけませんので、投げても良いですか!?」
私の叫びを遮って、侍女の一人が叫び返してきた。
彼女は刺繍枠と裁縫箱を抱えている。こうなることを見越して用意してくれていたようだ。
「お願いします!!」
「では、失礼しますっ!!」
侍女が投げた刺繍枠と裁縫箱を空中で受け取り、裁縫箱の蓋を開ける。
「図案集も投げますね!!」
「いいえ、図案は全部頭に入ってます!!」
俯いて針に魔糸を通しながら、怒鳴るように叫ぶ。
「えっ!?」
「あ、あの複雑な図案を覚えたのですか……!?」
侍女たちは戦慄しているようだが、気にしてはいられない。
スカーフを広げて刺繍枠を取りつけ、夢中で『増幅』の魔法陣を描いていく。
身体中に負った傷が――特に、派手に裂けた腕の傷が痛むけれど、泣き言など言っていられない。ラディアス様はもっと痛くて苦しいはずだ。
「……ユミナ、か?」
過去最高の速度で指を動かし、『増幅』の魔法陣を3つ描いたところで、酷く弱々しい声が聞こえた。
私は慌てて手を下ろし、ラディアス様を見た。うっすらと、ラディアス様の目が開いている。
「ラディアス様! 辛いでしょうが、もう少し耐えてください! 私が必ず助けてみせますから――」
「……そ、この……首、飾り、を……」
最後まで台詞を言うだけの体力もないらしく、もどかしげに、ラディアス様の唇が震えた。
「ダメですよ。あの中に何があるかは聞きました。だから絶対にあげられません。それより助けてほしいことがあるんです。私はいまから『魔力吸収』の魔法陣を描きます。こんな状態のラディアス様に無理を強いてしまって申し訳ありませんが、それでも、お願いします。私に魔力をください」
「……馬鹿、か。この状態で……《魔力譲渡》など……たとえ、成功したと、しても……加減が、できない。ユミナの、身体が、壊れる……」
ラディアス様は苦しそうに言って、目を閉じた。
「そんなことに……なる、くらいなら……おれは、死を、選ぶ。もう、限界、なんだ……これ、以上、抑え、て、られ、ない……だ、から……頼む、から……」
「嫌です。私はお傍を離れませんし、毒薬を飲ませるつもりもありません。生きることを諦めないでください。大丈夫です。私はどんな苦痛も耐え抜いてみせます。絶対に生き延びると約束します。どうか私を信じてください」
ラディアス様の背中に触れる。その背中は異常に熱い。あまりの痛ましさに、視界がぼやけた。
「私はなんとしてでもラディアス様をお助けしたいんです。お願いします。私も全力で頑張りますから、どうか私に賭けてください。一緒に生きましょう? 私はラディアス様と一緒に生きていたいんです。ラディアス様のいない世界など、耐えられません」
嗚咽しながら懇願する。
「……、……」
ラディアス様は口元を引き結び、浅く息を吐いた。
「……わかった。ユミナを、信じる……」
「はい!」
私はラディアス様の背中から手を離し、目元を強く擦った。
涙は視界を遮る。刺繍の邪魔だ。
「少しだけ待ってください。念のため、あと2つ『増幅』の魔法陣を描いておきたいんです。『増幅』の魔法陣が5つもあれば、さすがに大丈夫だと思いたいんですが……」
私は急いで布地に針を刺した。
何故自分の手はもっと早く動かないのだろう。衰弱しきって、いまにも途切れてしまいそうなラディアス様の呼吸が気持ちを焦らせる。
「……焦ら、なくて、いい。ユミナが……傍に、いる、と……わかった、から。おれも、……頑張る……」
気づけば、部屋中を荒れ狂っていた風と雷はだいぶ収まっていた。
風は少しあるけれど、危険な雷は発生していない。
すぐ傍にいても私が平気でいられるのは、白いスカーフの効果に加えて、ラディアス様が頑張って魔力を抑え込んでくれているからだ。
でも、白いスカーフからは糸が切れる不吉な音が聞こえている。
きっともうあのスカーフは限界だ。
――もう少しだけもって、お願い!
祈りながら、私は必死で針を刺した。
「――できました! ラディアス様、お願いします!」
青いスカーフに五個の『増幅』の魔法陣を描き終え、私はラディアス様の手を掴んだ。さきほど触れた背中と同じく、やはりその手は異常に熱い。
「……行くぞ」
悲しくなるほど弱々しい力で、ラディアス様は私の手を握り返してきた。
「はい!」
私は侍女たちに命運を託された。たとえどれほど膨大な魔力が流れ込んで来ようと、絶対に耐え抜き、ラディアス様を救ってみせる。




