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恋人『役』の刺繍令嬢ですが、気づけば王子の最愛になっていました  作者: 星名柚花


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33:私に賭けて

 ◆   ◆   ◆


 スカーフは順調に機能しているようだったから、予備にもう一枚作ることにした。

 青い布地に『増幅』と『安定』の魔法陣を描き終えた私は、ラディアス様の助けを得て『魔力吸収』の魔法陣を描くべく蒼星館を訪れた。


 失敗すれば命を失う禁術ということで、私は魔力譲渡に恐れを抱いていたのだけれど、ラディアス様曰く「難しいのは互いの魔力経路を繋げる最初の過程だけだ。もう感覚は掴めたから心配いらない」らしい。

 その言葉を信じて、私はこれまで二回ほど魔力をいただいている。


 出迎えてくれた赤髪の侍女の話によると、いまはロザリア様が訪問しているそうだ。良い薬草が手に入ったとかで、薬草茶を振る舞っているらしい。


「わかりました。また明日来ますとラディアス様にお伝えください」

 侍女に言伝を頼んだときだった。

 サロンのほうから窓ガラスが割れるような、けたたましい音がした。

 私は侍女と顔を見合わせ、彼女と一緒にサロンへ走った。


「――なんの騒ぎですか!?」

 何故か全開になっていた扉からサロンに飛び込むと、信じられない光景が広がった。円形テーブルが窓を突き破り、窓枠に引っ掛かっている。棚は倒れて中身をぶちまけ、花瓶も床で粉々になっていた。


 室内だというのに、激しい雷と風が発生している。局地的な嵐の発生源は、テーブルに突っ伏したラディアス様だ。顔を真っ赤にして滝のような汗を流し、酷く苦しそうに喘いでいた。


 ――魔力の暴走……?


 背筋を冷たいものが走り抜け、身体中に汗が噴き出た。

 本能が逃げろと悲鳴を上げている。限界まで膨れ上がった風船を見ているような気分だ。この魔力量は洒落にならない。

 もしもラディアス様が内側からの圧に耐えられずに魔力を放出してしまったら、魔法学園が――いや、違う。

 王都が、消える。

 一体どれほどの犠牲が出るかなんて、想像もしたくない。


「一体何事ですか!?」

 私がサロンに駆け込んだ直後、執事のジャスパーさんを始めとして使用人たちが次々に集まってきた。

 誰もが部屋の惨状を見て絶句している。

 中には悲鳴を上げたり、震えながらへたり込む者もいた。


「……ああ……陛下が危惧された事態が起きてしまった。これはもはや、緊急措置を取らざるを得ません」

 ジャスパーさんは沈痛な面持ちでそう言った。

 私の隣にいる赤髪の侍女も、この場に集まった護衛たちも、悲壮な覚悟を決めたような顔をしている。

 事態の変化についていけず、戸惑っているのは少数の侍女たちだけだ。


「ユミナ様、急ぎお逃げください」

 赤髪の侍女が私の手を引き、決然とした表情で言った。


「一介の侍女として振る舞っておりましたが、私どもは宮廷魔導師です。中でも、ジャスパーは宮廷魔導師団長に推薦されたほどの実力者。この場は私たちにお任せください」

「無理です、行けません!」

 彼女たちの正体が宮廷魔導師だったとして、だからなんだというのか。

 こんな状態のラディアス様を残して逃げられるわけがない。

 私が侍女の手を振り払った一方、ジャスパーさんは凍るような目でロザリア様を睨んだ。


「ロザリア様。この事態を引き起こしたのはあなたですね。愚行の報いはしっかりと受けていただきますよ」

「ひっ」

 壁際で縮こまっていたロザリア様はびくりと身体を震わせ、慌てたように立ち上がった。


「お、お待ちください、違うのです! 陛下を害するつもりなどありませんでしたわ! 私はただ、殿下のお身体を案じて……そう、ほんの少しだけ体調を崩していただければ、私の価値を再認識していただけると思っただけなのです! これほどの惨事になると知っておりましたら、決して……! ――!」

 ほとんど自白のようなことを喚きながら、ロザリア様は護衛たちに引きずられていった。


「緊急措置とは、何をするつもりなのですか」

 遠ざかっていくロザリア様の声を雑音として処理しながら、私はジャスパーさんに質問した。嫌な予感に動悸が激しくなる。さっきから身体が震えているのは、サロンで暴れ狂う雷や風による恐怖のせいではない。


「ラディアス殿下をご覧ください。近くの床に首飾りが転がっているでしょう」

 再び部屋の内部に目を向けると、確かに、ラディアス様の傍には小さな円筒形の首飾りがあった。首飾りに繋がる銀の鎖は千切れてしまっている。


「あの中には自決用の薬が入っています」

「――!!」

 私は目を剥いて息を呑んだ。

 そんなものをラディアス様がいつも身につけていたという事実が胸に突き刺さる。

 明るく笑いながら、ラディアス様はどんな気持ちで日常を過ごしていたのだろう。


「本来であれば、お話しするつもりはありませんでした」

 ジャスパーさんは一瞬だけ目を伏せ、ため息をつくように言った。


「ですが、もはや隠す意味もないでしょう。国王陛下は殿下が魔力暴走を起こされた場合に備え、あの首飾りをお渡しになりました。私どもが殿下の側にいる理由も同じです」

「……そんな……」


「あの首飾りに手をかけられたということは、殿下はすでに覚悟を決められたということ。殿下はお優しい方です。誰ひとり犠牲にされることは望まれないでしょう。特に、ユミナ様が犠牲になるなど、あってはならないことです。殿下はユミナ様のことを大変気に入っておいででしたから」

 ジャスパーさんの言葉が脳を揺さぶり、胸を抉る。

 でも、ジャスパーさんは呆然とする暇も、泣く暇も与えてくれない。

 ジャスパーさんの身体が青い光を纏った。体内の魔力を練り上げ始めた証拠だ。


「……何をする気なのですか?」

 口から出てきた声は、酷く震えていた。


「蒼星館の周囲には我々の張った魔法結界があります。結界の範囲を絞った上で出力を上げ、殿下を隔離します。被害を最小限に……殿下一人だけに留めるために」

 ジャスパーさんの口調は淡々としているけれど、ラディアス様を見るその目は悲しそうだった。ジャスパーさんだって、本当はラディアス様を助けたいのだと悟る。


「ユミナ様はきっと、殿下がいま一番守りたいと思われているお方です。殿下のことを思われるのならば、後のことは我々に任せて、速やかにお逃げください。グレック、ダミアン。ユミナ様を連れて行きなさい――」

「待ってください!!」

 男性二人に腕を掴まれた私は、彼らの腕を振り払って叫んだ。


「どうか私に――私に賭けてくださいませんか!?」

 私は胸に手を当てて叫んだ。ジャスパーさんに顔を向けている間にまた何かが壊れたらしく、派手な破砕音がする。それはラディアス様の悲鳴にも聞こえた。


「私が刺繍魔法でラディアス様を救ってみせます! どうか私にチャンスをください!!」

「……何を馬鹿な。戯言はおやめください。ユミナ様は現実が見えていないのですか?」

 ジャスパーさんは刃のような視線で私を貫いた。


「たかが刺繍魔法で殿下をお救いできるわけがないでしょう。感情で奇跡が起きるほど、現実は甘くな――」

「ユミナ様!! 行ってください!! 私はユミナ様に全てを賭けます!!」

 赤髪の侍女が叫び、ジャスパーさんの腕を掴んだ。

 ジャスパーさんの身体から立ち上っていた魔力の光が大きく乱れ、掻き消えた。赤髪の侍女が呪文の詠唱を破棄して何らかの妨害魔法を使ったようだ。

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