03:王子様は今日も大人気なようです
かつて、中央大陸は魔物の巣窟であったという。
魔物の脅威に怯える人々を救ったのは、類まれなる魔力を持つ大魔導師アルド。
アルドは弟子たちと共に極大魔法を使い、魔物を一掃。
そして旧ダルモニアを興し、自らの魔力を『柱』として大陸を覆う結界を張った。
五百年以上の時が流れ、旧ダルモニアは五つに分裂してしまったが、ダルモニアには『柱』制度が残っている。
すなわち――王族の誰かが『柱』となり、魔法結界で国を守護するという制度が。
◆ ◆ ◆
王立ダルモニア魔法学園は、王都の高台に建つ壮麗な学び舎だ。
磨き上げられた大理石の校舎に、連なる尖塔。
中庭には噴水と整えられた芝が広がり、四季折々の花々が彩りを添える。
長い回廊には歴史に名を刻んだ偉大な卒業生たちの肖像画や銅像が飾られ、校舎内部は最新式の魔法道具により常に快適な空調が保たれている。
この学園に通う生徒の大半は良家の子女。
昼休みになろうと、和やかに微笑み合い、美しい所作で静かに廊下を歩く者ばかりだったけれど――
「ああっ、セルジュ殿下! また今日はいちだんと多くの女に取り巻かれて……なんのっ、負けませんわっ! 王子妃の座を射止めるのはわたくしですっ!」
――中には淑女に求められる『美しい所作』をかなぐり捨て、欲望のままに全力疾走する者もいた。
華麗に巻かれた縦ロールの金髪を振り乱し、彼女が走る先には一人の美青年。
蝶々に群がられる花の如く、たくさんの女子生徒に取り囲まれているのはダルモニアの第三王子セルジュ・クォーレ・ダルモニア殿下だ。
月光を集めて丁寧に紡いだような、淡い金糸の髪。
澄んだエメラルドグリーンの瞳。
端正な顔立ちに、すらりと伸びた四肢。
女子生徒たちの熱視線を浴びて、麗しのセルジュ殿下は少し困ったように微笑んでいる。
――いつも浮かべられている上品な笑顔も素敵だけれど、困ったような微笑みもまた素敵!
などという声もあり、その人気は留まることを知らない。
「あらまあ~。今日も大人気ねえ、セルジュ殿下~」
私の隣で、ピンクブロンドの髪に若草色の瞳を持つ小柄な美少女がおっとりと微笑んだ。
古くから北辺境を守り続け、国王の信頼も厚い名家――ルブラント辺境伯家の長女、ナタリー様。
ナタリー様と私は同じクラス。
席が前後だったことをきっかけに、身分の差を越えて仲良くなった。
「セルジュ殿下は今年で卒業されてしまいますからね。なんとしてでもお近づきになりたい女子が殺到しているのでしょう」
ダルモニア魔法学園の在学期間は基本的に3年だ。
セルジュ殿下は常に学年主席だったため、ただの一般生徒であったなら飛び級することもできたらしいけれど、ダルモニアの王族はスキップ制度の利用が禁じられている。その事実を知った大勢のファンは胸をなでおろしたらしい。
「兄上。遠慮せずはっきり言っていいんですよ、通行の邪魔だと」
――と。
低く透き通った声が聞こえて、私は再びセルジュ殿下のほうに目を向けた。
セルジュ殿下の斜め後ろに立っているのは、私のクラスメイト――ラディアス・ソード・ダルモニア殿下だ。
雪のように真っ白な髪。通った鼻筋。
彼はダークブルーの双眸で、セルジュ殿下に群がる女子生徒たちを容赦なく睨みつけた。
「行きましょう」
女子生徒たちが怯んでいるうちに、ラディアス殿下は歩き出した。
「ごめんね。話はまた今度」
セルジュ殿下は申し訳なさそうに笑って、ラディアス殿下の後を追った。
「ああ……せっかくお話しできるチャンスだったのに、残念だわ……」
「ラディアス殿下って、どうしてあんなに怖いのかしらね」
「顔は良いのにね……性格はちょっと、ね……」
その場に残された女子生徒たちは小声で囁き合っている。
――今日も相変わらずね、ラディアス殿下は。
ラディアス殿下はセルジュ殿下に負けず劣らず美しいため、入学当初は大騒ぎされていた。
しかし、入学からひと月が経ったいまとなっては、ラディアス殿下よりもセルジュ殿下のほうが遥かに人気だ。
理由は単純。
ラディアス殿下はセルジュ殿下と違ってクールで、無駄に愛想を振りまいたりしないから。
お近づきになりたい女子生徒が道を塞げば「邪魔」、ただ声をかけただけでも「うるさい黙れ」と一瞥もせずに言い放つ。
氷点下の視線と凄まじい圧に屈し、ほとんどの女子生徒はラディアス殿下と関わることを諦めた。
めげずにラディアス殿下を追いかけているのは肝と根性が据わった一部の女子生徒だけである。
去り行く背中を見つめていると、ラディアス殿下が急に振り返って私を見た。
「!」
慌てて目を逸らす。「何見てるんだ」と怒られたくはない。
「行きましょう、ナタリー様。早く行かないと、良い席が埋まってしまいます」
私は早足で歩き出した。
「そうね~。今日は何を食べようかしら~。何を頼んでも美味しいから、迷ってしまうわ~」
ナタリー様はのんびりとそんなことを言いながら、ついてきた。




