20:いざ、挑戦
ラディアス様たちと談笑しながら食卓を囲んだ後は、いよいよ刺繍魔法に挑戦することになった。
私はサロンのソファに座り、魔糸を手に取った。
魔糸の手触りは絹糸のようだ。色は、ラディアス様の髪と同じく真っ白。
――さあ、始めよう。これで、私に刺繍魔法を扱う素質があるかどうかがわかる。
私はごくりと唾を飲んで、刺繍針に魔糸を通した。
布には既に魔法陣の下絵を描いてある。
後は下絵と、手元の図案を参考にして、針を刺すだけ。
ラディアス様とセルジュ様は緊張した面持ちで向かいのソファに座り、私の様子を見守っている。
壁際に立つ使用人たちも、期待と不安が入り混じったような顔をしていた。
でも、誰がどんな顔をしていようと気にしてはいけない。
私がいま考えるべきは刺繍のこと。それ以外は全て雑事だ。
魔糸に魔力を込める。
魔力は心臓で生まれ、血流に乗って全身を巡ると言われている。
だから、心臓から腕、腕から指先、指先から魔糸へと流れ込むイメージを浮かべた。
イメージに従うかのように、ぽうっ――と、魔糸が虹色に淡く輝いた。
これは、魔糸に魔力が浸透した証だ。
――よし、魔力は上手く魔糸に染み込ませることができた。このまま最後まで魔力を切らさないように注意しなくては。
まずは糸が解けないように、刺し始めを縫う。
それからは本格的に手を動かし始めた。
ちくちくちくちく、と無心で針を刺す。
針が通った軌跡に、虹色の魔糸がキラキラと輝きながら踊る。
ラディアス様がくださった魔力のおかげで、縫い始めてしばらく経っても魔力が切れる気配はない。魔力が2しかなかったときは、三十秒も持たなかったのに。
魔糸に魔力を送り続けながら、布に複雑な魔法陣を描いていく。
この魔法陣が意味する魔法は『防刃』だ。刃を通しにくくする、そんな効果があるらしい。立場上、常に暗殺の危険性がある王子の服に縫うにはうってつけの刺繍だった。
しかし、大抵の図案は鼻歌まじりに描いてきた私でも、頭を抱えたくなるほどややこしくて難しい図案だ。ほんの少しでも針を刺す位置がズレたら魔法の効果がなくなるらしいので、いま求められるのは早さよりも正確さ。
慎重に、丁寧に、寸分の狂いもなく。ただひたすらに針を刺す。
そして――どれくらい時間が経っただろうか。
「できました」
私は最後の糸を始末して、刺繍枠を外した。
テーブルに置いた魔法陣の図案を持ち上げ、完成した刺繍と見比べる。
虹色に輝く魔糸で描かれた魔法陣は複雑極まりないため、目を皿のようにして少しずつ確認しなければならない。
ああ、図案が細かすぎて目が、目が痛い! チカチカする!!
「……はい。間違っているところはないはずです。ご確認ください」
私は立ち上がって図案と布をセルジュ様に渡してから、ソファに座り直した。
……はあ。疲れた。さすがに緊張したわ。
針を片付け、使用人が用意してくれた紅茶を飲む。
お茶は冷めきっていたけれど、高級なお茶は冷めても美味しい。
クルミ入りのクッキーを食みつつ、サロンに鎮座する立派な柱時計を見る。
縫い始めてから、気づけば数時間が経っていた。
――もうこんな時間なの?
いつも驚いてしまう。刺繍を始めると、時間が駆け足で過ぎていくのだ。




