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恋人『役』の刺繍令嬢ですが、気づけば王子の最愛になっていました  作者: 星名柚花


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19:魔力譲渡

「……。ユミナ」

 膝の上で拳を握っていると、不意にラディアス様が私の名前を呼んだ。


「はい」

 握っていた手を開き、顔を上げてラディアス様を見つめる。


「たとえ魔力があっても、刺繍魔法ができるかどうかは本人の素質による。おれが回復魔法を使えないように、生まれつきの才能がない者には絶対に使えない。それでも、挑戦してみたいか?」

 ラディアス様は、私が願望を無理に心の奥に沈めようとしていることを見抜いたようだ。


「……。はい」

 どんなに可能性が低くても、やりたい。挑戦してみたい――それは私の本心だった。


「ラディ。何を……まさか」

 何かに思いあたったらしく、セルジュ様はハッとしたような顔をした。


「お願いします、兄上。どうか内密にしていてください。ユミナがやりたいと望むなら、やらせてやりたいんです」

 どうやら、ラディアス様がやろうとしていることはタブーとされる行為らしい。


「何をする気なんですか?」

 不安になって問う。


「互いの魔力経路を繋げて、おれの魔力をユミナに譲渡する。これは禁じられた古代の魔法だ。失敗すれば術者おれは命を失うだろう」

「えっ――」

「大丈夫だ。おれはそんなヘマはしない。それに、魔力をやると言っても、刺繍魔法に最低限必要な20程度に抑える。50くらいやってもいいが、ユミナの身体が負荷に耐えられないだろうからな」

 50『くらい』って、そんな簡単に扱っていい数値じゃないんですけど!?

 魔力が50もあったら宮廷魔導師を目指せるレベルですよ!? 生まれ持った魔力が強すぎて、感覚麻痺してません!?


「20でもユミナには辛いはずだ。きっと丸一日寝込むことになるだろう。それでも、挑戦するか?」

 最終確認のように、ラディアス様は私の目を見つめて言った。


「はい」

 丸一日寝込むことになっても、明日から二日間は休みなので大丈夫だ。

 私が帰ってこなければベル姉様は心配するだろうけれど、そこはセルジュ様たちがうまく言い訳してくれるはず。


「私はどうしても、刺繍魔法に挑戦してみたい。お願いします。どうか私にラディアス様の魔力をください」

「……わかった。ユミナの覚悟、受け取った」

 ラディアス様は立ち上がり、私の隣に腰を下ろした。

 そして、私の右手を左手で掴む。

 その瞬間、急激に怖くなった。

 もしも失敗したら、私はこの手の温もりを永久に失うことになるのだ。

 

「本当に大丈夫なんですよね? 失敗しないでくださいね? ラディアス様が死んでしまうなんて、絶対に嫌ですからね?」

 私はラディアス様の手を握って訴えた。


「確実に成功する自信がないなら止めましょう。刺繍魔法に挑戦したい気持ちは本物ですが、ラディアス様を失うくらいなら、潔く諦めます」

「………」

 ラディアス様は驚いたように目を見開いてから、笑った。


「心配するな。無事に終わらせる。必ずだ」

「……約束ですよ?」

 握った手に力を込める。ラディアス様も私の手を力強く握り返してくれた。


「ああ。じゃあ、始めるぞ」

「……はい。お願いします」

 私の返事を聞いて、ラディアス様は謎の呪文を唱え始めた。

 聞いたことのない言葉だ。私はリース男爵家で三か国の外国語を学んだけれど、どの言葉とも違う。とうに失われた、古代の言葉だろうか?

 繋いでいた手がだんだんと熱くなり、ラディアス様の胸元に魔法陣が浮かび上がった。


 呼応するように、私の胸にも全く同じ魔法陣が現れる。

 最後の詠唱と共に、ラディアス様と私の胸にある魔法陣が強烈な閃光を放った。

 直後。


「――――!!」

 胸元の魔法陣を通して、とんでもないエネルギーが流れ込んできた。

 凄まじい衝撃と熱が全身を駆け抜ける。

 視界にいくつも星が弾け、脳が揺れた。

 心臓が跳ね、血液が沸騰し、目に映る全てが真っ白に染まる。


 ――五感が溶けていく。息ができない。自分がいまどうなっているのか、立っているのか座っているのかすらもわからない――


 身体を構成する一つ一つ細胞の情報を書き換えられていくような、内臓をひっくり返されるような……なんとも形容しがたい感覚に翻弄されながら。

 私はそのまま気を失った。




 目を開けると、知らない天井が広がっていた。

 ふかふかのベッドに横たわったまま、辺りを見回す。

 落ち着いたモスグリーンのカーテン。花の紋章が描かれた壁紙に、豪華な家具。どこを見ても見覚えがない。


 やけに重く感じる身体を起こし、私はベッドの横のサイドテーブルに用意された水差しに手を伸ばした。

 何はともあれ、喉がカラカラだった。とにかく、この酷い渇きをどうにかしたい。 

 コップの水を一気に飲んで、息を吐く。

 生き返った気分だ。ぼんやりしていた頭もスッキリした。


 ――さて、ここはどこだろう?

 考えて、すぐに思い出す。


「そうだ、ラディアス様に魔力をいただいたんだわ。あれからどれくらい経ったのかしら」

 呟きながら自分の格好を見て、ギョッとした。

 制服を着ていたはずなのに、水色のネグリジェに変わっている。


 裾や袖にはフリルがついていて、なんとも可愛らしい……いや、デザインはこの際、どうでもいいことだ。羽根のように軽く、着心地も素晴らしいとか言っていられない。


 蒼星館で働く使用人たちが着替えさせてくれたのだろう。

 そうだ、間違ってもセルジュ様やラディアス様ではない。だから大丈夫!


 私はベッドから下りて、モスグリーンのカーテンを引き開けた。

 陽の高さからして、もう昼に近い時刻らしい。

 ――と、そのとき、扉がノックされる音がした。


「失礼いたしま……あら。目を覚まされたのですね。おはようございます、ユミナ様」

 部屋に入ってきたのは赤髪の侍女だった。


「おはようございます。いまは何日でしょうか?」

 侍女は私が倒れてから二日後の日付を告げた。

 ラディアス様の予想通り、私は丸一日以上眠り続けていたらしい。


「お身体は大丈夫ですか?」

「はい、もうすっかり元気です」

 私は腕を振って、元気であることをアピールしてみせた。嘘ではない。起きたときに感じていた身体の重さやダルさは、もうどこにもなかった。


「それは何よりです。それでは早速、身支度を整えましょう。ラディアス様もセルジュ様も心配されておりました。お二人に元気なお姿を見せて差し上げてくださいませ」

 侍女はそう言って微笑んだ。

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