15:反撃してみました
翌日、ラディアス様は学校を休んだ。
ロザリア様と同じクラスのテレーゼ様に聞いてみたところ、ロザリア様も学校を休んだらしい。
さらに翌日。
廊下でベル姉様と別れて教室に入ると、ラディアス様の姿はなかった。
ずしん、と両肩が重くなった気がした。
今日もラディアス様は休みなのだろうか。大丈夫だろうか……。
もしも重篤な症状が出たとしても、きっとロザリア様がなんとかしてくれる。
そう思いたい、けれど――不安は募るばかり。
「おはよう、ユミナ」
ラディアス様の席を見つめていると、ナタリー様と彼女の友人たちが近づいてきた。
「おはようございます、ナタリー様」
挨拶を交わしながらも、私の心は上の空だった。
「……ユミナ? 聞いてますの?」
ナタリー様に言われて、ハッとする。
いま私たちは何の話をしていたのだろう?
学校の話? それとも王都で流行っている歌劇の話だったかしら? ナタリー様のお気に入りのスカーフに刺繍をすると約束したような気も……いやそれはナタリー様ではなく、別の人との約束だったような……ダメだ、うまく思い出せない。
「すみません、皆様方。全然聞いてませんでした!」
頭を下げると、ナタリー様たちは苦笑した。
「ユミナは本当に素直よね~。そういうところ、嫌いじゃないわ~」
「……すみません」
「いいわよ~。ラディアス殿下の安否が気になって仕方ないのでしょう~? お喋りを楽しむのはまた今度にしましょう~。引き止めてごめんなさいね~、行っていいわ~」
ナタリー様は、ひらひらと手を振った。
「……はい。本当にすみません。失礼します」
本日二度目となる謝罪をしてからナタリー様たちと別れ、自分の席に座る。
仮にも貴族令嬢である以上、教室内の何気ない会話であっても気を配るべきだ。
それなのに、気を配るどころか、聞いてすらいないとは……全く、情けない。
それでも、どうしても考えてしまう。
ラディアス様は、いまどうしておられるのだろう……。
窓の外に広がる空は、厚い雲に覆われていた。
まるで私の胸の内を映したかのように、どこまでも灰色だ。
「……はあ」
机に置いた鞄を開く気にもならず、ため息をついた直後。
「随分と大きなため息だな」
斜め後ろから、ラディアス様の声が聞こえた。
「!!」
驚愕して振り返れば、ラディアス様が立っていた。
顔色は悪くない。二日前の様子が嘘だったかのように、元気そうだった。
「ラディアス様! お身体はもう大丈夫なんですか!?」
私は慌てて立ち上がり、ラディアス様と向かい合った。
「ああ、この通り。……ロザリアがつきっきりで看病してくれたおかげで」
「?」
微妙に嫌そうな顔をするラディアス様を見て、私は首をひねった。
看病の最中に、ロザリア様が何かしたのだろうか?
いや、皆から天使のようだと讃えられるロザリア様が無礼な真似をするとは思えない。
では、ラディアス様はロザリア様がお嫌いなのだろうか?
何故?
疑問を口にする前に、ラディアス様が尋ねてきた。
「それより、さっきのため息はなんだ? おれがいない間に、何かあったのか? まさかとは思うが、ゾーラが何かしたか?」
「いえ、ゾーラ様は何もしていませんよ。ラディアス様が強烈な釘を刺してくださったおかげで、あれからずっとおとなしいままです。昨日の朝、寮の玄関ホールでばったり会ったときは怖い顔で睨まれましたが、それくらいです」
私は目線だけ動かして、教室の後方にあるゾーラ様の席を見た。
ゾーラ様はまだ登校していないらしく、その席には誰もいない。
「なら、なんだ? 言え」
ダークブルーの瞳が、まっすぐに私を射抜く。
――う……。
ラディアス様の顔は目に毒だ。あまりにも美しすぎて、直視するのが難しい。
「……その……ラディアス様のことが心配で……」
床を見つめ、小さな声で白状すると、ラディアス様は虚を突かれたような顔をした。
「……。ふーん? そんなにおれのことが心配だったのか」
ラディアス様はニヤニヤしている。明らかに喜んでいた。
ていうか、この人、一応王子様ですよね?
笑い方が上品とは程遠いんですけど。
でも、おかしいのは私も一緒だ。
セルジュ殿下のお手本のような美しい微笑みよりも、ラディアス様の笑い方のほうが好ましいと思うなんて。
「わっ」
ラディアス様が唐突に私の頭を撫でてきたため、喉から変な声が出た。
決して恋人に触れるような、優しい手つきでない。どちららかといえば、お気に入りの犬猫を撫で回すような手つきである。私はいつからラディアス様のペットになったんですかね?
「~~~っ」
きっと、ラディアス様は羞恥に耐えられなくなった私が「止めてくださいっ!」と、顔を真っ赤にして手を振り払う未来予想図でも思い描いているのだろう。
しかし、ラディアス様の思い通りに動くのは癪に障る。
自分ばかり動揺させられるのは不公平だ。
そこで、私は反撃に出ることにした。
というのも、以前、セルジュ殿下が教えてくださったのだ。
ラディアス様は不意打ちや押しに弱いと。
――さあ、いまこそセルジュ殿下の助言を活かすとき!
「……認めるのは少し照れますが、仰る通りです。私、とても心配しておりました」
私はなされるがままに撫でられながらも、しおらしくそう言った。
「え」
まさか私がそんなことを言い出すとは思わなかったらしく、ラディアス様はぴたりと手を止めて、絶句。
――よしよし、効果あり。
さらにダメ押ししてやれと、私の中の悪魔が囁いた。
「ラディアス様のことばかり考えてしまって、一昨日から眠れていません。でも、今日は久しぶりにぐっすり眠ることができそうです。本当に、お元気になられて良かった……」
頑張って目を潤ませ、微笑んでラディアス様を見つめる。
「……。……そ、そう、か……心配してくれて、ありがとう……」
石像と化していたラディアス様は、ぎこちない動きで横を向いた。
その頬は見事に赤い。
勝った! と、私は内心で拳を握り、自分自身に盛大な拍手を送ったのだった。
その一方で。
「まあ。お熱いこと」
「ええ、本当に。仲睦まじいのは素晴らしいことですわ」
「ラディアス殿下は良い方向に変わられましたわね」
「きっとユミナ嬢が殿下を変えられたのでしょう。私も素敵な恋人に巡り会いたいものですわ――」
ナタリー様を含むクラスメイトたちが生温かい目でこちらを見ていることには、気づいていないフリをした。




