10:私の姉もシスコンでした
翌朝。
ベル姉様に「今日は用事があるから先に行って」と言われたため、私は入学して初めて一人で登校した。
「ほら、あれが噂の男爵令嬢……」
「階段から落ちたご令嬢を庇って負傷されたと聞いたけれど、元気そう……」
「セルジュ殿下に横抱きにされたんですって。なんて羨ましい……」
あちこちから聞こえてくる声には無視を貫き、私は教室棟の2階にある教室に入った。
ナタリー様は他のクラスメイトたちとお喋りしている。
近づいて会話の輪に入れてもらうこともできたけど、私は窓際にある自分の席に留まることを選んだ。
――不用意に近づけば、セルジュ殿下に横抱きにされたことを言われるのは目に見えているしね。
昨日は散々からかわれたし、登校中にも見知らぬ生徒たちからヒソヒソ言われたのだ。さすがに、もう勘弁願いたい。
「ユミナ」
窓の外に広がる青空をぼうっと眺めていると、背後から名前を呼ばれた。
長い黒髪を揺らして振り返れば、ラディアス殿下が立っていた。
しん……と教室が静まり返る。
女子生徒たちとお喋りしていたナタリー様も、驚愕の表情でこちらを見ていた。
それはそうだろう。
これまで孤高の一匹狼を貫いていたラディアス殿下が、自分からクラスメイトに――それも、女子生徒に声をかけたのだから。
「……教室だと話しにくいな。少し付き合え」
自分に集中する視線にうんざりしたような顔をして、ラディアス殿下は顎で教室の外を示した。
「はい」
私の返事を聞くなり、ラディアス殿下はすたすたと歩いて行った。
――ちょうどいいわ。話の流れ次第では渡せるかも。
私は鞄から昨日刺繍したハンカチを取り出し、スカートのポケットに入れた。
それから立ち上がり、ラディアス殿下の背中を追いかけて教室を出る。
……ビシビシと視線の矢が背中に突き刺さって、痛い。
きっと教室に戻ったら、クラス中から追及されるんだろうな。
そして、私は追及の嵐に耐え切れず、ラディアス殿下と恋仲になりましたと白状することになるんだ。その後に起こる大騒動が、目に見えるようだわ。
――本当に、私なんかを恋人役にして良かったんですかね? もっと相応しい人がいたと思うんですけどねえ……?
私のじっとりとした視線に気づいているのか、いないのか。
ラディアス殿下は無言で廊下を進み、人気のない突き当りで足を止めた。
私と向かい合って立ち、口を開く。
「今朝、蒼星館を出たらお前の姉に捕まった」
ラディアス殿下とセルジュ殿下は『蒼星館』と呼ばれる特別寮で暮らしている。
歴代の王族は王宮から馬車で通っていたのだけれど、お身体の弱いラディアス殿下の負担を軽減するため、元々あった学園の施設を改築して王族専用にしたそうだ。
「えっ、ベル姉様に?」
私は激しく動揺した。
用事があるって、ラディアス殿下に対する用事だったの?
「ああ。一見おとなしそうだが、お前の姉は度胸があるな。物陰に隠れることもなく、堂々と正面玄関の前で待ち構えていたぞ」
「……。それで……ベル姉様はラディアス殿下に何と言ったんですか?」
昨夜のやり取りを思い出し、震え声で問う。
まさか、私が余計なことを言ったせいでベル姉様は私を不憫に思い、直接抗議することにしたのでは?
いやいや、聡明なベル姉様に限って、そんな愚かな真似はしてないよね?
信じていいよね? いいんだよね!?
「怒られたよ。『お前でいい』という昨日の発言を撤回しろ、妹に謝れと」
「………………」
滝のような汗が頬を滑り落ちていく。
「あと、妹を全力で守れとも言われたな。おれの恋人役を引き受けたせいで、妹が他人に害されたり不利益を被るようなことがあったら許さないとも」
許さないって、王子様に言っていい台詞じゃない……。
「………………申し訳ございません……私の姉は少々……いや、だいぶシスコンの気がありまして……」
私は腰を深く折って頭を下げた。
べ、ベル姉様……私を想っての行動は嬉しいけど。嬉しいけれど!
お相手は王子様だってわかってます!?
冗談抜きに首が飛び、家が取り潰されるんですよ!?
ああ、ベル姉様に愚痴なんて言うべきではなかった。
これは、姉のシスコンっぷりを見誤っていた私の落ち度だ。
「お願いします。罰を与えられるのならば、どうか私だけに――」
「止めろ」
床に跪こうとしたら、腕をつかんで引っ張り上げられた。
「!?」
びっくりしていると、ラディアス殿下は私の腕から手を離した。
「お前の姉は間違ったことは言っていない。その場にいた兄上も理解を示した。ベロニカ嬢にとってユミナ嬢は大切な妹だ。私もラディに対して『お前でいい』などと発言する無礼者がいれば斬り捨てるだろうから、兄として気持ちはわかる、と」
あ、そうだ、セルジュ殿下も重度のブラコンだったわ。
「二人に言われて反省した。だから、改めて言う」
ラディアス殿下はそこでいったん言葉を切り、ダークブルーの瞳に私を映した。
「おれの恋人役を務めてほしい、ユミナ・リース。おれはお前がいい。他の誰でもなく、お前がいいんだ」
まっすぐな言葉と、まっすぐな視線が、私の心臓を貫いた。
「…………」
燃え上がるように頬が熱くなる。
こんな美形に愛の告白のようなことを言われて、ときめかない女性などいるだろうか。
なんたる破壊力だろう。心臓がバクバクうるさくて、破裂しそうだ。




