第53話ー我欲は誰にも崩せない
高下は図工準備室に赴いた。ここは引き続き仮の部室として扱われていた。中に入ると、既に空見と本間がテーブルを挟んで座っていた。
「おつかれ」
「おつかれ〜」
「おつかれさまっす。んーつってもさ」
何とも言えない表情で本間を見る。
「実質さっきも会ってるよね?」
「一葉としてはね。私が君と話すのは今日はこれが最初。昨日はおつかれさま」
「ああ…おつかれっす」
空見が、いつも通りのハキハキとした声で話し始めた。
「ミエから話は全部聞いたよ。結論から話すと、私の方針は何も変わらない。色々と騒動はあったが、これは百パーセントに至るまでの一つの事件だったということで、それ以上でもそれ以下でも無いと考える。だから私はこれからも百パーセント到達を目指すし、ミエは可愛い後輩として今後も助けてもらう」
「後輩でーす」
解之夢三枝、空見にとっては今でも本間ミエの女子はダブルピースした。
高下はふと、一つ気になっていたことを思い出した。
「そういえばさ、一葉に聞き忘れたんだけど、聞いていい?」
「どぞ」
「何で不老が嫌になったの?いや、経験しないと分からないよと言われればそれまでだけど、やっぱ俺みたいな凡夫からすると、むしろ魅力的に感じちゃうんだよね」
空見は特に口を挟まず黙って本間を見ていた。空見も興味があるのだろう。
「本人確認だよ」
「え?」
「本人確認。お酒とか買う時に絶対聞かれるの。高校生なんじゃないかって。居酒屋でも聞かれるし。それで免許証見せると驚かれる。二十代前半ぐらいまではそうでもなかったけど、流石にこの頃はもう毎回ビックリされちゃう」
「そーいう理由っすか…」
本間がムッとした顔をする。
「大変なんだよ」
「いや、はい。ていうか酒飲むんすね」
「飲むよ。成人だもん。あ、あと海外旅行にもきっと行けない。パスポートも偽造だと思われそうだし。このままだと私は海外を知らない人生を過ごすことになっちゃう。あ、ちなみに本間三枝は本名だよ」
「だから目録にその名前で登録されてたのか…。一応正規に入学手続きをしてるから在校ランクも表示されてたのかな。よく分からないけど」
空見が感心したように呟く。一方で高下はまだ気になることがあった。
「でも四季の『結んで開いて』で相手の認識を変えれば、本人確認は怪しまれないんでは?」
「今はこうして一葉の身体に皆で居るけど、卒業後は皆別々に暮らしてたんだよ。だからそういうわけにもいかなくて」
「なるほどねぇ…」
話を聞きながら高下は想像していた。本間が居酒屋で酒を飲んでいる姿を。一葉と同級生なのだから本間も肉体年齢は十八のはずだが、一葉と違ってこちらは童顔すぎてとてもそうは見えなかった。最初に会った時も同級生と聞いて、何ら違和感を覚えなかったほどだ。
「そら年齢確認もされるわ」
「だから私も引き続き頑張る。新しい『皆』と一緒に登録率を百パーセントにさせて、私が『不老を無くす能力』を手に入れて皆の願いを叶えるんだ」
「俺も頑張らないとな。百パーセントの報酬で欲しい能力があるし」
「欲しい能力って?」
「腕を生やす能力。この右腕は二花さんからの借り物だからな…。当然返さなきゃならん」
右腕をパシパシと叩く。
「二花はあんまり気にしてなさそうだけど…借りパクでもいいんじゃない」
「いいわけあるかい」
「そういえば今日一人加入するんだよね?」
「ああそうだ。入れるタイミングを失ってたわ。入ってきてくれ」
高下が部屋の戸に向かって話しかけると、おずおずとした態度で光山が入ってきた。
「どーもっす」
「目録のルールは俺から説明しときました。目録が持つリスクも。全て了承済みです」
「あの、なんつーか俺なんかでいいんですかね。俺はもう隅っこで過ごすのが性に合ってるような人間ですけど」
まごついている光山に対して、空見は少し愉快そうに笑った。
「私達は学校から一切認可されていない集団だから、言うならばこの学校の隅っこで動いている存在だ。案外、性に合ってるんじゃないか。それに君は色々知ってしまったからな。いっそ仲間に迎え入れた方が分かりやすくて良い。高下の友人なら信頼できる」
空見が話している間に、本間は目録をテーブルに載せた。
「じゃあこっちに来て、これに触って」
光山は緊張した面持ちで近づき、目録に手を乗せた。
「ここが俺にとっての『最良の居場所』になればいいな」
光山が「私は加入する」と発言すると目録は青白く光り輝いた。発光が終わった頃合いで空見が喋り出す。
「よし。やることやったし、これで今日の活動は終えるか。流石に皆疲れてるだろうからな。予定が無いならこのあとファミレスとかで簡単に歓迎会でもやらないか。高下のもまだやってなかったしな。可愛い後輩三人に私が奢ろう」
「いいんすか〜?」
高下が歓喜して立ち上がる。
「部活のメンバーと放課後にファミレスって憧れてたんすよ」
「部活じゃないっての。ミエも来れる?」
「行けます。今日はソフドリで我慢する」
「制服だからね…」
四人とも帰り支度をすませて部屋を出た。
「でも空見先輩ってバイトしてなさそうだけど、お金あるんすか?最初に俺に解之夢の調査のバイトを頼んだ時も、あの時のお金どうやって捻出しようとしたんすか?」
「家が太いんだよ。小遣い死ぬほど貰ってる」
「あ、そなんすね…」
四人で談笑しながら廊下をゾロゾロと歩く。高下はふと、窓の外を見た。
初夏らしい主張の強い日差しが降り注いでいた。暑いが湿度はそれほど高くない。廊下の床を眺めると四人分の影が楽しげに揺れていた。
何でもない時間、何でもない空間だった。その普通さに、何とも言い難い居心地の良い充足感を覚えていた。
この感覚を、この豊かさをしっかりと噛み締めることが人生において肝要なのだと、高下は思った。
これから何が起ころうとも、この日々を守っていこう。仲間を、自警会を、目録を、そして自分を守るために、やれることは何でもやろう。
それこそが自身の納得に繋がる行為であり、目標でもあり、そうありたいという欲でもあった。
この想いは誰にも崩させない。そういう自信に満ちていた。確信のような力強い自信だった。
我が胸で燃えるこの我欲は、誰にも崩せない。
(完)




