第51話ーないものねだり
四季の言葉に、撫川は反応していなかった。理解が追いついていなかった。
「君は与えられた能力を上手く活かせずに卒業したことを悔やんでいるようだが、そうじゃない。君は能力を活かしすぎていた。君は僕らと一緒に目録の登録率向上のための活動を行って、八十パーセントの報酬も得ていた」
四季が話しながら眉をひそめた。
「しかし強力な力を得た君は、能力で悪事を働くようになった。看過できなくなった僕らは君の生徒手帳を処分して能力と記憶を喪失させようとした」
落ち着いた声だけが廊下を漂う。
「だが君は泣いて懇願した。許してくれと何度も詫びてきた。僕らは話し合って、能力の喪失はさせないが君を自警会から脱退させることに決めた」
四季はどこまでも冷静な表情をたたえて高下を見た。
「現役の自警会メンバーの君なら知ってるかな。目録の編集者から脱退するとどうなるか」
「えーと…生徒手帳を喪失しない限りは能力は消えないので…自警会に入っていた記憶だけが消える…かな?」
「正解だ高下君。撫川、君は自警会を脱退して、自警会に関する全ての記憶を無くした。報酬による能力の強化も消え、卒業後に能力を使う恩恵も得られなくなった。そして僕らと知り合った記憶も無くした」
四季が自分の頬を撫でる。
「面識が無いという記憶のまま、その後仲良くなることも無く卒業したので、一葉や三枝の顔を覚えていなかったんだね。卒業直後なら顔ぐらい覚えていたかもしれないが、流石に二十年も経てば忘れるか」
「ばかな…何を馬鹿なことを…言っている…私が学生だったのは…二十年ほど前だ…。お前たちの外見は…どう見ても十代…じゃないか…」
「そう、そこが肝心なところだ。それが僕らの呪いであり、悪夢なんだ」
一つ大事な話に踏み入る合図かのように、四季は人差し指を立てた。
「報酬の話をしよう。九十パーセントの報酬だよ。僕らは自分達が卒業する年度で、そこまで到達させることができた。今のところ、そこまでいけたのは僕達の年度だけだ。だがその報酬のせいで僕らは卒業後に再び集まり、一葉の身体に収まって解之夢として行動することになった。九十パーセントの報酬はね、『不老』なんだよ」
「不老…?」
「九十パーセントに到達して卒業した僕達は、歳を取らない。老いを知らない。もう四十手前の歳だが身体はこのとおりだ。だがそれが嫌になって僕達は再び神代高校に帰ってきた。目録を百パーセントにするために」
「百パーセントの報酬を知っているんですか?」
思わず高下は聞いてしまった。誰も知らないと言われていた九十パーセントと百パーセントの報酬。しかし実際は初代達が知っていたという事実にただ驚いていた。
四季は「うん」と頷いた。
「九十パーセントに到達するとね、登録率のページに文章が記載されるんだよ。それは百パーセントの報酬について書かれている。百パーセントの報酬は『自由な能力の創造』なんだ。自身の考える自由な能力を手に入れられる」
「自由な…能力…」
高下は息を呑んだ。
「神様みたいだろ?」
四季は皮肉げな笑みを浮かべた。一種神々しく見えていた四季が表情を浮べたのが、高下には少し意外だった。
「時を止める能力でも、世界を火の海に変える能力でも、不死身の身体でもいいんだ。何よりも自由。無限のような可能性の広がり。でも僕達が望む能力は一つ。『不老を無くす能力』だ」
「九十パーセントの報酬を帳消しにするってことですか?」
「もううんざりなのさ。結局僕達はただの人間だ。弱い人間なんだ。神様じゃあない。身の丈を超えたものを得ても持て余すし、持て余した先には後悔しかない。僕らは、普通の人間として生きていきたい」
四季が少し離れた所に落ちている目録を見た。
「九十パーセントの報酬を得た時点で、わざわざ百パーセントの報酬を記載するようになっているのも、そうした可能性を考慮したからなのではないか、と個人的には思う。憧れたり悔やんだりする人間の心というものをよく知っているわけだ。この目録や裏校則を作った存在はね」
「不老…思い通りの…能力…」
撫川が呟きながら立ち上がった。
「ほしい…。私は、欲しい…。私なら…悔やまない。私なら上手くやれる…」
「撫川、もう終わったんだ。君はあの時に一度終わってて、そして今回も終わったんだ」
撫川は四季の言うことを一切意に介さず、頭を下げて自身の腕に顔を近づけた。
そして自らの腕を噛んだ。力が入らない右腕を噛み上げて、歯茎を剥き出しにした恐るべき形相で四季に近づいた。
「おまへさえ…おまえさえ、あやつれれば…」
噛んでいた腕の先、指が四季の身体に触れた。
「わらひの…わらひのいうことをきけ…」
「撫川、君の能力は僕には効かない。これも二度目なんだ」
四季は腕を上げて、手を撫川の額に付けた。
「あの時はやらなかったことを、今はやるよ。これは僕らのケジメだが、しかし友情も含まれていることを分かってくれ」
四季は、能力を発動させた。
「『結んで開いて』」
高下はその能力名に覚えがあった。以前、目録をめくった時に総合順位の順番で能力が記されていることに気づいて、先頭のページを見たのだ。
「『結んで開いて』は対象者の思想、記憶、精神、嗜好、認識、常識、そして欲望も意のままに改変できる。君の有り余るその欲望、僕が蓋を被せて閉ざしてあげるよ。生涯にわたって、ね」
それこそが総合一位の能力だった。




