第48話ー素晴らしき…
高下はこれに賭けていた。これしかないとも思っていた。自分の持つ可能性に賭けて、そして身体から湧き上がる強いエネルギーを感じた。
目が見開き、心臓の鼓動が跳ね上がり、身体に何らかの活力が行き渡り、思考がかつて無いほどに加速した。
自身の変調に驚いている高下に対して、振り返った尖角はただただ淡々と攻撃を行った。腕を振って『無限鋭利』の糸を放出する。それは無防備な高下の首に絡みつく軌道だった。
しかしそれは実現しなかった。突如として尖角の右肩に、激痛を伴った衝撃が走った。
「ぐぁ…!」
腕を下ろしてしまったことで、糸の攻撃も止まった。曖昧な表情のまま苦悶の声を上げる。右腕を上げようとするが、どう力を入れても上がらなかった。右肩が脱臼したのだ。
尖角の呼吸が乱れて揺らいでいる一方で、高下は冷静に自分の右腕を見つめていた。二花から借りた、今の自分にとって要となっている右腕である。
「なるほど…こういう感じになったのか」
高下は既に理解していた。自身の能力が到達した高みに。
尖角もまた能力強化の報酬を受けていたが、しかし意思を他人に委ねていたことで、それを正しく認識することができていなかった。
それが明暗を分けた。
尖角は残された左腕を振るい、今一度高下を仕留めようとした。対して高下は静かに尖角を見ていた。近づこうとも離れようともしない。ただ静かに佇んでいる。
それでもなお、攻撃は成功していた。
「『素晴らしき致命拳』」
発動と同時に高下の右腕は消滅していた。それは瞬間移動だった。『素晴らしき善意』による『致命拳』の瞬間移動――。
戦闘中にも関わらず、高下は二花の言葉を静かに思い出していた。それは『致命拳』の扱いについて、かつて言われた助言だった。
『もっと自分のモノのように扱う方がいいよ。能力というのはつまり精神力の発露で、君がどう捉えるかで効果も精度も変わってくる』
その通りだと思えた。今ではその意味をよく理解することができていた。
二花から借りた腕を自分のモノと認識することで、腕単体を移動させることに成功させていた。さらにその状態からの『致命拳』の発動も実現していた。
右腕の移動先は、尖角の左肩付近だった。
射程範囲内なら必中と化した『致命拳』が尖角の左肩に直撃し、それは右肩同様に脱臼を起こした。
「ぐ、がぁぁ…」
尖角が呻いて、その場によろける。
「尖角先輩、もう十分でしょう」
意識が覚醒している高下は、自分でも不思議に感じるほど冷静な心境で、尖角へ歩み寄った。
「叶う夢あれば破れる夢ありです。あんたは自分の野望に届かなかった」
「ぐあああああああ!」
尖角を奮い起こしているのは、もはや自らの欲でも野望でもなかった。ただ操られて命令されているから動いているだけの、機械的な虚しい攻撃だった。
大口を開けて高下に突進する。狙いは高下の頸動脈。それを噛み切ろうとしていた。
「あんたにはもう『致命拳』さえ必要ない」
高下は振りかぶって尖角の頬骨を思い切り殴り付けた。
受身を取ろうにも尖角の両肩は壊れていて腕は動かない。何より尖角自身が完全に限界を迎えていた。壁に激突して倒れ込み、そしてもう起き上がることは無かった。
高下は尖角に近づいて制服のポケットを探る。ズボンのポケットから生徒手帳が見つかった。
高下は感慨に浸った。自分の『今』はこの男と久場から始まったような気がしていた。しかし二人とも倒れて、一つの節目を迎えたような気分だった。
少し感傷的になっていた高下の後方から、手が伸びてきていた。高下は驚いて振り向くが、触れられる前に、その手はまた別の手に捕まっていた。
教室から出てきた我猛が、高下に近づいてきていた撫川の手を掴んでいた。
「油断してんじゃねえよ」
ギロリと高下を睨む。
「で、このアマは何がしたかったんだ」
我猛の強力な握力でガッチリと捕まっている撫川だったが、その表情は得体の知れない笑みに満ちていた。
「触れたな…」
「あ?」
「私に触れたな!」
瞬間、我猛の動きが止まった。撫川の手を離して腕がダラリと下がった。無表情のまま力無く立ち尽くす。
「…!」
それは高下にとって、既に見たことのある状態だった。思考を停止された我猛を見て、高下は思わず離れた。
光山を見ると、既に光山は我猛と同様に放心状態になっていた。ここまで来る途中で撫川が能力を行使したと思われた。
撫川も高下の攻撃の間合いを確かめるように少し離れて、そのあと自分の手を眺めて薄ら笑いを浮かべた。しだいに笑いは声になり、やがて高笑いと化した。
「あ、は、は、は、はははやった、やったやったこれだこれだ!私の能力が!『無敵の人』が強化された!」
狂喜しながら腕を振り回し始める、
「言葉じゃなく触れることで効果を発動できる!強度もさらに上がって我猛も操れた!これだ!これなら…」
高下の方を向いた時のその表情は、ある意味で美しかった。クリスマスプレゼントをもらった時の子供のような、どこまでも純粋で楽しい気持ちに包まれている顔だった。
「声が聞こえない君にも能力が届くなぁぁ」




