第47話ー到達
我猛と葛西の一騎打ちが始まったと同時に、高下と尖角の戦闘も再開された。
「尖角!殺す気でいきなさい!殺すつもりで攻撃して!」
余裕を無くした撫川の恐ろしい命令の影響を受けて、尖角の攻撃がさらに早まった。もはや高下の頭部を含めたあらゆる箇所へ糸を伸ばし、鋭利なそれは次々と皮膚を切り裂いていった。
「自分の身体を壊してでもそいつを始末して!」
叫ぶ撫川の目は、尖角と同様かそれ以上に正気を失っていた。
ここで尖角と葛西が負けることは夢に敗れることだった。能力が聞かない我猛に対して、今の自分ができることはない。しかし再び諦めるなど絶対に御免だった。ただでさえトラウマのような失敗体験をもう一度味わうなどと、到底考えられなかった。
全て欲しい。思うがままに欲しい。とことん悦にまみれて究極に自堕落に生きていきたい。溢れる欲望が、人間の基礎たる倫理観さえ破壊させていた。
尖角は、自分の身体の疲労や関節の痛みなどを全て無視した状態で、壊れた機械のように両腕を鞭のように振るい続けた。それを受ける高下はただ下がり続けるしかなかった。
しかし先程諦めかけていた心はとうに治り、これまで以上に闘志を燃やしていた。光山の助けや我猛の助太刀が、勇気をこれまで以上に奮い起こしていた。
絶対に勝つ。何のために?自警会のために。空見のために。本間のために。光山や我猛の恩義に報いるために。去っていった大山寺や奈美奈や沙悟のために。
そして何より、自分のために。
戦って勝つ。その満足感を得るためだった。勝たないと自分を許せないから。納得できないから。全ては自身の行いに納得するために――。
尖角が両腕を振って糸を無数に伸ばしてきた時、高下は真正面から走って近づいた。
「『素晴らしき善意』」
かざした手の前にそばの教室から取り寄せた机が現れる。机の脚を掴むと盾のように自分の身体を隠して突き進んだ。
しかし『無限鋭利』の糸は鋭く、机の天板を刻むように傷つけ、脚に引っかかった糸はそれに巻き付いて曲げ折った。机はものの数秒のうちにスクラップに変えられた。
身を守る盾が変形していくなかで、それでも高下は歩を止めなかった。とうとう机が歪に曲がりすぎて盾として使用できなくなった時、高下は潔くそれを捨てて無防備に駆けた。尖角はあと数歩のところにいる。
近づいたことで尖角の周囲に張られている糸を視認することができた。尖角は自身を守る防御の糸を既に張り終えていた。ここで『致命拳』を振るっても尖角に直撃する見込みは薄かった。
糸が高下の顔面を目がけて飛んでくる。高下は走ったまま素早く身体を落として、スライディングで廊下を滑った。糸が耳の端を切った感覚がした。
高下の狙いは尖角ではなかった。全ては尖角に勝つための行動だったが、今の自分では勝機は薄いと冷静に判断していた。
ただひたすらに賭けに出ていた。自分の可能性に賭けていた。
尖角を追い抜いて、身体を起こすとすぐに前のめりに飛び込んだ。そして高下は目的地に到達した。
目当ては自分がここへ来るために使った出入口、未だに開かれている『私の世界』による黒い平面だった。廊下に胸から着地して黒い平面となっている扉の足元に行き着いた。
「なに?」
撫川が疑問の声を上げる。撫川は高下から十歩ほど離れた距離にいた。高下の行動を見て、出入口を通って裏空間に逃げるつもりかと咄嗟に思った。しかし高下にその様子は全く無かった。
高下は腕だけを黒い平面に突っ込んだ。
「ここには持ってきていないようだったからな。それならきっと、この向こうにある」
撫川はここでようやく、高下の意図に気づいた。
「ま、待て――」
「目録は向こうの部屋にある!」
腕だけを裏空間に入れた状態で『素晴らしき善意』を発動させた。
頼むぞ、引き当てろ。俺は自警会のメンバーだ。あれは俺の物でもあるんだ。
高下は自己を説得するように精一杯思考を働かせた。そして伸ばした腕の先で、手のひらが何かに触れた感触があった。それを強く握って勢いよく腕を引く。
手中には、目録があった。
「光山!」
少し離れたところで壁に身体を寄せていた光山に向かって、目録を放り投げた。
「それに触りながら自分の能力を言うんだ!言えーっ!」
光山が聞き返すことも迷うこともなく実行したのは、聞いたところで聴力の無い高下には分からないことが理由ではない。ただ、戦う友の言うことに間違いは無いと思ったためだ。
「『日陰の空気』!周囲にある空気をイジって固形化させて、壁やブロックやカーテンのようにする――」
必要な説明を終えた瞬間、目録は青白く光った。これまでのどの時よりも強い発光で、光山を、高下を、撫川を、そして廊下全体を照らした。
登録率八十パーセント到達。




