第46話-我猛の『柱』は揺らがない
歓喜の表情で見上げる高下を見て、我猛はフンと鼻を鳴らした。
「言っとくがお前を助けるつもりは毛頭ない。今の状況が何であるかも特に興味は無い。撫川の先公と戦ってるのも意味が分からんがどうでもいい。だが一つ気に入らないとするなら…」
我猛がピンと指を立てて尖角と葛西を指さした。凄んだ目つきで睨む。
「二対一で喧嘩仕掛けてるコイツらの根性だ」
改めて高下を見て言い放つ。
「お前を助けるつもりはない。だが喧嘩ってのは一対一でカタをつけるのが流儀で、タイマンこそが男の華だ。一人もらっといてやる」
すぐそばの教室の戸を開けて、葛西を見ながら顎をしゃくって呼びかけた。
「お前でいいや。来いよガンギマリの坊主。教育してやるよ」
「待て!」
葛西の代わりに撫川が反応して叫んだ。
「私の言うことを聞け!高下を攻撃しろ!」
『無敵の人』による命令。しかし我猛は眉をひそめただけで、反抗的な表情で撫川を睨み返した。
「ああ?なんか頭に響くキンキンした声だな。女だろうが先公だろうが生意気言うなら相手になるぞ」
「なっ…」
撫川は戦慄した。我猛に能力が効いていないのだ。六十パーセントの報酬により『無敵の人』は強度を上げて、並程度、あるいはそれ以上の精神力の者でも操れるようになった。しかしそれでもより精神的にタフな人間には能力が効かないようで、我猛がまさにそれだった。
「くそっ…くそっ!」
撫川は歯噛みした。屈辱だった。先程まで幸福の絶頂にいたはずなのに、今や高下や光山や我猛など能力が効かなかった想定外の存在が次々と現れてきている。
やはり八十パーセントの報酬を受けて『無敵の人』をさらに強化させるしかない…。しかしそれはこの戦いを終えたあとの話だ。まずは全ての邪魔者を排除せねばならない。
現場を見られた以上、我猛を無傷で帰すわけにはいかなかった。洗脳が効かないのであれば能力を喪失させて無力にするほかない。
「葛西、行きなさい…!奴を倒して生徒手帳を燃やして!」
撫川が命令すると葛西は黙って歩を進めて、先に教室に入った我猛の後をついて行った。
葛西が教室に入ると、既に我猛は机や椅子を蹴り飛ばして闘うフィールドを作り上げていた。
「来な、坊主」
我猛に言われるまでもなく、葛西は能力をくり出した。手から『悪辣な焔』による黒炎を生み出して、まっすぐ我猛に放った。瞬時に我猛の身体が炎に包み込まれる。
かつて沙悟を、空見を、高下を追い詰めた猛火だったが、しかしそれを全身に受けてなお我猛は鼻で笑うだけだった。
「フン」
炎を纏ったままツカツカと葛西へ歩み寄る。葛西はもう片腕も我猛に向けて、二撃目の黒炎を放った。我猛を纏う炎はさらに強くなり、それは服も身体も全てを焼く豪炎と化した。
しかし我猛の歩みは止まらなかった。いつも廊下を歩くように、あるいは下校の帰り道のように、淀みなく揺らぎなくまっすぐ歩いて、そして自身の攻撃が届く距離に達した。
半径一メートル三十センチ。それが我猛の必殺の間合いである。
「『柱』」
気だるそうに腕を突き出して、能力を放った。手から現れた見えない柱が、高速で突き出て無防備な葛西のみぞおちを抉った。
「くけぇ…っ」
肺からこぼれた空気と一緒に悲鳴を上げながら、葛西は後方に吹っ飛び、教室の壁に衝突してその場に崩れ落ちた。もともと朧気だった自我は完全に消滅し、昏倒した。
肩で燃え残っていた火を払いながら我猛は近づき、完全に気を失った葛西を見下ろした。
「なんだ一年坊主、ガッカリさせるぜ」
つまらなさそうな顔で言う。
「能力が弱すぎる」




