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第43話ーだって「満足」したいから

 二十年ほど前、撫川瑠璃(るり)は神代高校に入学した際に、他の生徒同様に裏校則なるものを知り、そして自身が能力を授かったことを自覚した。


 他人に命令することで、その者を意のままに操る能力。最初に知った時にはこの能力の強力な可能性に様々な夢を見た。この能力さえあれば何者にもなれると思い、能力に『無敵の人』(パーフェクト)と名を付けるほどだった。


 しかし効果が効くのは精神力が弱い者だけであることが分かり、対象範囲の狭さに落胆した。


 一部の者を操れるだけでは大したことはできず、そもそも誰が操れるのか、操れないのかを把握するだけでも一苦労だった。結局ほとんど能力を行使することなく、高校三年間を終えることとなった。


 元々野心の少ない人間であれば、能力を活かす機会に恵まれなかったとしても大きな後悔には至らなかっただろうが、しかし撫川は違った。表向き大人しい人間を装っていたが、撫川は誰よりも野心を抱いていて、欲にまみれていた。


 この能力を上手く使えていれば楽にお金を稼げたのに。好きなだけ好きな物を手に入れられたのに。社会に出た後も有用な人脈を築けたのに。校内で一番のイケメンと付き合えたのに。欲望を成し得なかった後悔に精神は蝕まれた。


 後悔とは治療に時間のかかる病のようなもので、それを忘れて健全な精神に戻るまでに多くの時間を要することもある。撫川の場合、その後悔は不治の病ほどに深刻なもので、卒業から五年経っても十年経っても、心に深くくい込んでいた。


 あの時上手く能力を使えていれば、こんな苦労をしなくてすんだのに。


 大人になっても苦労する度にそう考えてしまっていた。そんな撫川が教職を志望して教師になったのは、学生時代の記憶が強く残っていたことが影響していた。


 教師になって十数年後、望郷と呼ぶには疚しいドロドロとした思考で母校への赴任を希望して神代高校へ戻ってきた。しかしそれは未練でしか無かった。能力は離籍をもって喪失する、と裏校則で示されている以上、神代高校に戻ったところであの頃の野望を今から果たすことなど臨めないのだ。


 しかし赴任した初日、状況が変わった。悪夢から目覚めたような強い衝撃に襲われて、撫川は震えた。


 能力が使用できたのだ。『無敵の人』(パーフェクト)が帰ってきていた。


 理由を考えても正確なことは分からない。教師として神代高校に在籍したことが復籍と扱われて能力が帰ってきたのか、と推測したが正解を知る術は無かった。それに重要なのは理由では無かった。あれほど焦がれた能力が戻ってきた以上、これから考えるのはどう使うかだった。


 あらゆる欲望が渦巻く。あらゆる野心に身体が壊れてしまいそうになるくらい突き動かされた。


 手始めに精神力の低い生徒を操り実験として好きに動かした。生徒の悩みを真摯に聞くという姿勢を内外に示したことで、メンタルに問題を抱える生徒達が向こうからやって来た。


 尖角という生徒が相談に来たことでさらに状況は進展した。


 十代のガキからゆっくり悩みを打ち明けてもらう気など毛頭なく、操って悩みを聞いた。


 尖角は自警会を離反したことについて悩んでおり、その話を聞くことで撫川は初めて自警会という存在を知った。自分が在学していた頃に発足した会のようだったが、教室の隅で生きていた当時の自分は知ることができなかった。


 目録の報酬のことを聞いた時、それはまるで自分のために作られたシステムではないかとさえ思った。自分のこれからの人生を照らすために用意されたのだ、と確信すら抱いた。


 何としても目録に触って自警会メンバーになりたかった。在校生しかなれない可能性もあったが、そこは賭けるしかなかった。


 登録率六十パーセント到達による能力の向上、七十パーセント到達による離籍後も能力が使用できる報酬。さらには八十パーセント到達でさらに能力が向上する。その全てを手に入れたかった。


 尖角に命令して、徹底して自警会と対立してメンバーを攻撃しろ、と告げた。尖角はどうなってもいいし、仮に自警会を壊滅できなくても、どんなかたちであれ自警会メンバーに加入できればいい。


 己の欲望が正義だった。この欲望を阻む者はどんな者でも除外せねばならない。


 我欲が止まることは決して無い。

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